甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けるといいんですけど……。

写真や昔の切り抜きなどを発掘していきますね。

米沢街道・関川町、渡邉家

2017年08月10日 23時18分45秒 | きたぐにへ行く
 もう一週間くらい前の話です。駆け抜けた新潟県では、弥彦神社(越後の国一の宮)と米沢に向かう街道が国道になった道を走っていて、たまたま温泉に入った関川町の道の駅。

 弥彦神社はもう少し調べなくちゃいけないし、米沢の街道も調べないといけません。

 私が司馬遼太郎さんみたいに、みんなで旅行していると、次から次と質問をして、同行する画伯さんのスケッチを眺めたり、自分の知っていること・調べたことをみんなに話して見せたりするんですけど、残念ながら私は司馬遼太郎さんみたいに旅する仲間もいない。

 ただ1人でクルマを運転している三重ナンバーの私は、時々止まって写真を撮るしかありませんでした。

 関川町の道の駅では、渡邉家というお屋敷が公開されているということでした。



 つい最近、公開用にリフレッシュオープンしたばかりのようでした。



 敷地も広いのだけれど、そこには蔵がたくさん建てられていて、一部は公開されている。公開されていない蔵には何が入っているのか、もう見当も付きません。きっといろいろなお宝があるのだと思われます。

 でも、こうして公開しているということは、公共財として町や県などに保持してもらっている。個人のおうちがすべてを私有するのではないようです。それはもう、何年も未来永劫私物化するというのも変な話だし、こうしたお屋敷を維持していくのであれば、公有化してもらうしか道はないようです。



 お金持ちなのに、屋根は瓦ではなくて、石が並べられている。たぶんどこかで説明をしてもらったのだと思うけれど、お金がなくてこういうふうにしているわけではないようです。



 お座敷から望むお庭は、お寺のような立派さで、これだけでもとても個人で維持することはできないという気がします。もう、みんなのものにしてもらって、かつてこんな庭を持ち、屋敷を構え、地域のあちらこちらからこのおうちの旦那様にお伺いに来たり、泊めさせてもらったりするような、そういうこともあったようです。専用の宿泊所みたいなのもあるようでした。



 庭にはたくさんのユリが咲き乱れ、蔵を取り囲んでいる。



 芙蓉の花だって、とても立派でした。



 このお屋敷を管理する職員の方々に芙蓉の花は利用されていて、署名録前の机にも飾られていた。

 もうそこにいるだけで、きたぐにの大きなお屋敷にいた人々の暮らしが感じられる、豊かな空間でした。それは今はみんなに公開されていて、私みたいな者でも見せてもらえる。

 できれば、蔵の1つでも借りて、そこで暮らすことができればいいけれど、私は新潟県にはあまり生活の根拠も方法もないので、ただ見せてもらうだけです。

 まあ、当たり前だな。



 すぐ近くに、立派なお屋敷はいくつか残っているようでした。でも、まだそこには生活しておられるようで、公開されていなかった。いずれは、町に寄付するか、本人たちが立て直したいと考えるでしょうけど、屋根を見ただけで、何だかとても立派でした。

 本当は、もっと街道沿いのおうちをあれこれ見てみたかったんですが、ここでプチッとカメラが壊れて、あわてた私は、街道見学もできなくなるのでした。

ジャンル:
住宅
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