ゆるく楽しくボチボチと。全部オッケー!それでいいのだ。

楽しんでナンボ!楽しかったらオッケー!楽しいのが一番!!って改めて気づいた私の人生いろいろ話です

誰かの大切な人うやとおもうと、気持ちが緩むのだ

2017-03-13 02:28:50 | 想うこと、思ったこと、感じたこと
人間関係って難しい。

人はその人それぞれに思いや考えがあるから。
自分がいい関係を築きたいと思っていても、相手は何かしら受け入れられないと思うことがあったり、気に入らないと思ってたり、、、すると、いい関係を築けなくて悲しかったりモヤモヤしたり。

悲しかったり悩んだりすることもあるけど、それはもう仕方がないのだと思うことが多くなった。

相手には相手の感情や思いがあるから。
相手は自分じゃないから。
相手は私が変えることはできないから。



で、たまに「なんでこんな言い方するんやろ?」「目の敵みたいにしてくるんやろ?」「なんで??????」って、人に対して思うことがある。
そう言う人に嫌やなぁと思うことがある。腹が立つこともある(腹が立つのは、なんでそんなこと言われないとあかんのやろ?なんでそんな言い方されなあかんのやろ?なんでそんな態度するんやろ?って悲しくなるから)

そやけど、そんな時はこんな風に思うようになったのだ。

「この人も誰かの大切な人なんやな」

って。




父親が先日珍しく聞いてきた。
「仕事は順調か?」
って。

あまりそう言うことを言わない人なのだ。
そやけどその二ヶ月ほど前に飲んでる時にちょっと仕事の話をした。
きっと心配してくれてたんやと思う。

以前も書いたけど、家族と10年疎遠な時期があった。私のことはとっくにどうでもいいと思ってるやろうと思ってた。私も天涯孤独でいいと思ってた。

でも、再会した時に、両親はずっと想っていてくれてたんやと分かった。10年もの間ずっと心配してくれてたんやと分かった。
ものすごい親不孝をしていたと気づいた。

それと同時に、どれほど愛されていたのか知った。

6月がきたら再会して3年。
この間も色んなことがあったけど、やっぱり愛されているんだと思う。そう実感することがよくある。

私が子供やった頃、疎遠になったあの頃、親もまだまだ若かったし、生活で必死で自分の目の前しか見えない未熟な時期やったんやと、今はわかる。決して愛されてなかったわけじゃなくて、親も日々必死やったんやな。

今は歳もとってスローライフになって、じっくりと自分の想いも見つめるようになったんやろうなぁ、必死じゃなくゆっくりと全てに向き合えるんやろうなぁって感じる。

そんな両親と接していると、何かの拍子に(?)大切に想われているなぁって事を感じるのです。
ありがたいししあわせなことやなぁって嬉しくなるのです╰(*´︶`*)╯


で、そう感じると思うのだ。

全ての人に大切に思ってくれてる誰かがおるんやなぁって。




この人も誰かの大切な人なんやな


って思うと、なんかフッと気持ちが緩む。気持ちが緩んで、その人を許せるのだ。

とは言っても、未熟者の私。
関わりたくない人とは関わりたく無いのは変わりません(๑>◡<๑)


あなたは誰の大切な人ですか?╰(*´︶`*)╯♡

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