2012年2月2日・王寺アスベスト裁判・控訴審が結審
昨年9月21日の第1回控訴審弁論が開かれてから、弁論準備を経て、口頭弁論が2012年2月2日(木)午後2時から大阪高裁82号法廷で開かれ、書面の確認などがあって結審しました。
裁判長は、ニチアスに対し「文書訂正は必要ないので却下する。弁論準備で聞いている。どういう意味で必要性がないかは判決で示す」と説明したあと「4月19日(木)午後1時15分に判決言い渡し」と知らされました。
その前に、原告が当日提出の書面を、ニチアスが受け取らないと駄々をこねた場面もあり、裁判官から促されて結局受け取りましたが、ニチアスは相当追い詰められていると感じました。
閉廷後、同階の待合室で報告会がありました。
A弁護士は「弁論準備手続きでは、裁判官がホワイトボードに書いたりして熱心だった。日通から『日通元社員(上司・同僚)を証人として聴いて欲しい』と言われたが、裁判官は『一審の証拠で判断する』として却下した。ニチアスは『(日通社員が)王寺工場(内)に居る訳はない』と主張。ニチアスが提出した1970年の粉塵測定データーの濃度は少ないが、発癌は低い基準で起こることが1960年国際会議でも報告されている(車谷先生)。ニチアスの提出証拠は『環境改善委員会の記録』であり、少量でも癌を心配して環境改善を行おうとし、少量での発がん性は認識していたのではないか」
B弁護士は「ニチアス弁護士が本日提出した反論再確認のための原告書面を受け取らないと言ったのは、弁論準備で『従業員陳述書の方が正しい事実だ』と言い張ったことに対し、『反対尋問がないから証拠性がない』却下されたことの腹いせで、代理人弁護士のニチアスに対するパーフォーマンスだろう」
C弁護士は「悪い結果が出る可能性は低い。良い判決が出ますようにと願っている」
原告(妹さん)は、「(証拠に)なかなかバシッとしたものがなかったので、弁護団にご苦労をおかけしました。今日は極寒の日、7年前の2月に父が死去しましたが、父は寒いのが嫌いでした。判決を聴きに来ていただけたらと思います」
原告(姉さん)は、「長かったです。被告書面を読むたびに傷付きます。反論していただいた弁護団に、傍聴に足を運んで来て下さった方々に、感謝しています」
判決は4月19日(木)午後1時15分、大阪高裁82号法廷で言い渡されます。
昨年9月21日の第1回控訴審弁論が開かれてから、弁論準備を経て、口頭弁論が2012年2月2日(木)午後2時から大阪高裁82号法廷で開かれ、書面の確認などがあって結審しました。
裁判長は、ニチアスに対し「文書訂正は必要ないので却下する。弁論準備で聞いている。どういう意味で必要性がないかは判決で示す」と説明したあと「4月19日(木)午後1時15分に判決言い渡し」と知らされました。
その前に、原告が当日提出の書面を、ニチアスが受け取らないと駄々をこねた場面もあり、裁判官から促されて結局受け取りましたが、ニチアスは相当追い詰められていると感じました。
閉廷後、同階の待合室で報告会がありました。
A弁護士は「弁論準備手続きでは、裁判官がホワイトボードに書いたりして熱心だった。日通から『日通元社員(上司・同僚)を証人として聴いて欲しい』と言われたが、裁判官は『一審の証拠で判断する』として却下した。ニチアスは『(日通社員が)王寺工場(内)に居る訳はない』と主張。ニチアスが提出した1970年の粉塵測定データーの濃度は少ないが、発癌は低い基準で起こることが1960年国際会議でも報告されている(車谷先生)。ニチアスの提出証拠は『環境改善委員会の記録』であり、少量でも癌を心配して環境改善を行おうとし、少量での発がん性は認識していたのではないか」
B弁護士は「ニチアス弁護士が本日提出した反論再確認のための原告書面を受け取らないと言ったのは、弁論準備で『従業員陳述書の方が正しい事実だ』と言い張ったことに対し、『反対尋問がないから証拠性がない』却下されたことの腹いせで、代理人弁護士のニチアスに対するパーフォーマンスだろう」
C弁護士は「悪い結果が出る可能性は低い。良い判決が出ますようにと願っている」
原告(妹さん)は、「(証拠に)なかなかバシッとしたものがなかったので、弁護団にご苦労をおかけしました。今日は極寒の日、7年前の2月に父が死去しましたが、父は寒いのが嫌いでした。判決を聴きに来ていただけたらと思います」
原告(姉さん)は、「長かったです。被告書面を読むたびに傷付きます。反論していただいた弁護団に、傍聴に足を運んで来て下さった方々に、感謝しています」
判決は4月19日(木)午後1時15分、大阪高裁82号法廷で言い渡されます。










