
742年、紫香楽宮にいたときのことでした。
聖武天皇がとった策、それが、大仏の建立でした。
「大仏建立の詔」をだされたのでした。
暗澹たる世相に光をもたらす。
ネガティブダウンな空気を一掃する超・ポジティブアップなイベントを思い立ったわけですね。
それが、大仏建立。
仏教の信仰によるカリスマ、遠い唐の国では、塔より高い大きな仏像があり、それが人々を見守っている。
それが、心の弱い人たちの励みとなり、また信仰を厚くしているのでした。
それは、お台場の等身大ガンダム、神戸の鉄人28号を超える効果があると思われたのでしょう。
それもただの大仏ではない。
全身に金をあしらい、世の中に希望の光を放つ、それこそ、世界初の大仏グッド!を目指していました。
745年。ようやく、平城京へ戻ってきます。
財政ではかなわぬのなら、豪族、そして民間の力を集めようと思いました。
それが「鎮護国家思想」。
つまり、国家事業として、全国から寄付を集め、様々な人々が関わり行われることを呼びかけられたのですね。
この国家イベントにかかせない人物がいます。
民間から厚く慕われていた僧がいました。
在野の僧・行基でした。
>つづきは、こちら。
聖武天皇がとった策、それが、大仏の建立でした。
「大仏建立の詔」をだされたのでした。
暗澹たる世相に光をもたらす。
ネガティブダウンな空気を一掃する超・ポジティブアップなイベントを思い立ったわけですね。
それが、大仏建立。
仏教の信仰によるカリスマ、遠い唐の国では、塔より高い大きな仏像があり、それが人々を見守っている。
それが、心の弱い人たちの励みとなり、また信仰を厚くしているのでした。
それは、お台場の等身大ガンダム、神戸の鉄人28号を超える効果があると思われたのでしょう。
それもただの大仏ではない。
全身に金をあしらい、世の中に希望の光を放つ、それこそ、世界初の大仏グッド!を目指していました。
745年。ようやく、平城京へ戻ってきます。
財政ではかなわぬのなら、豪族、そして民間の力を集めようと思いました。
それが「鎮護国家思想」。
つまり、国家事業として、全国から寄付を集め、様々な人々が関わり行われることを呼びかけられたのですね。
この国家イベントにかかせない人物がいます。
民間から厚く慕われていた僧がいました。
在野の僧・行基でした。
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