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輪島大士のゴールデンアームボンバー

2017-08-10 21:44:57 | スポーツ


もともとは、新日本プロレスのファンだった。
そりゃ、やっぱりアントニオ猪木とジャイアント馬場を比べると、猪木の方がかっこいいし、何より、新日本にはタイガーマスクと言うスーパースターがいた。猪木がアンドレやホーガンと戦ったり、タイガーがブラックタイガーと戦っていたりする様と比較すると、馬場とブッチャーはどうもスローモーと言うか、テンポが合わなかったと言っていい。馬場プロレスの魅力には気づくのは、もっと後年の話だ。

そんな新日本プロレスファンだった私が、全日本プロレスファンに転向するきっかけとなったのは、何を隠そう輪島のプロレスデビューである。今となっては、あまりにミーハーで恥ずかしいものがあるが。

私は幼少のみぎりに、大相撲の輪湖時代(輪島と北の湖)を体験している世代である。北の湖がいかにも悪役だったので、当時から輪島には肩入れしていたのだ。その輪島がプロレスに転向するというのは、さすがにビッグニュースだった。
ただし、プロレスをやるには、輪島にはブランクが長すぎたし、年齢も食っていた。また、当時、いろいろと問題を抱えていた輪島のプロレス転向は「強さを求めるため」とかな浪漫ではなくて、「金のため」と言う現実があからさまに見えていた。横綱のプロレスデビューと言う期待感では、後年の北尾光司の方がインパクトがあった。

だが、私は輪島に期待した。何よりも、黄金の左である。
さすがに、タイガーマスクのようなファイトは期待できないが、スタンハンセンとガチでパワー勝負ができるのではないか、などと思ったものだ。不安が80%、期待が20%と言ったところか。

プロレス中継では、輪島のデビュー前の映像が延々と流されてデビューが煽られた。テレビ局も輪島効果に期待していたのだ。
そんな輪島が、ついに必殺技習得!のニュースが流れる。それが、ゴールデンアームボンバーである。それは、日本デビュー前の海外の試合で初披露された。

・・・ただの喉輪だった。

いや、それでも、相手をロープに振って帰ってくるところを、喉を掴み、左手一本で担ぎ上げてたたきつける。それはそれで技としての説得力はそこそこにあったのだ。ラリアートの代わりに喉輪をすると思っていただければいい。
ただ、相手が帰ってくる間に、フラメンコの様に手をパチンと鳴らすのである。間が持たないのだろうなと思いつつ、なんじゃそら?である。

ここで、リアルのプロレスラー輪島を知らない方々に対して、誤って流れている情報をちょっと修正しておきたい。
そのゴールデンアームボンバーに続いて、輪島が必殺技として習得したのが、輪島スペシャルである。
これは二段式首折りと言われており、ロープに振って帰ってきた相手に対して、左腕をスリーパーホールド気味に首に巻き付けて、相手の体を揺さぶってマットに叩きつける技だ。
この、相手の体を揺さぶるという効果が全く分からないが(身体バランスを崩すためらしい)、相手を上下に揺らして、一緒に倒れこむという、文章で書くと伝わりにくいが、とてつもなく見栄えのしない技だった・・・・・しかも、後年になるにつれて、輪島のジャンプ力がなくなり、マットに叩きつけるというよりも、相手をお布団に寝かせてあげるような技になってしまったのである。
後年、こちらが「アームボンバー」と呼称されているが、こちらは「輪島スペシャル」なのだ。アームボンバーとは喉輪を指す。

しかし、その海外試合の様子を見るにつけ、あれ?これはちょっとダメなんじゃないか、という思いが生まれた。何よりよたよたしているのだ。マットに足がついていないというか。上半身と比較して下半身が頼りない。
この時点で、不安90%期待10%くらいになった。

その、輪島の国内デビュー戦は、タイガージェットシン。インドの猛虎に決まった。
これは、ちょっと期待が高まる。きれいな試合など望んでいない。シンがサーベルで輪島を血だるまにして、ケンカファイトになることに期待したのだ。
これも後年、曙がボブ・サップに負けたり、安田忠夫(孝乃富士)が醜態晒したり、と、いろいろとある大相撲出身者だが、当時は総合格闘技などない時代で、「ガチをやらせれば力士が最強」との幻想が私にはあった。だからこそ、輪島にまともなプロレスは期待していなかったのだ。シンに血だるまにされて、そこにケンカ屋の魂に火がついて、鬼のように大反撃・・・と言うシナリオを期待してしまうではないか。

・・・で、そのデビュー戦が大凡戦だった。シンがなんだか遠慮しているのだ。そりゃ、雇われ先の大事な商品だものなあ、ムチャはしないよなあ、と思ったものだ。

シンだけではない、その後、輪島は国内に拠点を移し、スタンハンセンやリックフレアーとマッチメイクされる破格の扱いを受ける。
しかし、そのいずれもが凡戦だった。ハンセンもフレアーも、これはプロレスなので、輪島に合わせてファイトするのだ。あのロードウォリアーズ然りだ。しかし、輪島がそれについていけないというか。やはり、年齢や「倒れたらそこで終わり」と言う相撲の癖が染みついていたのだろう。輪島が立ち上がってくるのを、待ってあげているハンセンや、オーバーアクションで輪島のアームボンバーに吹っ飛ぶフレアー、そしてあのカッコよかったリックマーテルやトムジンクが、輪島スペシャルで体をゆっさゆっさ揺られる姿なんて見たくなかったよ・・・

こうして、輪島効果で一時期は上がったテレビの視聴率も、やがて元に戻っていき、輪島は徐々にフェードアウトしていった。
・・・かのように見えた。

ここで登場するのが、天龍源一郎である。
その頃、天龍は、阿修羅原とともに「天龍同盟」を結成して、全日本プロレス全体を敵に回す過激なファイトを繰り広げていた。
そのターゲットになったのが輪島だった。

おそらく、馬場も輪島の商品価値を見限ったのだろう。天龍と原も、かつてシンやハンセンが輪島に対して見せていたような遠慮は一切ない攻撃をくり出していた。サンドイッチ延髄が輪島の顔面を抉るシーンなんて、かなりえげつない。
しかし、輪島の真骨頂がここで初めて見えたのである。
耐える!とにかく耐える!
そして、沸点に達した輪島が、突っ張りで天龍をぶちのめし、上手投げで阿修羅原を吹っ飛ばし、アームボンバーをさく裂させる。挙句の果てには、トペ(場外の相手にダイビングする突撃技)まで繰り出す。
怒り狂った輪島が上記の連続攻撃で天龍と原をねじ伏せて、リングに仁王立ちする姿はすさまじく絵になった。まさに土俵の鬼だ(まあ、これは天龍が上手いのだけどね)。
これだ!こんな輪島が見たかったんだ!と、私は輪島と、その輪島を引き出した天龍と言う存在に喝采を送った。

・・・それからしばらくして、いつの間にか、輪島は引退していたけど。

その後、ゴールデンアームボンバーは、田上明が「二階からの喉輪落とし」として、説得力ある必殺技として昇華させる。
輪島もいつの間にか、縁の切れていたはずの大相撲中継に解説者として登場し、ラグビーの監督とかもやっていたはずだ。

それからしばらくして、プロレスはかつての勢いを失い、総合格闘技が世に受け入れられ始めた。
もし、輪島がもっと後の時代に生まれていたら、きっと、大みそかの総合格闘技に出ていたのだろうなと思う。
そこでバタハリあたりにボコボコにされつつも、北の湖に対するような鬼の表情で臨み、渾身のゴールデンアームボンバーで逆転KO勝ちを収める姿を夢想してしまうのだ。

そんな私は、石川敬士のスモーピオンデスロックが好きです。
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