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David Alfaro Siqueiros : Painting

2009-04-26 12:40:50 | Artist紹介(1)

トロツキーはメキシコのコヨアカンに隠れスターリン伝を書いていた。暗殺のためメキシコに乗り込んだのは、ソヴィエト高級幹部レオニード・エイチンゴン。(エイチンゴンは張作霖事件にも関わったと言われている)エイチンゴンの指令によりメキシコ共産党グループが襲撃を実行した。20人ほどのグループのリーダーがこのダビド・アルファロ・シケイロス。全員軍隊と警察の制服を着て、ピストル、機関銃、手榴弾を持って4台の車でトロツキーの家に乗りつけ、トロツキーと妻ナタ-リアのいる寝室に押し入り、数分間にわたって一斉射撃をし、爆弾を投げ、引き上げていった。にもかかわらず暗殺は未遂に終わる。1940年8月20日、エイチンゴンの脅迫的指令により、アイスピックでトロツキーを暗殺したのは、ラモン・メルカデルという美青年だった。(昔たしかアラン・ドロンがメルカデルを演じたトロツキー暗殺の映画見たのを思い出した
なを、トロツキーはディエゴ・リヴェラ夫人のフリーダ・カーロと一時恋愛関係にあったと言われている。当時メキシコでは、革命家、芸術家とスパイ行為、裏切り、暗殺はどうも同じ皿の上にあったようだ。
参照 : トロツキー暗殺 海野弘著「スパイの世界史」(文藝春秋社刊P.156~159)

追記:2009年4月26日
上記のトロツキー暗殺未遂事件の詳細、その後の取り調べ、及び事件のマスコミ報道に関してトロツキー自身が書き残した文章を見つけた。
Leon Trotsky :Stalin Seeks My Death
文章の最後にさらなる暗殺を予知しているが、実際これを書いた3ヵ月後に殺害された。文章の中でメキシコ人のS,チェコ人のBをしきりにかばっているが、信頼の置ける極めて限られた取り巻きの中に、このとき既に暗殺者は忍び込んでいた。

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