シニア暮らしは風の吹くまま、気の向くまま

年金をもらいつつ、仕事は少し、遊びはたくさんの楽しい
シニア暮らしを目指して、極楽とんぼ的な老後を構築中

デジタル思考には中間というものがない

2017年06月10日 | 日々の風の吹くまま
6月9日(金曜日)。晴れときどき曇り。朝方まで雨もようだったようで、気温は低めだけど、
空気はすっきり、さっぱり。朝のうちはまだ黒っぽい雲が多かったけど、午後には白い綿雲
がぷかぷか。視界いっぱいの空に浮かぶ雲の中にいろんな動物の形や人間の顔が見える
のは想像力があり過ぎるからなのか、単なる空想癖の成せる業なのか、それとも視覚的な
認識がどこかおかしいのか。そのあたりはどうでもいいとして、刻々と形を変えながらゆっく
りと流れて行く雲を眺めていると心が安らぐし、何よりもストレスの解消になっていい。思い
立ったが吉日でがむしゃらに引っ越し大作戦を推し進めてほんっとに良かった。

イギリスの総選挙で保守党が予想外の過半数割れ。あら、先月のBC州議会の総選挙と
同じじゃないの。去年のアメリカの大統領選挙も似たような結果だったな。視覚的に見ると、
どこでもかしこでも人間の思想が「右」と「左」にすぱっと二分されて、互いに歩み寄りを図る
なんてのは無理、ムリ、ぜぇ~ったいにダメ、死んでも嫌っ!という感じで、両極端の調節弁
になれる「中道」は潰れてしまっている。民主主義の歴史の中で、こんな解決不能に近い状
態がどこかの一国だけじゃなくて世界のあちこちに広がった時代があっただろうか。

Missing middleという言葉があって、人間世界のあちこちで「中間」がなくなりつつあるとい
う印象だけど、中庸がないと言うのは人類の将来にとっては由々しきことだと思う。21世紀
になって中流階級そのものが衰退したからかなとも思うけど、ちょっと考えているうちにいか
にもデジタルな思考だなあという気もして来る。デジタルは「1」か「0」でその中間がないか
ら、「もしかしたら」的な思考ができないのかもしれないな。たとえば、クリントン支持だった
からトランプは「not my President」。自分には関係ねぇよってことで、賑やかに抗議パレー
ドをするも良し、攻撃するも良し。どうも人間世界で多様性の認容度が強まれば強まるほど、
「自分(だけ)は(特)別」になりたい人たちが増えているようで、特に認容を要求して来た側
に多いという感じがする。

未だに書きかけの芝居脚本で「老人」がスマホで見る世の中の現状に苛立つ「若者」に言う
ように、「迫害されていた者が迫害者になり、差別されていた者が差別者になる。人間の歴
史は振り子のようなものさ」。うん、退屈な仕事をさっさと終わらせて、「永遠の劇作家志望」
のワタシに戻ろうっと。
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