Lamdowa日記

ラムジョワが綴る日々の記録

青海玉樹地震から1年

2011-04-14 20:54:48 | Weblog

今日は4月11日。
去年青海玉樹チベット族自治州でM7.1の大地震が起こった日です。

多くの死者、負傷者が出て、1万人以上の人々が家を失いました。


現地では寒い冬がようやく終わろうとしているところでしょうか?

被災地の今の様子が報道されることもなく、極寒の地で家を失くした人々がどのような生活を送っているのか気になるところです。



先月の東北関東大震災で日本は今まさに余震におびえる日々。

新たな地震が起こるかもしれない、原発はどうか・・・・?

何もかもが進行形で収まる気配がまるでありません。



地震や津波が一瞬にして奪った命。

人間がいかに小さき存在であるかを思い知らされます。

しかし、それでも命ある限り生きていかなくてはなりません。


人間は小さいけれど、内に秘めた力はとてつもなく強い。

インドやチベットで感じた人間の持つ底力。

それこそが希望の源だと思います。





すべての犠牲者の方のご冥福をお祈り申し上げます。

被災された方の心が癒えるようにお祈り致します。




Sherten 2010 - [HD] Condolence to The Brothers and Sisters of Yushu
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モンラム 

2011-04-12 18:16:44 | Weblog

村での正月モードも収まりつつあり、客人は徐々に減っていった。

1月13日のラブラン寺の大タンカ開帳に合わせて、私たちは前日に村を出て、ラブラン寺へと向かった。
ずっと村に居て、同じものを食べ続けていたので、ちょっとした町に出かけられるのが何よりうれしかった。(ラブランは巡礼の町)

目的地まで車でおよそ2時間。ラブランに近づくに連れて五体投地で聖地を目指す人々が次々と目に入る。

ゆっくりと身を大地に投げ出して確実に歩を進めていく。
その数はどんどん増えていった。

その中にいる人に意識を向けるとそのほとんどが女性なのに気付く。
大部分は家族や仲間がいるが、1人きりと思われる人もいた。
わずかな食糧だけを携えて何日間この旅を続けてきたのだろう?
男性よりも不便や危険は多いはず・・・と考えていた。

口にはしなかったけれど、同時に夫も同じ事を考えていた様だった。

‘女性の一生は苦しい。だからより良い来世を求めているんじゃないかな?’と呟いた。

チベットのアムド地方では女性の地位はかなり低い。
学校は小学校3年くらいまで行って、あとはずっと家事を手伝って、親が決めた所にお嫁に行くという人が農村では大部分だったようだ。今も貧しい家は人手がいるので、ほとんど状況は変わっていない。

自分ではどうする事もできない現実、ただ出来るのは祈る事、願うことなのだろう。

たくさんの人々の想いが数珠つなぎのようになって、寺へと向かっていた。



旧暦1月13日 大タンカ開帳


いつもお世話になっている友人宅に宿泊。
町の宿はどこも満員なので本当に助かる。

朝は巡礼の人々が大タンカ開帳を楽しみに早くから賑わっていた。

私たち家族と友人たちは朝ゆっくりしていたので、歩いて10分ほどの距離なのに会場に着いたのはタンカ開帳が終わる30分前。。。

チベットでは本当に見た事がないほどの人・人・人。
チベットのアムドやカム地方の人、そしてモンゴル人と思われる人、漢族も居る。

友人たちは皆地元のアムド人なので、タンカも見飽きてしまっているけれど、私はラブランのモンラムは初めてでワクワクしていた。

なんとか写真を撮ろうと皆を残して最前列へ行こうと試みるも、人に揉まれて進めない。
前列にはカタ(白い布)を捧げたり、拝んだり、とにかく必死な人が多いのでかなり怖い。

だれかが私のマフラーに手をかけた。
将棋倒しになるんじゃないか??という不安からすぐにあきらめて友人たちが待つ所へ戻る。
ラサ近郊のデプン寺のタンカ開帳でも同じように不安になって、群衆の中を抜け出した記憶が蘇った。




しばらくの間、山の上に輝くシャカム二をただ見つめていた。

太陽の光を受けて、神々しく輝いている。
すべての人の心を明るく照らしてくれるありがたい存在だ。


その後しばらくして大タンカに黄色い布が張られ、開帳は終了。



僧侶によって大タンカが丸められていく。
(文章に書くと簡単に思えるが、大タンカは30Mほどある巨大なものだ。)

そして準備ができたあと、馬に跨った数人が群衆の中へ入り込み、道をつくり、その後を数十人の僧侶に抱えられた大タンカが続き、お寺へと戻っていった。


巨大なタンカが風の様にその場から姿を消した。

何もかもが幻に思えた。



旧暦1月14日 チャム(仮面舞踏)



チャムが行なわれたこの日も前日と同じく、人の海。

会場になっているお堂の前の中庭には黒い人だかりが・・・すでにチャムは始まっていた。

わたしは小柄なので、前の人の隙間に入る以外方法がない。
遠くて写真も撮りづらいので、移動を繰り返す。

そうしたら、後ろから竹を持ったおじさんがやってきて、群衆を叩きはじめた。
後ろの人の為に前の人は座って?(アムド語聞き取れず)という事らしいが、まるで家畜に対する扱いの様で怖かった。
みんなは文句も言わず、それに従っていたけれど、私は逃げることに・・

少し離れたところに高くなっている場所があったので、そこでチャム観賞。(かなり遠目)




チャムとは僧侶が神々の姿や骸骨や動物などに扮して踊り、曼荼羅の世界を立体的に表現したものだ。

まず極彩色の仮面と衣装が目に飛び込んでくる。
太いラッパの音やドラム、シンバルなどのいかにもチベット的な音や声明。

荘厳な雰囲気の中、音も踊りも静と動を行き来する。


出てくる神々や鳥や獅子や骸骨などその意味を知れば知るほど面白いだろうし、その物語や仏教の教えをもっと深く理解できるのだろうに・・・。
素晴らしいものを目の前にして本当に残念に思った。

しかし、見ることで仏の加護を得られ、厄を払う事ができるともいわれるチャムだ。

今年厄年の私。厄払いできたと信じよう。



旧暦1月15日  酥油花


15日朝からひどい雪になった。あたり一面真っ白に。

数日ラブランに居る予定を切り上げて、夫の実家に戻ることになった。

帰り道。まだまだラブラン寺に向かおうとする巡礼の人々が雪の中進んでいく。
地面は濡れて凍ってしまっているというのに。


↑雪の中を進む巡礼の人々

車は何度も滑りながら、重たそうに走る。
雪が降っているのはしばらくの間だろうと思ったけれど、結局夜まで止まなかった。


実家に着いて夕食を取った後、みんなで近くのお寺に行く。

今日は満月15日。 酥油花(バター彫刻)が見られる日だ。
バター彫刻は羊や牛の乳で作った白く滑らかなバターに鉱物顔料を混ぜて作った芸術作品だ。

かなり冷え込んだので、モコモコの毛がついたチュバを着た。地元の小さな寺だから、来ている人々もほとんど知りあいばかりだ。

お寺の中庭に並べられた作品を豆電球の明かりが照らしている。
ちらちら舞う雪がとても綺麗だ。




薄明かりの中で僧侶たちはその一つ一つに向かって読経を始めた。
人の顔も見えないくらい暗い。声明は暗闇に消えていく。

家族の姿もよく見えなくて、そっと握った手は義姉の手だった。。。

義姉はたくましい。頼れるお姉さんなので、ナイフを持っている男たちがウロウロしていても、この人が一緒なら怖くない。

読経が終わると僧侶たちは中庭を出て行った。

それから照明がパーっと明るくなり、人々は照らされたバター細工に近づいて観賞したり、お祈りしたりしていた。
近くで見ると本当に細かい仕事だというのがわかる。

バターで作られた花は白い雪と見事にマッチしていた。




帰り道、村の家々には柔らかいオンカの明かりが灯っていた。(ロサルの日記参照)

新年の時もそうだったように、今日もきっと特別な日なのだろう。









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村の日常〜祈りの風景

2011-04-03 00:25:43 | Weblog
今回訪れたのは冬季(農閑期)で人々は比較的ゆっくりとした日々を過ごしている時期だった。しかし、女性たちは相変わらず忙しそうに働く。

この周辺の村はほとんどすべての家が半農半牧で毎日牛の放牧の仕事があるし、夏場はそれに加えて作物の世話もある。家族総出でも人手が足りないのが常の様だ。

食べるものひとつとっても、お腹が空いたらすぐに食べられるものが中心で胃袋を満たす以外の楽しみはない・・・。(少なくとも日本人の私にとっては・・・)
一日3食という決まりもないから、みんな個々に食べたりしていて自由だ。

ゆっくり、家族みんなで時間をかけて食事をするイメージがあっただけに、現実はそうではないと知って少しショックを受けた。

ご飯事情ひとつとってもこの地で生きていく事の厳しさがわかる。

チベットには広い土地があっても、作物を育てるのに適した土地はほとんど無いと村人は言った。
そんな中人々は互いに助け合いながら生きている。助け合わなければ生きていけないという方が合っているかも知れない。





各家庭に30頭ほどいる牛の放牧の役割も村人が毎日交替で担っていた。
早朝に何百頭もの牛が村を出て、草原や山へ繰り出す。人よりもはるかに多い牛や馬の姿に圧倒される。

夕方牛たちは日が暮れる前に、列を成して来た道を引き返し、間違えることなく自分の家に帰る。家人が居なくても、閉まっているドアの前で待っていたりする。
毎日見ていて牛の賢さには本当に感心した。

人間と牛や馬たちがずっと昔から営んで来た生活は時代が変わった今も受け継がれている。遠い祖先は遊牧をしながらこの地に行き着いたのだろうか?

こちらの人々は名字を持たない。(チベットに名字を持つ人はほとんどいない)
しかし家単位で呼び合う‘屋号’は存在する。

日本における屋号と同じで、古くから地域に根付いた家の役割を名前として付けたものだ。名字がないので、この屋号が先祖の暮らしを知る唯一の手掛かりになる。
‘牛飼いの家’‘鉄工の家’‘大工の家’・・・・こんな感じだ。

ちなみに夫の実家は‘アムネーツァン’と呼ばれている。‘アムネ’とは一般的な出家僧ではないが、人が亡くなったら経をあげに行ったりする役目のある人の事を指すのだそうだ。それは今でも受け継がれており、義兄など法要や葬式に呼ばれて経をあげることもしばしばあると言っていた。在家の僧と言ったところだろうか?

ずっと昔から信心深い家系であったのかも知れない。義母も祈ることを生活の中心にしているし、一日おきの断食の修行など長年続けている。

揺るがない信仰の基礎は子供の頃から作り上げられてきたものだ。
‘あなたは何を信じているの?’とチベットの人々に聞かれるといつもしどろもどろになって恥ずかしい返答しかできない自分が情けない・・。


こんな自分ではあるけれど、少しでも人々と同じ想いを分かち合いたいと、時間があればお寺のコルラに出かけた。(*コルラとは聖地などのまわりを巡礼すること)

お寺を一周するルートの途中に小高い山があって、そこから見渡す風景が心地いい。
しばらく風に吹かれていると、どんな事も小さなものに思えるし、こだわりも消えていく。歩いていると知り合いの村人などと出会って一緒にお堂めぐりをした。


↑bora寺 中規模程度のお寺で、1周するのに40分ほどかかる。


↑山の上から見下ろす。お寺の全景。

彼らは熟練の人々だから歩くのも、マニ車を回すスピードも半端じゃない。
キリキリと音を立てて回り続けるマニ車を追いかけて、後から必死について言ったら
軽いめまいと動機におそわれて、視界がぼんやりしてしまった。
(ちなみにここの標高は3000M。これでもチベットにしては標高が低い方だ。)




前を行った村人たちは心配して私を待っていてくれた。

地元の人々は毎日お寺へやってくる。当たり前にある祈りの時間だ。
世界中の大部分の人々にとって現実的でないかもしれないけれど、わたしはこの時間が本当に豊かだと思う。

村の老人の集まるマニ堂には何人もの老女が出入りし、皆で世間話をし、その中心にはいつもマニが回っている。

マニ車が人々を結び付け、人々の祈りは来世へと繋がっていく。

厳しい場所で心豊かに暮らすためには、祈りの時間が何より大切なのだと知った。













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善意ゆえ・・・チベット人と子供に纏わる話

2011-03-31 17:35:20 | Weblog
今回の旅は1歳の息子を伴った初めてのチベット。そしてそこは草原地帯。

現地についてまずは‘食’の心配があった。基本的に好き嫌いがなく、何でも食べる息子にはチベットの食事にも違和感がなかった様子。肉系のハードなものも何のその、とにかく要である食に抵抗が無い事を知り安堵した。

しかし、数日経つと胃腸が壊れたのか下痢をするようになってしまった。現地の大人でも食あたりはしょっちゅうなので、あまり気にする人はいない。無菌状態でぬくぬく育った彼がいきなり雑菌のゴロゴロいるところに放り出されたのだから、その反応は当たり前だった。

そしてお腹の調子に加えて‘眠り’にも問題が出る。
日本ではほとんどなかった夜泣きが日に日に悪化・・・。隣や下の部屋で眠る家族にも聞こえるほど大きな声で鳴き叫ぶのだ。
悲鳴にも近い声に義母が心配して、お寺に祈祷に行ってはどうか?と勧めてきた。

日本でも‘夜泣き、虫封じの寺’などあり、古くから物の怪との関係が深いとされている夜泣きはここチベットでも同じように考えられている様なのだ。夜泣きには波もあるし、しばらく様子をみたいと伝えると義母が子供の頭に‘聖水’をかけ始めた。
更に水を‘飲んで、飲んで!!’と小さな器に入れて、私の手元に差し出す。

この‘聖水’今までチベット各地で飲んできたけれど、聖地を流れる川の水であったり、湖、山などから採ってきたものもあれば、お寺の高僧によってもたらされたものもある。わたしの手元に出された水はどこからやってきたものなのか定かではなかった。
ありがたい心遣いではあるが、これが夜泣きに効くのだろうか?得体の知れない水を飲んで子供のお腹がもっと壊れてしまわないかそればかりが心配になった。

躊躇しつつ、少しだけ子供に与えてみる。わたしも口に含んでみると何故か甘い風味がした。


気になる効果は・・・ あまり変わっていないように思える夜泣き・・・(泣)


その後も親戚周りに行って、そのお宅に泊まると家の人の反応はどこも同じ、夜泣きにはこれ!と‘聖水’が差し出された。
その度に子供のあたまに水をかけていたら、髪の毛が海苔の様に固まってしまう結果に・・・。


すべては善意ゆえ、人々の子供を想う気持ちなのだ。


もうひとつ、このあたりの迷信で小さな子供をよそのお宅へ連れて行ってはいけないというのがある。


他人の家から戻ると‘子供の顔色が悪い!元気がない!’と心配されることもしばしばあった。
小さな子供は抵抗力もないし、病気を拾いやすいから?と推測するも、おそらく霊かその類のものに取りつかれることを恐れていることは間違いないと思う。

こちらの人にとって健康的な子供の象徴とは‘リンゴのような赤い頬’を持つ事だ。
寒く乾燥した大地で生きるほっぺの赤い子供、青鼻をたらして笑っている子供。

わたしたちのイメージする草原の子供そのものだ。みんな本当に強くたくましい。





日本から訪れた息子も、日を追うごとに息子の顔は草原の子供のそれへと変わっていった。食べるもの、気候、生活の違いがわずか1歳の子供にも大きく影響することを知った。自然に周りの子供たちとふれあい、同じように遊びだす。

大人たちはあまり子供に干渉せず、ただ静かに見守る。
皆大家族で暮らしているから、いつも誰かが見守っている、見守ってくれているという安心感が双方にある。


我が息子もバトンリレーの様に人から人の懐を巡り、手の空いている誰かが面倒を見てくれていた。
暖かいチュバ(民族衣装)に包まれて昼寝をする息子を見て、どんなに気持ちがいいだろう?と想像してみたりする。






今、夫の実家には義父・義母のひ孫さんが同居している。義兄が10代で結婚し、その息子もまた10代で結婚しているので、義母は50代も半ばでひ孫のお世話をすることになったのだ。
家の仕事のほとんどは家人に任せ、小さな子供の世話と自分の旅立ちの準備をするのが、年老いた人の生活であり、役割でもある。


↑義母&孫&ひ孫の3ショット。孫(私の息子)よりひ孫の方が年上だ。

チベットの田舎では10代の結婚も当たり前のようによくあること。
今年結婚するんだと言っていた親戚の男の子があまりに幼かったのでとても驚いた。15歳くらいだろうか?
‘結婚’という言葉がとても不釣り合いに思えた。
しかし、彼もまた周りに助けられ、子供と共に成長していくのだろう。

周りの大人たちも皆その過程を辿ってきたのだから、時間と共に人間としての‘器’も広がっていくはずだ。


草原でしばらく過ごした息子の顔が出発前のそれとは大きく変わり、まるで別人のようになった。
帰国後に写真を見て本当に驚いてしまった。

環境が人をつくる。それ故に人が育つ地盤の大切さを思い知ったのでした。

















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アムドのお正月 ロサル・ザン!

2011-03-30 01:47:38 | Weblog
2011年2月3日。
中国の春節と同じくチベット・アムドもお正月を迎えます。
私たちも夫の故郷でロサルを迎えようと子供を連れてチベットへ赴きました。

同じチベットでも、ラサはこの約1ヶ月後にロサルを迎えます。同じ民族とはいえ、
とにかく広大な土地にまたがって人々が住んでいるため、言葉も違い、歴まで違うようです。。。

前回(2年前)はチベット情勢が不安定な中、お正月らしさのない寂しいロサルを迎えましたが、今回は例年通りにぎやかで楽しい雰囲気が戻っていました。


チベットの新年1日。
日本のお正月と言えば‘寝正月’。

アムドの新年1月1日は朝は4時頃起床。
こんなに早起きで何をするのか?と言えばただ食べるだけ・・・。

外はまだ暗く、太陽さえ出ていないこの時間。外に出ると村の家々にはオンカと呼ばれる和紙で作った小さな照明が灯されている。中は蝋燭の明かりだ。

日本の行燈を思わせる柔らかな光。
この灯りを大晦日の夜から新年の朝にかけて一晩中灯す。
正月1日だけの出番だと聞いていたけれど、1月15日の満月の夜にも各家々に灯されていた。この明かりを灯す理由は何人かに聞いてみたけれど、知る人はいなかった。
ただ決まり事として受け継がれている伝統の様。


↑オンカを吊り下げる為の支柱。オンカは下から紐を通して左上(黒い小さな点に見えるところ)に吊る。
 灯りの大きさは25cm角ほどのもの。


早起きで眠い目を擦りながら皆の集まる部屋へ行くと、もうすでに大宴会は始まっていてテーブルには隙間なくご馳走やお菓子が並べられていた。




部屋の隅には縁起ものが並べられた神棚?があり、そこには鏡餅そっくりなものが置かれている。餅のように丸められたバターの上にみかん様・・・。
外に灯す行燈といい、こういった飾り物の中にも、たまにうっすらと日本の伝統との共通点を感じるものが多くある。
これがアムドの面白いところだ。


机に載ったご馳走を見渡して、さて何を食べようか・・・。
ご馳走は肉食系で早朝の胃にはハードなものばかりだ。牛や豚のゆで肉、羊の腸、包子
(肉まん)そしてゴレと呼ばれる様々な形をした揚げパン等、朝食には不向きと思うものがズラリと並んでいる。ちなみに豚は自前の豚だ。家人がこの日の為に育ててきたのだ。

人々にとってお正月は大イベントで、普段食べられないものが思いっきり食べられる至福の時期。親戚が集まり、子供たちは新しい服を着て、お小遣いをもらう。
そして外から嫁いできた女性にとっても、年に一度生まれ育った故郷に帰ることができるうれしいお休みがある。

そんな皆のワクワクした高揚感がお正月をより盛り上げているように思う。
毎日食べたいものを食べ、常に欲求を満たす事のできる環境で生きている者には到底味わうことの出来ない感覚だ。



↑久々に集まった家族で包子づくり。


↑今日も明日も明後日もずっと続く包子まつり・・・。



今年夫の実家のあるボラ村では村の広場で‘青空ナンマ’が開かれた。
村の若者が主催して、歌、楽器、舞踏、漫才など村人が我こそはと自分の芸を披露する。小さな子供たちはこの日の為に何日も踊りを練習していた。
遊牧気質の人々を纏め上げるのにかなりの苦労があったはずだ。




澄んだ青空の下、たくさんの村人が期待をもって集まってきた。
心地いいダムニェン弾きの歌、かわいい子供たちの踊り・・村中が笑顔と笑いに満ちている。
チベット人が自ら楽しみを作っていく大切さ、それを分かち合う喜び。
新年1月1日は楽しみに沸いたそんな日だった。



↑遊牧民のお宅でもらったお年玉。


↑お正月にやって来た親戚の子。回族と結婚した親族のお孫さんだそうだ。本当にいい笑顔!
 




 






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Lamdowaホームページのアドレス変更について

2011-01-06 01:09:25 | Weblog
ラムジョワのホームページアドレスが変更になります。

新アドレス: http://www.lamdowa.com/

これを機にデザインや内容の方も徐々に改良してより良いものに作りあげていきたいと思っています。
少し時間はかかると思いますが、これを今年の目標のひとつとしています。

今後ともよろしくお願いします!
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新年のご挨拶

2011-01-06 01:08:00 | Weblog
新年あけましておめでとうございます!


あっという間に時が過ぎ昨年2月に生まれた子供がもうすぐ一歳になろうとしています。

今度の1歳の誕生日はちょうどロサル(チベットのお正月)にあたるので、アムドで過ごす予定にしています。

久しぶりにチベットの田舎を満喫してきます。

私にとって初の子連れ旅。
道中何事もなく(アクシデントがなく)楽しめるといいのですが・・・。

滞在日記は帰国後にUPしたいと思います。


本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

                             2011年01月05日
                          

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色の道 つなげる道 lamdowa展

2010-10-18 14:51:44 | Weblog
チョ・デモ!

ご無沙汰しております。

まだまだ夏の香りが残る最近ですが、秋(冬?)はもうすぐそこに・・・。


ラムジョワから秋のイベントのお知らせです。



   『色の道 つなげる道 lamdowa展』
  
 会期:2010年11月12日(金)〜2010年11月24日(水)

 場所:フェアトレードショップ one village one earth
 
    神戸市中央区下山手通3-4-10 小林ビル2F

    HP→ http://1village1earth.com/


     

文字通り様々な色によって織り成されるチベットのパンデン世界。

その伝統が未来につなげられるよう祈りを込めてテーマにしました。


期間中は商品の販売、現地(チベット・チデショル)写真の展示をします。


また11月13日(土)14:00〜は 『チベットの毛織物生産の現場から見える未来』
というテーマでお話会を予定しています。

パンデン作りの歴史や生産の現場での体験をもとにお話を進めていこうと思います。
お茶を飲みながら参加者の方と交流出来るのを楽しみにしています。

 注:お話会の参加は要予約。 

   参加費:800円(お茶付き) 定員:12名

 *申し込み・問い合わせは one village one earth さんへお願いします。


  

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ラムジョワオリジナルTシャツ 第二弾 完成!

2010-06-13 15:51:41 | Weblog
私のいる東海地方は本日梅雨入りしました。
暑い真夏日から少し休みをもらったようで、今日は心地いい雨降りです。

店主は出産を2月に経て、生まれた子供ももう4ヶ月。
金曜日に生まれたので、夫が‘パサン・ダルジ’と命名しました。

チベット生活が懐かしく思うこのごろ。

日本で生まれた我が子にも、あちらの地を踏ませてやりたい。
お義父さんやお義母さんにも子供の顔を見せてあげたい・・・・。

色々と希望がありますが、しばらくは日本で奮闘することになりました。

________________________________________

私事はさておき、ラムジョワでは去年からチベット文化・民俗をテーマにしたものづくりをしようとTシャツ作りを始めました。


今年は第二弾を制作しました。テーマは‘信仰’です。

ご存知の通り、チベット人と宗教は切っても切れない関係にあります。人々は珠数を片時も離すことなくマ二車を回し、街のいたるところに祈りの風景があります。

チベット人の信仰心は小さな頃からの環境と親による教育から培われたもので、少し盲目ではあるものの、そうした強固な信仰が基盤となり、揺らぐ事のない精神力を持つことに繋がっているのだと思います。

今回はそこから着想しました。



Tシャツの詳細ですが、

上部にチョルテン(仏塔)の図案を配置。

それに続くチベット文字には『雪山や大海原を越える時、人は加持(仏の加護)を求める』
(すなわち困難な状況にある時、人は仏の助けを乞う)という意味合いがあります。

中央には数珠を持ち、合掌する手のイラストを載せて祈りを表現しました。


Tシャツイメージ  へザーグレー(XSのみ)


メンズM,L展開 カラー:ブラック チャコールグレー 2色展開

サイズXSは小柄〜普通体型の女性向きです。カラー:へザーグレー のみ

枚数限定でなくなり次第終了致します。

詳細&購入はこちらから。
       →   http://lamdowa.cart.fc2.com/


追記:第二弾の販売開始につき、第一弾のTシャツを値下げしました!!
   チベットの天葬(鳥葬)をテーマにしたものです。


通常価格3350円 →値下げ後 2300円 になります。
上記のネットショップにて販売中です。

*残りのサイズ・カラー等にばらつきが出てきましたので、なくなり次第終了となります。



他にないチベタンカルチャーに触れられる一枚です。



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チベット 祈りのかたち展

2010-03-19 19:09:50 | Weblog
長かった冬も明け、ようやく春の訪れを感じられる気候になってきました。

今週末から大坂で始まるイベントの告知です。

            

            



           〜 チベット 祈りのかたち vol.2 〜
    
            2010年3月20日(土)〜28日(日)

            場所:大坂府堺市中区深井沢町3134
 
               ぎゃらりぃ ホンダ


27日(土)18:00からは 奈良裕之さん(ガイアシンフォニー第6番出演)のライヴもあります。(要予約)  

ラムジョワも物販で参加させていただきますので、皆様是非お越しください。

イベントのパンフレットは下記でご覧になれます。
                    ↓
         http://www.kuonca.net/inorinokatachi2010.htm



    出店:  チベット密教美術・古美術・・・antique Kuonca

         仏像・法具・天然石アクセサリー・・タシタゲ

         現代天珠アクセサリー・・・ かけら屋
 
         タンカ(チベットの仏画)・・ウゲン ナムゲン

         チベット手工芸・フェアトレード製品・・・ラムジョワ
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