今回の旅は1歳の息子を伴った初めてのチベット。そしてそこは草原地帯。
現地についてまずは‘食’の心配があった。基本的に好き嫌いがなく、何でも食べる息子にはチベットの食事にも違和感がなかった様子。肉系のハードなものも何のその、とにかく要である食に抵抗が無い事を知り安堵した。
しかし、数日経つと胃腸が壊れたのか下痢をするようになってしまった。現地の大人でも食あたりはしょっちゅうなので、あまり気にする人はいない。無菌状態でぬくぬく育った彼がいきなり雑菌のゴロゴロいるところに放り出されたのだから、その反応は当たり前だった。
そしてお腹の調子に加えて‘眠り’にも問題が出る。
日本ではほとんどなかった夜泣きが日に日に悪化・・・。隣や下の部屋で眠る家族にも聞こえるほど大きな声で鳴き叫ぶのだ。
悲鳴にも近い声に義母が心配して、お寺に祈祷に行ってはどうか?と勧めてきた。
日本でも‘夜泣き、虫封じの寺’などあり、古くから物の怪との関係が深いとされている夜泣きはここチベットでも同じように考えられている様なのだ。夜泣きには波もあるし、しばらく様子をみたいと伝えると義母が子供の頭に‘聖水’をかけ始めた。
更に水を‘飲んで、飲んで!!’と小さな器に入れて、私の手元に差し出す。
この‘聖水’今までチベット各地で飲んできたけれど、聖地を流れる川の水であったり、湖、山などから採ってきたものもあれば、お寺の高僧によってもたらされたものもある。わたしの手元に出された水はどこからやってきたものなのか定かではなかった。
ありがたい心遣いではあるが、これが夜泣きに効くのだろうか?得体の知れない水を飲んで子供のお腹がもっと壊れてしまわないかそればかりが心配になった。
躊躇しつつ、少しだけ子供に与えてみる。わたしも口に含んでみると何故か甘い風味がした。
気になる効果は・・・ あまり変わっていないように思える夜泣き・・・(泣)
その後も親戚周りに行って、そのお宅に泊まると家の人の反応はどこも同じ、夜泣きにはこれ!と‘聖水’が差し出された。
その度に子供のあたまに水をかけていたら、髪の毛が海苔の様に固まってしまう結果に・・・。
すべては善意ゆえ、人々の子供を想う気持ちなのだ。
もうひとつ、このあたりの迷信で小さな子供をよそのお宅へ連れて行ってはいけないというのがある。
他人の家から戻ると‘子供の顔色が悪い!元気がない!’と心配されることもしばしばあった。
小さな子供は抵抗力もないし、病気を拾いやすいから?と推測するも、おそらく霊かその類のものに取りつかれることを恐れていることは間違いないと思う。
こちらの人にとって健康的な子供の象徴とは‘リンゴのような赤い頬’を持つ事だ。
寒く乾燥した大地で生きるほっぺの赤い子供、青鼻をたらして笑っている子供。
わたしたちのイメージする草原の子供そのものだ。みんな本当に強くたくましい。

日本から訪れた息子も、日を追うごとに息子の顔は草原の子供のそれへと変わっていった。食べるもの、気候、生活の違いがわずか1歳の子供にも大きく影響することを知った。自然に周りの子供たちとふれあい、同じように遊びだす。
大人たちはあまり子供に干渉せず、ただ静かに見守る。
皆大家族で暮らしているから、いつも誰かが見守っている、見守ってくれているという安心感が双方にある。
我が息子もバトンリレーの様に人から人の懐を巡り、手の空いている誰かが面倒を見てくれていた。
暖かいチュバ(民族衣装)に包まれて昼寝をする息子を見て、どんなに気持ちがいいだろう?と想像してみたりする。

今、夫の実家には義父・義母のひ孫さんが同居している。義兄が10代で結婚し、その息子もまた10代で結婚しているので、義母は50代も半ばでひ孫のお世話をすることになったのだ。
家の仕事のほとんどは家人に任せ、小さな子供の世話と自分の旅立ちの準備をするのが、年老いた人の生活であり、役割でもある。

↑義母&孫&ひ孫の3ショット。孫(私の息子)よりひ孫の方が年上だ。
チベットの田舎では10代の結婚も当たり前のようによくあること。
今年結婚するんだと言っていた親戚の男の子があまりに幼かったのでとても驚いた。15歳くらいだろうか?
‘結婚’という言葉がとても不釣り合いに思えた。
しかし、彼もまた周りに助けられ、子供と共に成長していくのだろう。
周りの大人たちも皆その過程を辿ってきたのだから、時間と共に人間としての‘器’も広がっていくはずだ。
草原でしばらく過ごした息子の顔が出発前のそれとは大きく変わり、まるで別人のようになった。
帰国後に写真を見て本当に驚いてしまった。
環境が人をつくる。それ故に人が育つ地盤の大切さを思い知ったのでした。
現地についてまずは‘食’の心配があった。基本的に好き嫌いがなく、何でも食べる息子にはチベットの食事にも違和感がなかった様子。肉系のハードなものも何のその、とにかく要である食に抵抗が無い事を知り安堵した。
しかし、数日経つと胃腸が壊れたのか下痢をするようになってしまった。現地の大人でも食あたりはしょっちゅうなので、あまり気にする人はいない。無菌状態でぬくぬく育った彼がいきなり雑菌のゴロゴロいるところに放り出されたのだから、その反応は当たり前だった。
そしてお腹の調子に加えて‘眠り’にも問題が出る。
日本ではほとんどなかった夜泣きが日に日に悪化・・・。隣や下の部屋で眠る家族にも聞こえるほど大きな声で鳴き叫ぶのだ。
悲鳴にも近い声に義母が心配して、お寺に祈祷に行ってはどうか?と勧めてきた。
日本でも‘夜泣き、虫封じの寺’などあり、古くから物の怪との関係が深いとされている夜泣きはここチベットでも同じように考えられている様なのだ。夜泣きには波もあるし、しばらく様子をみたいと伝えると義母が子供の頭に‘聖水’をかけ始めた。
更に水を‘飲んで、飲んで!!’と小さな器に入れて、私の手元に差し出す。
この‘聖水’今までチベット各地で飲んできたけれど、聖地を流れる川の水であったり、湖、山などから採ってきたものもあれば、お寺の高僧によってもたらされたものもある。わたしの手元に出された水はどこからやってきたものなのか定かではなかった。
ありがたい心遣いではあるが、これが夜泣きに効くのだろうか?得体の知れない水を飲んで子供のお腹がもっと壊れてしまわないかそればかりが心配になった。
躊躇しつつ、少しだけ子供に与えてみる。わたしも口に含んでみると何故か甘い風味がした。
気になる効果は・・・ あまり変わっていないように思える夜泣き・・・(泣)
その後も親戚周りに行って、そのお宅に泊まると家の人の反応はどこも同じ、夜泣きにはこれ!と‘聖水’が差し出された。
その度に子供のあたまに水をかけていたら、髪の毛が海苔の様に固まってしまう結果に・・・。
すべては善意ゆえ、人々の子供を想う気持ちなのだ。
もうひとつ、このあたりの迷信で小さな子供をよそのお宅へ連れて行ってはいけないというのがある。
他人の家から戻ると‘子供の顔色が悪い!元気がない!’と心配されることもしばしばあった。
小さな子供は抵抗力もないし、病気を拾いやすいから?と推測するも、おそらく霊かその類のものに取りつかれることを恐れていることは間違いないと思う。
こちらの人にとって健康的な子供の象徴とは‘リンゴのような赤い頬’を持つ事だ。
寒く乾燥した大地で生きるほっぺの赤い子供、青鼻をたらして笑っている子供。
わたしたちのイメージする草原の子供そのものだ。みんな本当に強くたくましい。

日本から訪れた息子も、日を追うごとに息子の顔は草原の子供のそれへと変わっていった。食べるもの、気候、生活の違いがわずか1歳の子供にも大きく影響することを知った。自然に周りの子供たちとふれあい、同じように遊びだす。
大人たちはあまり子供に干渉せず、ただ静かに見守る。
皆大家族で暮らしているから、いつも誰かが見守っている、見守ってくれているという安心感が双方にある。
我が息子もバトンリレーの様に人から人の懐を巡り、手の空いている誰かが面倒を見てくれていた。
暖かいチュバ(民族衣装)に包まれて昼寝をする息子を見て、どんなに気持ちがいいだろう?と想像してみたりする。

今、夫の実家には義父・義母のひ孫さんが同居している。義兄が10代で結婚し、その息子もまた10代で結婚しているので、義母は50代も半ばでひ孫のお世話をすることになったのだ。
家の仕事のほとんどは家人に任せ、小さな子供の世話と自分の旅立ちの準備をするのが、年老いた人の生活であり、役割でもある。

↑義母&孫&ひ孫の3ショット。孫(私の息子)よりひ孫の方が年上だ。
チベットの田舎では10代の結婚も当たり前のようによくあること。
今年結婚するんだと言っていた親戚の男の子があまりに幼かったのでとても驚いた。15歳くらいだろうか?
‘結婚’という言葉がとても不釣り合いに思えた。
しかし、彼もまた周りに助けられ、子供と共に成長していくのだろう。
周りの大人たちも皆その過程を辿ってきたのだから、時間と共に人間としての‘器’も広がっていくはずだ。
草原でしばらく過ごした息子の顔が出発前のそれとは大きく変わり、まるで別人のようになった。
帰国後に写真を見て本当に驚いてしまった。
環境が人をつくる。それ故に人が育つ地盤の大切さを思い知ったのでした。










