ロクマルでいこう、60でGo!

" AS SLOW AS POSSIBLE AND AS FIRST AS NECESSARY "

レンジのコイルが4x4の流れを変えた

2016年11月20日 | PICKUP TRUCKS & 4X4

 この11月号の英国Classic Land Rover 誌にMr. Land Rover と呼ばれているRoger Crathone氏のランドローバー社現役時代の回顧が載っている。5ページに及ぶその写真と記事に目を通じてみるとCrathone氏はとことんマニュアル指向(思考、嗜好、試行)者であったのだという理解に至る。あったという過去形だけではなく今も現役のマニュアル指向者である。それは現在も日常にランドローバーシリーズⅠを活用している事から伺う事が出来る。

 1966年に Range Rover 開発の企画が始まった。レンジローバーの開発の為にアメリカからジープラングラーフォードブロンコ、そして日本からランドクルーザーFJ55が取り寄せられた。Crathone氏のお気に入りのテスト用車はランドクルーザーであった様子。まず最初に手を付けたのはロングベースのワゴンに対応するヘビーデューティなアクスルの開発でアクスル自体の構造は同じだがランドクルーザーの物よりも30%強度が高い物を開発した。しかし、走行テストでそれを装着したランドローバーは恐ろしく遅かった。4x4の開発においては丈夫で強度の強い物を造る事が出来ても、それが動きに対しての適応性を兼ねていなければならない。そこが開発の課題の一つであるという事なども学んだ様子。

 4x4の存在を大きく変えたのはレンジローバーである。当時ランドローバーの開発デザインにかかわる人々と Spen King 氏はフォードブロンコに装着されていたコイルスプリングに注目しておりレンジローバーの足元はコイルスプリングで固める方針を進めていた。しかし、Crathone 氏はリーフを推していた。ランドローバーの中南米のセールスマネージャーに Tom Barton という人物がいて彼もリーフスプリング以外に4x4は考えられないという持論者であった。彼は昔鉄道関係のエンジニアでリーフの特質を良く理解しており、なぜリーフが4x4に良いのかを理論的に説明出来る存在であった。Crathone氏はベネズエラの工場から Tom Barton を呼んでコイルスプリングではランジローバーは絶対に成功しないと主張してSpen King 氏達の説得に挑んだ。

 そういった物語の後にコイルスプリングのレンジローバーは生まれた。コイルスプリングを備えたレンジローバーはリーフよりもしっかりと地面をとらえ尚且つ快適であった。このコイルスプリングがレンジローバーにに採用される事が決まってから、この足回りに相応しいエンジンという事で Buick 製のアルミニウムV8エンジンを取り寄せた。この頃からSpen King 氏と若いエンジニア達はレンジローバーの開発にコンピューターを活用する事を始めていた。1969年の当時2台のプロトタイプのレンジローバーが製作され2台がテストの為にアメリカに運ばれた。そして1970年にワークホースとして存在してきた4x4に乗用車の様な快適さを持ったレンジローバーが世に出てきたのであった。(ブロンコもコイルであったが高級という概念はまだ持ちえていなかった。)

 

1970年レンジローバー誕生、

 1970年、当時ブリティッシュ・レイランド(British Leyland Motor Corporation : 略称BL)の1ブランドであったランドローバーから、フルタイム4WDのオールパーパスヴィークルとして発表された。BLの技術者、チャールズ・スペンサー・キング、(Charles Spencer King 通称スペン・キング:Spen Kingとも)などが中心となり、ランドローバー以上のオフロード性能を持ち、普段は高級乗用車と変わらぬ快適性を持つことを目標に開発されたまったく新しい概念の革新的車であった。はじめから海外でのノックダウン生産も考慮して設計が進められ、耐久性、メンテナンス性も考慮されていた。「ラグジュアリーカー、エステートカー、パフォーマンスカー、クロスカントリーカーの4つの車の役割を1台の車で可能にする」と謳われた。当初は2ドアモデルのみであったが、後に4ドアモデルが追加された(経緯は後述)。現在では初代モデル全てを、レンジローバー クラシック(Range Rover Classic)と呼ぶようになっている。(wikiより)

 エンジン:GMから製造権を買い取ってローバー・3500(Rover 3500)に使われていた、シリンダーヘッド、シリンダーブロック共にアルミ製の軽量なV型8気筒OHVの3528ccローバー・V8エンジンを採用し、発表当時としては優れた静粛性と 155km/hのクルージングを可能にしていた。このトルクフルで頑強なエンジンは、当初、ゼニスストロンバーグキャブレター装備であったが、後には電子制御燃料噴射式となり、排気量も3.9リッターから、最終型では4.2リッターにまで拡大された。また8気筒ながら、当時のランドローバー(Land Rover (Series/Defender))シリーズII Aに使われていた鋳鉄ブロックの4気筒よりも軽いことにより前後の重量配分が50:50となっており、結果としてオンロードでの旋回性能やオフロードでの走破性を良好にしている。またエンジンが短いことが前述のように広い車室の獲得にもつながっている。wikiより)

 サスペンション:耐久性とオフロード性能を第一に追い求めたため前後輪ともコイルスプリングによるリジッドアクスル式サスペンションを採用。柔らかく長いコイルバネにより大きなホイールストロークを確保し、良好な乗り心地と卓越した悪路走破性を実現している。フロントはリーディングアームとパナールロッドによる3リンク式サスペンションで、自由な上下動と抗ロール性を両立しており、後のフロントリジッドアクスル4X4(SUV)に大きな影響を与えた。またリアは重い荷物を積んだときにも車を水平に保つボーゲ(BOGE)製ダンパーを用いた機械式セルフレベリングユニットを組み込んだセンターAアームと、2本のトレーリングアームにより長大なストロークを確保している。これは現在に至っても優れた地形追従性を持ったサスペンションと知られるが、ダンパーや大きな力が加わるAアームのピボットの寿命が短いなどの難点がある。(wikiより)

 

 コイルサスペンションの採用が4x4を快適にした最初の一歩であった。

 トヨタの4x4フラッグシップであるランドクルーザーは1991年のランドクルーザー62の時代まで4輪リーフを履いた。それは Roger Crathorne 氏の影のアドバイスがあったのかも知れない(笑)。レンジローバーは開発の初期設定が砂漠のロールスロイスであり現在もその方針を貫いて進んでいる事が理解出来る。

 

ランドローバーの原点はレンジローバーではなくて、シリーズにある。

  どの様な物や組織にも改革推進派と保守派が存在する。4x4改革推進派をレンジローバーとするならは保守派はMr.Land Rover となる。昨年末にディフェンダーの生産が終了した時にランドローバー(シリーズの流れを持つディフェンダー)は死んだという声がランドローバー愛好家(特にディフェンダー愛好家)達からあった。それは聖書の福音書の節『生きているというのは名だけで、実は死んでいる。』という表現が該当するのかも知れない。Mr. Land Rover は自らがリーフを愛する姿勢を見せる事によって長年愛したランドローバー社に対してバランスの有り方を示している様に感じる。ランドローバーというブランドの中でレンジローバーの原点は60年代の後半から70年に存在するが、ランドローバーの原点は更に古い1948年から1958年のシリーズに有ると言う事を忘れてはいけない、そのポイントを忘れるとランドローバーはランドローバーで無くなってしまうんだと Mr.Land Rover は伝えている様に感じた。

 

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Bill Burke 4-Wheeling America

2016年10月19日 | OVERLANDERS

Bill Burke 氏

人々が彼に付けた肩書きは、

Trail Teacher and Super off-road master

 2016年の10月16日コロラド州のグランドジャンクションにてBill Burke氏のBB4WD(Bill Burke 4-Wheeling America's)の30周年記念イベントが行われた。彼はBB4WDというビジネス名称でオフロード走行に関するアドバイス、トレーニング、そしてガイドを続けてきた。一つのビジネスが30年間継続すると言う事は簡単ではない。それは時代の変化に伴って人々の思考が変化するからである。30年という時間は一つのビジネスの名で商いを行っていても当初とは異なる収益対象が存在する結果となっているのが多くのビジネスではあるが、BB4WDにおいては四駆走行に関するテクニックやリカバリーに対する需要が大衆の中ではないが一部の人々から常に継続して求めららえてきた故に30年という時間が経過したのである。そう思うとBurke氏の様なエクスパートはこれから先においても求められる存在であろうと理解する事が出来る。

 

 今期の4WD Toyota Owner誌の中で4WD Training Editorを勤めているBurke氏のBB4WA30周年が伝えられている。その紹介の中で、なぜ自分が4WDアドバイザーとして生計を立てて生きて行こうとしたのかが紹介されている。(以下)

In 1985 I sent an application to enter into the competitive global adventure called Camel Trophy. The '85 tryouts were for the '86 event in Australia. I was selected to try out with 19 other guys for the Us team during the weekend at Sears Point Raceway in California. There were about 2.5 million applications worldwide for 30 seats- 2 people per country! I worked my way into inclusion of the 4-person provisional US team, 2 alternates and 2 competitors. We were sent to the Land Rover training grounds in Herefordshire, England for final evaluation. That included being tested and metored by the Land Rover (UK) driving instructors, a truly professional group who were known for training SAS, embassy details, sheiks, and royalty. I was fortunate to have been assigned to Roger Crathorne- literally Mister Land Rover. It was an honor to be evaluatedby him! It was then that I saw my future as an "off-road" driving instructor!

 1985年に86年に開催されるキャメルトロフィーオーストラリアでのイベントの参加選手に応募しその中で20人の候補に選ばれ選考試験を受ける事になった。当時キャメルトロフィーは参加者30人を選出するのに世界中から250万人の参加希望があった。その為に我々は英国のHerefordshir にあるランドローバートレーニンググランドに行きランドローバーのドライビングインストラクター達から直接指導を受ける事になった。このランドローバーのドライビングインストラクター達は英国軍の特殊部隊に指導する程の真のドライビングプロフェッショナル集団である。そこで出会ったのがMr.ランドローバーと称されるRoger Crathorne 氏であった。彼に対する尊敬心が高まって自分が将来オフロードドライブインストラクターとして活躍する未来を描いた。

 

 後にBurke氏は1991年のキャメルトロフィーの代表選手となりアフリカを走った。彼がCrathorne氏から人生を決断する程の刺激を受けたのは事実であり、アメリカにおける4ウィールドライブの発展の背後にMr.ランドローバーの存在があったというのは驚きである。Mr.ランドローバーは一体彼にどの様な指導をしたのだろうか? 

 

...それらを知り学ぶ事は今後のこのブログのテーマである。

 

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Tom Collins 生ける伝説の男 2

2016年09月24日 | OVERLANDERS

 Tom Collins 氏はカリフォルニア州のSan Jose近くで生まれ育った。彼は少年時代から、なぜか?自分は将来コロラド州に住むという運命を感じていた様子だ。そして、彼は1973年の学生時代の終盤にその運命の声に従う行動を起こした。友達と58年型のシェビーピックアップトラックを駆ってコロラド州のAspenまで運転し同時に移住してしまった。ピックアップの荷台には大好きであったモトクロスバイクとスキーが乗っていた。モトクロスはアメリカモトクロスアソシエーションに属する腕前であったが自身の限界と両親の反対で結果、モトクロスとは見切りを付けた。現在も彼はコロラド州に住んでいる。

 オーバーランドジャーナル誌の彼に対する質問は多くあるがその中からの一部を紹介してゆきたい。

 

You have a reputation for being one of the most qualified adventurs in the world. Have you had formal training in recovery navigation, medical, backcountry skills?

あなたは世間から認定された評価の高い冒険家ですが、そうなるためにはリカバリー、ナビゲーション、医療応急処置、バックカントリーでの訓練をされたと思います。それらのトレーニングは具体的にどの様にされてきたのでしょうか?

 Don and I were very lucky at the Camel Trophy off-road training sessions in England. Roger Crathorne, a god in the Land Rover world, took us under his wing and gave us the most intense complete recovery training one could have. I did refreshers with him every year when I returned to Eastnor Castle. My major in college was wildlife management, which included how to use a map and a compass. That was before the advent of GPS, which I learned on my own. I took first-aid courses in Aspen and did refreshers each year with Camel. The trophy also provided SAS survival courses. My winter survival and avalanche training was done while I was in college and then in Aspen.

 

Roger Crathorne

 Donと私は運が良かったのです。キャメルトロフィーのオフロードトレーニングは英国において、あのランドローバーの神様と呼ばれている Roger Crathorne の元で指導を受けました。アドバイスは一時だけに過ぎず毎年彼のもとを訪れる度に更に深く学んでゆきました。ナビゲーションやマッピングについては私の大学時代の専攻がワイルドライフマネージメントだったので地図とコンパスには既に練れていましたので独学で学んだという事になります。当時はGPSなどは無かった時代です。ファーストエイドについてはコロラドのアスペンでクラスを専攻して学びましたし、キャメルトロフィーのトレーニングの中でもSASサバイバルコースというのがあってそこでも学びました。厳冬期のサバイバル訓練は大学で学びましたし、アスペンの冬を過ごす事によって実体験して学ぶ事が出来ました。

 

  生ける伝説の男は神様(Mr. Land Rover)からテクニックを学んでいた。

 

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エクスペデッション黄金時代の終焉と Mr. LAND ROVER

2016年01月31日 | PICKUP TRUCKS & 4X4

Roger Crathorne

別名 Mr. Land Rover

Whitley, UK, 27 March 2014 - Roger Crathorne, one of the best known and most highly respected Land Rover employees for more than five decades, is retiring from the company. 

From Royalty, VIP customers and senior military figures to journalists from all over the world, global explorers and countless generations of company management, Roger is known simply as 'Mr Land Rover'. 

As an instructor, he has passed on his vast knowledge and experience of off-road driving in the world's most inhospitable regions to thousands of people; all with passion and patience. 

Dr. Ralf Speth, CEO of Jaguar Land Rover, commented: "Roger has been instrumental in the development and promotion of Land Rover's breadth of capabilities for over half a century. His enthusiasm, vehicle knowledge and his deep understanding of the philosophy of the company, right back to the beginning, is unsurpassed. Roger has been an outstanding advocate for Land Rover, and his contribution has undoubtedly played a part in the global success we are enjoying today. He will be missed and I wish him all the best for the future." 

 Roger joined Land Rover in 1963 as an apprentice, but the story of his association with the company starts even earlier than that. Roger was born in 1947 in Lode Lane, Solihull at the local hospital - less than a mile from the factory where, at the exact same time, the idea for the first Land Rover was being conceived. Appropriately, 'Born in Lode Lane' became the title of his memoir, published in 2008. 

 After serving 15 years in engineering, and being closely involved in the development of the first Range Rover, Roger's reputation as an off-road expert came to the fore in 1978 when he became head of the company's vehicle demonstration team. The team went on to become Land Rover Experience which itself celebrates its 25th anniversary this year. The brief was simple - to showcase the outstanding off-road capabilities of Land Rover vehicles to people of influence. 

 Soon after he began working with media on press events, Roger took a role within the global PR team. His ability to cut to the heart of a new vehicle's technology and communicate it in simple terms was invaluable as the brand expanded into new markets worldwide. Most recently, Roger has been Land Rover's Heritage, Enthusiast and Technical PR Manager. 

 Speaking of his long career, Roger said: "I have worked on some great projects in product development, marketing and PR. I have visited some fascinating places with some great people and many have become good friends." 

 He added: "I thank everyone for their great support, friendship and camaraderie, and I will be taking away some wonderful memories. In my new life, I will be taking the ignition key of my old Land Rover off the hook and re-educating myself with choke pulls and double de-clutching." 

 この記載の内容はランドローバーのホームページで公式に説明されている ROGER CRATHORNE氏、別名ミスターランドローバーと現在も呼ばれている方の経歴である。彼は1963年にランドローバーに入社し、半世紀に及んでランドローバー社に貢献し、2014年の3月に退職(リタイヤ)された。当初は15年間エンジニアとして働き、後にレンジローバーの開発に関わった。同時に氏の持つオフロードの知識や経験が世間で知られる様になり1978年にデモンストレーションチームのリーダーとなりランドローバーエクスペリアンス(体験)を率い、多くのマスメディアを通じてランドローバー使用によるオフロードアドバイスを展開し、ランドローバーの世界的市場の拡大に貢献してきた。氏のランドローバー社での最後の肩書きは Heritage Enthusiast and Technical PR Manager であった。これをどの様に訳したらいいのかが正確に分らないのでそのまま訳すと、文化的な遺産に対する熱狂者達への技術的マネージャーとなる。

 最後に氏は会社が与えてくれたプロジェクトや製品開発の機会、そして出会った全ての人々に対する感謝を深く述べている。

 

そしてクラホーン氏は、最後にこう付け加えている。

 I will be taking the ignition key of my old Land Rover

わたしは自分の古いランドローバーのキーを回す。

off the hook and re-educating myself

ボンネットのフックを開けて自分を再確認したい。

 with choke pulls and double de-clutching." 

チョークを引いてダブルクラッチで...と!

 

 ランドローバーのシリーズ-ディフェンダーの生産終了とミスターランドローバーとの関係はいかなるものであろうかは想像に任せるとしよう。ただ、ランドローバーという会社にこういう人物が存在していたという事実があり、この人物はデイフェンダーの終了宣布時にリタイヤした。クラソネ氏は10代の頃、ランドローバーシリーズによる遠征旅行、First Overland Expedition をテレビで見た時から、僕もあのメンバーに加わりたいとする気持ちを持ち続けていたのであった。ミスターランドローバーはランドローバー社を去ったが彼の古いランドローバーと一緒に暮らそうね、という姿勢は英国を中心とする多くの人々の心を捉え続けている。

 

終わりとは同時に始まりでもある。

 

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