2011年2月3日。
中国の春節と同じくチベット・アムドもお正月を迎えます。
私たちも夫の故郷でロサルを迎えようと子供を連れてチベットへ赴きました。
同じチベットでも、ラサはこの約1ヶ月後にロサルを迎えます。同じ民族とはいえ、
とにかく広大な土地にまたがって人々が住んでいるため、言葉も違い、歴まで違うようです。。。
前回(2年前)はチベット情勢が不安定な中、お正月らしさのない寂しいロサルを迎えましたが、今回は例年通りにぎやかで楽しい雰囲気が戻っていました。
チベットの新年1日。
日本のお正月と言えば‘寝正月’。
アムドの新年1月1日は朝は4時頃起床。
こんなに早起きで何をするのか?と言えばただ食べるだけ・・・。
外はまだ暗く、太陽さえ出ていないこの時間。外に出ると村の家々にはオンカと呼ばれる和紙で作った小さな照明が灯されている。中は蝋燭の明かりだ。
日本の行燈を思わせる柔らかな光。
この灯りを大晦日の夜から新年の朝にかけて一晩中灯す。
正月1日だけの出番だと聞いていたけれど、1月15日の満月の夜にも各家々に灯されていた。この明かりを灯す理由は何人かに聞いてみたけれど、知る人はいなかった。
ただ決まり事として受け継がれている伝統の様。

↑オンカを吊り下げる為の支柱。オンカは下から紐を通して左上(黒い小さな点に見えるところ)に吊る。
灯りの大きさは25cm角ほどのもの。
早起きで眠い目を擦りながら皆の集まる部屋へ行くと、もうすでに大宴会は始まっていてテーブルには隙間なくご馳走やお菓子が並べられていた。

部屋の隅には縁起ものが並べられた神棚?があり、そこには鏡餅そっくりなものが置かれている。餅のように丸められたバターの上にみかん様・・・。
外に灯す行燈といい、こういった飾り物の中にも、たまにうっすらと日本の伝統との共通点を感じるものが多くある。
これがアムドの面白いところだ。
机に載ったご馳走を見渡して、さて何を食べようか・・・。
ご馳走は肉食系で早朝の胃にはハードなものばかりだ。牛や豚のゆで肉、羊の腸、包子
(肉まん)そしてゴレと呼ばれる様々な形をした揚げパン等、朝食には不向きと思うものがズラリと並んでいる。ちなみに豚は自前の豚だ。家人がこの日の為に育ててきたのだ。
人々にとってお正月は大イベントで、普段食べられないものが思いっきり食べられる至福の時期。親戚が集まり、子供たちは新しい服を着て、お小遣いをもらう。
そして外から嫁いできた女性にとっても、年に一度生まれ育った故郷に帰ることができるうれしいお休みがある。
そんな皆のワクワクした高揚感がお正月をより盛り上げているように思う。
毎日食べたいものを食べ、常に欲求を満たす事のできる環境で生きている者には到底味わうことの出来ない感覚だ。

↑久々に集まった家族で包子づくり。

↑今日も明日も明後日もずっと続く包子まつり・・・。
今年夫の実家のあるボラ村では村の広場で‘青空ナンマ’が開かれた。
村の若者が主催して、歌、楽器、舞踏、漫才など村人が我こそはと自分の芸を披露する。小さな子供たちはこの日の為に何日も踊りを練習していた。
遊牧気質の人々を纏め上げるのにかなりの苦労があったはずだ。

澄んだ青空の下、たくさんの村人が期待をもって集まってきた。
心地いいダムニェン弾きの歌、かわいい子供たちの踊り・・村中が笑顔と笑いに満ちている。
チベット人が自ら楽しみを作っていく大切さ、それを分かち合う喜び。
新年1月1日は楽しみに沸いたそんな日だった。

↑遊牧民のお宅でもらったお年玉。

↑お正月にやって来た親戚の子。回族と結婚した親族のお孫さんだそうだ。本当にいい笑顔!
中国の春節と同じくチベット・アムドもお正月を迎えます。
私たちも夫の故郷でロサルを迎えようと子供を連れてチベットへ赴きました。
同じチベットでも、ラサはこの約1ヶ月後にロサルを迎えます。同じ民族とはいえ、
とにかく広大な土地にまたがって人々が住んでいるため、言葉も違い、歴まで違うようです。。。
前回(2年前)はチベット情勢が不安定な中、お正月らしさのない寂しいロサルを迎えましたが、今回は例年通りにぎやかで楽しい雰囲気が戻っていました。
チベットの新年1日。
日本のお正月と言えば‘寝正月’。
アムドの新年1月1日は朝は4時頃起床。
こんなに早起きで何をするのか?と言えばただ食べるだけ・・・。
外はまだ暗く、太陽さえ出ていないこの時間。外に出ると村の家々にはオンカと呼ばれる和紙で作った小さな照明が灯されている。中は蝋燭の明かりだ。
日本の行燈を思わせる柔らかな光。
この灯りを大晦日の夜から新年の朝にかけて一晩中灯す。
正月1日だけの出番だと聞いていたけれど、1月15日の満月の夜にも各家々に灯されていた。この明かりを灯す理由は何人かに聞いてみたけれど、知る人はいなかった。
ただ決まり事として受け継がれている伝統の様。

↑オンカを吊り下げる為の支柱。オンカは下から紐を通して左上(黒い小さな点に見えるところ)に吊る。
灯りの大きさは25cm角ほどのもの。
早起きで眠い目を擦りながら皆の集まる部屋へ行くと、もうすでに大宴会は始まっていてテーブルには隙間なくご馳走やお菓子が並べられていた。

部屋の隅には縁起ものが並べられた神棚?があり、そこには鏡餅そっくりなものが置かれている。餅のように丸められたバターの上にみかん様・・・。
外に灯す行燈といい、こういった飾り物の中にも、たまにうっすらと日本の伝統との共通点を感じるものが多くある。
これがアムドの面白いところだ。
机に載ったご馳走を見渡して、さて何を食べようか・・・。
ご馳走は肉食系で早朝の胃にはハードなものばかりだ。牛や豚のゆで肉、羊の腸、包子
(肉まん)そしてゴレと呼ばれる様々な形をした揚げパン等、朝食には不向きと思うものがズラリと並んでいる。ちなみに豚は自前の豚だ。家人がこの日の為に育ててきたのだ。
人々にとってお正月は大イベントで、普段食べられないものが思いっきり食べられる至福の時期。親戚が集まり、子供たちは新しい服を着て、お小遣いをもらう。
そして外から嫁いできた女性にとっても、年に一度生まれ育った故郷に帰ることができるうれしいお休みがある。
そんな皆のワクワクした高揚感がお正月をより盛り上げているように思う。
毎日食べたいものを食べ、常に欲求を満たす事のできる環境で生きている者には到底味わうことの出来ない感覚だ。

↑久々に集まった家族で包子づくり。

↑今日も明日も明後日もずっと続く包子まつり・・・。
今年夫の実家のあるボラ村では村の広場で‘青空ナンマ’が開かれた。
村の若者が主催して、歌、楽器、舞踏、漫才など村人が我こそはと自分の芸を披露する。小さな子供たちはこの日の為に何日も踊りを練習していた。
遊牧気質の人々を纏め上げるのにかなりの苦労があったはずだ。

澄んだ青空の下、たくさんの村人が期待をもって集まってきた。
心地いいダムニェン弾きの歌、かわいい子供たちの踊り・・村中が笑顔と笑いに満ちている。
チベット人が自ら楽しみを作っていく大切さ、それを分かち合う喜び。
新年1月1日は楽しみに沸いたそんな日だった。

↑遊牧民のお宅でもらったお年玉。

↑お正月にやって来た親戚の子。回族と結婚した親族のお孫さんだそうだ。本当にいい笑顔!










