Lamdowa日記

ラムジョワが綴る日々の記録

モンラム 

2011-04-12 18:16:44 | Weblog

村での正月モードも収まりつつあり、客人は徐々に減っていった。

1月13日のラブラン寺の大タンカ開帳に合わせて、私たちは前日に村を出て、ラブラン寺へと向かった。
ずっと村に居て、同じものを食べ続けていたので、ちょっとした町に出かけられるのが何よりうれしかった。(ラブランは巡礼の町)

目的地まで車でおよそ2時間。ラブランに近づくに連れて五体投地で聖地を目指す人々が次々と目に入る。

ゆっくりと身を大地に投げ出して確実に歩を進めていく。
その数はどんどん増えていった。

その中にいる人に意識を向けるとそのほとんどが女性なのに気付く。
大部分は家族や仲間がいるが、1人きりと思われる人もいた。
わずかな食糧だけを携えて何日間この旅を続けてきたのだろう?
男性よりも不便や危険は多いはず・・・と考えていた。

口にはしなかったけれど、同時に夫も同じ事を考えていた様だった。

‘女性の一生は苦しい。だからより良い来世を求めているんじゃないかな?’と呟いた。

チベットのアムド地方では女性の地位はかなり低い。
学校は小学校3年くらいまで行って、あとはずっと家事を手伝って、親が決めた所にお嫁に行くという人が農村では大部分だったようだ。今も貧しい家は人手がいるので、ほとんど状況は変わっていない。

自分ではどうする事もできない現実、ただ出来るのは祈る事、願うことなのだろう。

たくさんの人々の想いが数珠つなぎのようになって、寺へと向かっていた。



旧暦1月13日 大タンカ開帳


いつもお世話になっている友人宅に宿泊。
町の宿はどこも満員なので本当に助かる。

朝は巡礼の人々が大タンカ開帳を楽しみに早くから賑わっていた。

私たち家族と友人たちは朝ゆっくりしていたので、歩いて10分ほどの距離なのに会場に着いたのはタンカ開帳が終わる30分前。。。

チベットでは本当に見た事がないほどの人・人・人。
チベットのアムドやカム地方の人、そしてモンゴル人と思われる人、漢族も居る。

友人たちは皆地元のアムド人なので、タンカも見飽きてしまっているけれど、私はラブランのモンラムは初めてでワクワクしていた。

なんとか写真を撮ろうと皆を残して最前列へ行こうと試みるも、人に揉まれて進めない。
前列にはカタ(白い布)を捧げたり、拝んだり、とにかく必死な人が多いのでかなり怖い。

だれかが私のマフラーに手をかけた。
将棋倒しになるんじゃないか??という不安からすぐにあきらめて友人たちが待つ所へ戻る。
ラサ近郊のデプン寺のタンカ開帳でも同じように不安になって、群衆の中を抜け出した記憶が蘇った。




しばらくの間、山の上に輝くシャカム二をただ見つめていた。

太陽の光を受けて、神々しく輝いている。
すべての人の心を明るく照らしてくれるありがたい存在だ。


その後しばらくして大タンカに黄色い布が張られ、開帳は終了。



僧侶によって大タンカが丸められていく。
(文章に書くと簡単に思えるが、大タンカは30Mほどある巨大なものだ。)

そして準備ができたあと、馬に跨った数人が群衆の中へ入り込み、道をつくり、その後を数十人の僧侶に抱えられた大タンカが続き、お寺へと戻っていった。


巨大なタンカが風の様にその場から姿を消した。

何もかもが幻に思えた。



旧暦1月14日 チャム(仮面舞踏)



チャムが行なわれたこの日も前日と同じく、人の海。

会場になっているお堂の前の中庭には黒い人だかりが・・・すでにチャムは始まっていた。

わたしは小柄なので、前の人の隙間に入る以外方法がない。
遠くて写真も撮りづらいので、移動を繰り返す。

そうしたら、後ろから竹を持ったおじさんがやってきて、群衆を叩きはじめた。
後ろの人の為に前の人は座って?(アムド語聞き取れず)という事らしいが、まるで家畜に対する扱いの様で怖かった。
みんなは文句も言わず、それに従っていたけれど、私は逃げることに・・

少し離れたところに高くなっている場所があったので、そこでチャム観賞。(かなり遠目)




チャムとは僧侶が神々の姿や骸骨や動物などに扮して踊り、曼荼羅の世界を立体的に表現したものだ。

まず極彩色の仮面と衣装が目に飛び込んでくる。
太いラッパの音やドラム、シンバルなどのいかにもチベット的な音や声明。

荘厳な雰囲気の中、音も踊りも静と動を行き来する。


出てくる神々や鳥や獅子や骸骨などその意味を知れば知るほど面白いだろうし、その物語や仏教の教えをもっと深く理解できるのだろうに・・・。
素晴らしいものを目の前にして本当に残念に思った。

しかし、見ることで仏の加護を得られ、厄を払う事ができるともいわれるチャムだ。

今年厄年の私。厄払いできたと信じよう。



旧暦1月15日  酥油花


15日朝からひどい雪になった。あたり一面真っ白に。

数日ラブランに居る予定を切り上げて、夫の実家に戻ることになった。

帰り道。まだまだラブラン寺に向かおうとする巡礼の人々が雪の中進んでいく。
地面は濡れて凍ってしまっているというのに。


↑雪の中を進む巡礼の人々

車は何度も滑りながら、重たそうに走る。
雪が降っているのはしばらくの間だろうと思ったけれど、結局夜まで止まなかった。


実家に着いて夕食を取った後、みんなで近くのお寺に行く。

今日は満月15日。 酥油花(バター彫刻)が見られる日だ。
バター彫刻は羊や牛の乳で作った白く滑らかなバターに鉱物顔料を混ぜて作った芸術作品だ。

かなり冷え込んだので、モコモコの毛がついたチュバを着た。地元の小さな寺だから、来ている人々もほとんど知りあいばかりだ。

お寺の中庭に並べられた作品を豆電球の明かりが照らしている。
ちらちら舞う雪がとても綺麗だ。




薄明かりの中で僧侶たちはその一つ一つに向かって読経を始めた。
人の顔も見えないくらい暗い。声明は暗闇に消えていく。

家族の姿もよく見えなくて、そっと握った手は義姉の手だった。。。

義姉はたくましい。頼れるお姉さんなので、ナイフを持っている男たちがウロウロしていても、この人が一緒なら怖くない。

読経が終わると僧侶たちは中庭を出て行った。

それから照明がパーっと明るくなり、人々は照らされたバター細工に近づいて観賞したり、お祈りしたりしていた。
近くで見ると本当に細かい仕事だというのがわかる。

バターで作られた花は白い雪と見事にマッチしていた。




帰り道、村の家々には柔らかいオンカの明かりが灯っていた。(ロサルの日記参照)

新年の時もそうだったように、今日もきっと特別な日なのだろう。









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モンゴル人 正月モード
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