
平城京遷都、710年に完了したのでした。
それが、来年2010年から数えて1300年前の出来事でした。
「あをによし
奈良の都は 咲く花のにおうがごとく
今盛りなり」
美しい都、平城京
ところが、720年、藤原不比等が亡くなると、「長屋王の変」が起こります。
藤原不比等の死後、息子である藤原四兄弟が政治の主権をとります。
天皇の後継ぎ問題で、長屋王と対立。
結果、長屋王の一族もろとも滅亡に追いやります。
しかし、長屋王のタタリか、天然痘が流行します。
藤原四兄弟をはじめ、聖武天皇を支えていた大勢の高級官僚たちが倒れてゆきます。
藤原氏は一時衰退の様相をみせます。
しかし・・・
不満を抱いたのが藤原四兄弟の一人、藤原広嗣(ひろつぐ)。
地位を落とされ、批判するが、九州は大宰府に左遷されます。
そこで、乱をおこします。
740年(天平12年)。「藤原広嗣の乱」です。
母、そして皇后と藤原の血をひく聖武天皇のとって、同族である広嗣の反乱は、衝撃であったのです。
乱は鎮圧され、広嗣は逃亡の末、捕縛、斬首となったのでした。
・・・ようやく授かった子を失い、
長屋王の変、
天然痘の流行、そして、
政治の主導者を失い、
同族の反乱、
飢饉・・・
都は、タタリか、長屋王の呪いかと、噂でもちきりになります。
暗い時代がつづきます。
ある日、聖武天皇は、平城京を離れ、伊勢行幸へ出かけました。
>つづきは、こちら。
それが、来年2010年から数えて1300年前の出来事でした。
「あをによし
奈良の都は 咲く花のにおうがごとく
今盛りなり」
美しい都、平城京
ところが、720年、藤原不比等が亡くなると、「長屋王の変」が起こります。
藤原不比等の死後、息子である藤原四兄弟が政治の主権をとります。
天皇の後継ぎ問題で、長屋王と対立。
結果、長屋王の一族もろとも滅亡に追いやります。
しかし、長屋王のタタリか、天然痘が流行します。
藤原四兄弟をはじめ、聖武天皇を支えていた大勢の高級官僚たちが倒れてゆきます。
藤原氏は一時衰退の様相をみせます。
しかし・・・
不満を抱いたのが藤原四兄弟の一人、藤原広嗣(ひろつぐ)。
地位を落とされ、批判するが、九州は大宰府に左遷されます。
そこで、乱をおこします。
740年(天平12年)。「藤原広嗣の乱」です。
母、そして皇后と藤原の血をひく聖武天皇のとって、同族である広嗣の反乱は、衝撃であったのです。
乱は鎮圧され、広嗣は逃亡の末、捕縛、斬首となったのでした。
・・・ようやく授かった子を失い、
長屋王の変、
天然痘の流行、そして、
政治の主導者を失い、
同族の反乱、
飢饉・・・
都は、タタリか、長屋王の呪いかと、噂でもちきりになります。
暗い時代がつづきます。
ある日、聖武天皇は、平城京を離れ、伊勢行幸へ出かけました。
>つづきは、こちら。










