プレステージ(THE PRESTIGE)
http://prestige.gyao.jp/
≪ストーリー≫
19世紀末のロンドン。若き奇術師アンジャーとボーデンは、
中堅どころの奇術師ミルトンの元で修行をしていた。
しかしある日、アンジャーの妻で助手のジュリアが水中脱出に失敗し死亡。
事故の原因はボーデンの結んだロープが外れなかったことだった。
これを機にアンジャーはボーデンを憎み、
またボーデンもアンジャーの妨害に妨害で逆襲する血なまぐさい争いを繰り返すことになる…
特に知識を入れずに鑑賞したので愛憎交わる切磋琢磨奇術合戦かと思いきや
全体がどんでん返しの作りになっていて自分は楽しめた。
人によっては「それがありならなんでもあり」なんじゃないか?と怒る人もいるとは思うが一応伏線は張ってありご都合主義や投げっぱなしの映画ではないので作りはしっかりしている。
時間軸の挿入が多いので混乱しやすいのが意図的だが甘いかも。
ネタバレ混じる感想は下に
・
・
・
・
・
映画の最初にも語られていましたが、
一流のマジックは、3つのパートからなる。
1.プレッジ=タネも仕掛けもないことの観客への確認。
2.ターン=その仕掛けのない道具で、期待に背かないパフォーマンスを見せる。
3.しかし、それだけでは観客は満足しない。
最後にもう一段、予想を超えた驚きを提供して完成。
これを『プレステージ=偉業』と言う
これは手品に限らずエンタメ演出の基本だと思う。
どこぞのSF映画の空に吹っ飛ばされた人の殆どが帰ってこないのは「3」が足りないって事で満足感が低いわけである。
この映画では失せもの系の手品に例えられていて
1.品物自体にタネが無い事を観客に確認させる
2.その品物を消す
3.そして消した品物を観客に再度出してみて初めて「プレステージ」になる。
その言葉のとおり伏線はある種の反則ではあるがちゃんと張られていて
ラストにも駄目押しで見せてくれる。
アンジャーとボーデンのお互いの持ちネタ潰しの仁義無き戦いとお互いの心の歪みの理由が最後に明かされる。
SFを持ち出せばなんでもできるよ、といってはいけない。
科学と奇術は歴史的にも密接に関係しているし映画は「これはSFでない」とは言っていない。
SFだと思わせない演出自体が奇術でいうところの『間違い誘導』ミスデレクションなのである。
奇術のタネをみて楽しむ映画ではないので素直に騙されてストーリーが楽しめればよい。
奇術のタネ自体も19世紀末という時代背景のおかげで今ではそれなりによく知られている手品のタネが多くシンプルなものを謎に見せる演出の部分を強調するのに上手く機能していたと思う。
その時代の実在の人物ニコラ・テスラを配置していて超科学っぽさを出した部分は見事だと思う。
読心装置やエネルギー破壊兵器を製作しようとしていたニコラ・テスラ以外ではあの発明品に説得力は持たせられなかったと思う。
観終わった後に鑑賞者に多少は謎が残ると思う。
アンジャーの妻、ジュリアの縄を縛ったのはボーデンの片割れか?
ジュリアの葬式に立ち会い、縄の結び目が「分らなかった」と答えたのだから最初から時々入れ替わっていたのではないかと考えられた。
指を切り落としてなお手袋で隠していたのはノミで落とした傷口と銃の手当てでできた傷口と違う為だとおもうが指まで切り落とし移動奇術に協力したのはジュリアを殺した男の負い目だったのか?
二人一役で人生を共有していた為どちらも当人という言い方もできるが…
と、勘違いしている人は少ないとは思うが一応
-否- その考えもミスデレクションだと自分は思う。
移動術を考え付いたのは時間軸的にボーデンが二人になったから。
タネが先にあってトリックが後からできた。
その証拠にボーデンがアンジャー渡したキーワードは「テスラ」だった。
彼もテスラの機械によって同一人物が二人になった。
その秘密にボーデンの妻は耐えられなかったのかもしれない。
子供がなつく理由もキーワードを引き換えに替え玉の命を救った理由も奇術の為に指を切り落とすこともいとわない理由も納得できる。
そしてアンジャーはオリジナルだったのか?
ボーデンが射殺したアンジャーは増えた方ではなかったのか?
そもそもアンジャーが最初の実験で殺したアンジャーはコピーだったのか?
興行時に毎回死んでいったアンジャーはコピーがコピーを殺していたのではないのか?
コピーではなくボーデンと同じどちらも自分。
この物語は自分を受け入れた男と自分を殺し続けた男の明暗の物語。
小ネタとしては
映画序盤のチャン・リン・スーの名前が懐かしかった
中国人扮装の手品師だが実は白人で「弾丸受け止め術」で死亡したマジシャンの中で一番有名な人物。
昔、子供向けの手品の本の歴史の項目で、その不幸な事故の死に方でハリー・フーディーニ等と並んで名前があったのを憶えている。
ニコラ・テスラは『コーヒー&シガレット』の感想でも少しふれましたが
エジソンを生涯憎んだ交流電気の産みの親でもあり
パルプマガジンのマッドサイエンティストのイメージの元でもある。
ニコラ・テスラの死後にアメリカ政府(FBI)が彼の発明品や設計図を持ち出したとの半伝説もある
(全てではないが持ち出されたのは事実らしい)
序盤、キャラクターの顔と名前が一致するのに時間がかかり、時間の推移が多少分りにくかったが自分は非常に楽しんだ映画だった。
http://prestige.gyao.jp/
≪ストーリー≫
19世紀末のロンドン。若き奇術師アンジャーとボーデンは、
中堅どころの奇術師ミルトンの元で修行をしていた。
しかしある日、アンジャーの妻で助手のジュリアが水中脱出に失敗し死亡。
事故の原因はボーデンの結んだロープが外れなかったことだった。
これを機にアンジャーはボーデンを憎み、
またボーデンもアンジャーの妨害に妨害で逆襲する血なまぐさい争いを繰り返すことになる…
特に知識を入れずに鑑賞したので愛憎交わる切磋琢磨奇術合戦かと思いきや
全体がどんでん返しの作りになっていて自分は楽しめた。
人によっては「それがありならなんでもあり」なんじゃないか?と怒る人もいるとは思うが一応伏線は張ってありご都合主義や投げっぱなしの映画ではないので作りはしっかりしている。
時間軸の挿入が多いので混乱しやすいのが意図的だが甘いかも。
ネタバレ混じる感想は下に
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映画の最初にも語られていましたが、
一流のマジックは、3つのパートからなる。
1.プレッジ=タネも仕掛けもないことの観客への確認。
2.ターン=その仕掛けのない道具で、期待に背かないパフォーマンスを見せる。
3.しかし、それだけでは観客は満足しない。
最後にもう一段、予想を超えた驚きを提供して完成。
これを『プレステージ=偉業』と言う
これは手品に限らずエンタメ演出の基本だと思う。
どこぞのSF映画の空に吹っ飛ばされた人の殆どが帰ってこないのは「3」が足りないって事で満足感が低いわけである。
この映画では失せもの系の手品に例えられていて
1.品物自体にタネが無い事を観客に確認させる
2.その品物を消す
3.そして消した品物を観客に再度出してみて初めて「プレステージ」になる。
その言葉のとおり伏線はある種の反則ではあるがちゃんと張られていて
ラストにも駄目押しで見せてくれる。
アンジャーとボーデンのお互いの持ちネタ潰しの仁義無き戦いとお互いの心の歪みの理由が最後に明かされる。
SFを持ち出せばなんでもできるよ、といってはいけない。
科学と奇術は歴史的にも密接に関係しているし映画は「これはSFでない」とは言っていない。
SFだと思わせない演出自体が奇術でいうところの『間違い誘導』ミスデレクションなのである。
奇術のタネをみて楽しむ映画ではないので素直に騙されてストーリーが楽しめればよい。
奇術のタネ自体も19世紀末という時代背景のおかげで今ではそれなりによく知られている手品のタネが多くシンプルなものを謎に見せる演出の部分を強調するのに上手く機能していたと思う。
その時代の実在の人物ニコラ・テスラを配置していて超科学っぽさを出した部分は見事だと思う。
読心装置やエネルギー破壊兵器を製作しようとしていたニコラ・テスラ以外ではあの発明品に説得力は持たせられなかったと思う。
観終わった後に鑑賞者に多少は謎が残ると思う。
アンジャーの妻、ジュリアの縄を縛ったのはボーデンの片割れか?
ジュリアの葬式に立ち会い、縄の結び目が「分らなかった」と答えたのだから最初から時々入れ替わっていたのではないかと考えられた。
指を切り落としてなお手袋で隠していたのはノミで落とした傷口と銃の手当てでできた傷口と違う為だとおもうが指まで切り落とし移動奇術に協力したのはジュリアを殺した男の負い目だったのか?
二人一役で人生を共有していた為どちらも当人という言い方もできるが…
と、勘違いしている人は少ないとは思うが一応
-否- その考えもミスデレクションだと自分は思う。
移動術を考え付いたのは時間軸的にボーデンが二人になったから。
タネが先にあってトリックが後からできた。
その証拠にボーデンがアンジャー渡したキーワードは「テスラ」だった。
彼もテスラの機械によって同一人物が二人になった。
その秘密にボーデンの妻は耐えられなかったのかもしれない。
子供がなつく理由もキーワードを引き換えに替え玉の命を救った理由も奇術の為に指を切り落とすこともいとわない理由も納得できる。
そしてアンジャーはオリジナルだったのか?
ボーデンが射殺したアンジャーは増えた方ではなかったのか?
そもそもアンジャーが最初の実験で殺したアンジャーはコピーだったのか?
興行時に毎回死んでいったアンジャーはコピーがコピーを殺していたのではないのか?
コピーではなくボーデンと同じどちらも自分。
この物語は自分を受け入れた男と自分を殺し続けた男の明暗の物語。
小ネタとしては
映画序盤のチャン・リン・スーの名前が懐かしかった
中国人扮装の手品師だが実は白人で「弾丸受け止め術」で死亡したマジシャンの中で一番有名な人物。
昔、子供向けの手品の本の歴史の項目で、その不幸な事故の死に方でハリー・フーディーニ等と並んで名前があったのを憶えている。
ニコラ・テスラは『コーヒー&シガレット』の感想でも少しふれましたが
エジソンを生涯憎んだ交流電気の産みの親でもあり
パルプマガジンのマッドサイエンティストのイメージの元でもある。
ニコラ・テスラの死後にアメリカ政府(FBI)が彼の発明品や設計図を持ち出したとの半伝説もある
(全てではないが持ち出されたのは事実らしい)
序盤、キャラクターの顔と名前が一致するのに時間がかかり、時間の推移が多少分りにくかったが自分は非常に楽しんだ映画だった。










いろいろ伏線が張ってあったので、確認のために2回観てしまいました。(笑)
アンジャーのタネは反則と言う人もいますが、私的にはOKでした。原作も読んでみたいです。