伊真田孝司の自由研究室(出張所)

私・伊真田孝司のふとした疑問を「なんでだろう情報」として提供するダイジェストブログです。

ガンダムを超える奇跡!大仏開眼!―5―

2009年11月25日 | Weblog
鎮護国家思想の推進。
聖武天皇は、社会不安に対し、神頼みの政策を試みたのでした。
741年、国ごとに、国分寺を設ける。
743年、大仏造立の詔。
全国の地方有力者をはじめ、行基と
民の力をかりての大仏造立です。

当時、仏教は、国の管轄下にありました。
しかし国家に統制されていては、本来の仏教の理想である「民衆の救済」が成しえないというので、独自の行動をとる僧が現れるようになっていました。
この代表格が、行基でした。
このような行基のような僧の行いは、国家反逆、いわゆる邪法と等しく、弾圧されていました。

「大仏造立」という目的に、聖武天皇自らが、行基を説得し、ここに和解をしたのでした。
仏教に深い信仰をしていた光明皇后 。
この鎮護国家思想には、皇后が多大に影響していたといわれております。

大仏(盧舎那仏坐像)、聖武天皇が目指したのは、座った姿で16メートル(現在は15メートル)でした。
ガンダムが立ち上がった姿で18メートル。
16メートルの大仏が立ち上がったら、32メートルに及ぶといわれています。

>つづきは、こちら
ジャンル:
奈良県
コメント (0) |  トラックバック (0) |  この記事についてブログを書く
Messenger この記事をはてなブックマークに追加 mixiチェック シェア
« 行基登場。世界初... | トップ | 奈良県が消えた時... »

コメント

コメントはありません。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
※文字化け等の原因になりますので、顔文字の利用はお控えください。
下記数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。この数字を読み取っていただくことで自動化されたプログラムによる投稿でないことを確認させていただいております。
数字4桁

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL

あわせて読む