陶工房らぼ便り from旭川 Welcome to my pottery studio!

水~土;主に陶芸関係。日~火;My趣味や興味・関心事、日々の出来事、スペイン・ポルトガル一人旅(隔週)などをUP中です。

(74) スペイン 「オビエド編」(3/4)~カテドラルとアルフォンス2世広場  5/28

2017年05月15日 | スペイン・ポルトガル一人旅

 「カテドラル(サン・サルバドール教会)」の見える「アルフォンス2世広場」に来ました。
この日は、なぜかカテドラルの内部を見ることができせんでした。
何人かの巡礼の旅の人たちも残念そうです。 


 「アルフォンス2世広場」の向こうにカテドラルが見えます。


 アルフォンス2世広場は、結構広い広場です。 

カテドラルとその周辺


 木彫のレリーフは手の込んだすばらしいものです。

 

 

 


 このカップル、どんな想いや願いをもって旅を続けているのかな?ーと。

 

 


 カテドラルの後ろから見た光景です。


 「サンチャゴの道」と書いてある標識です。矢印の方に行き先がー。


 お土産屋さんの店頭でー。


 横から見たカテドラルで、窓にはステンドグラスで飾られているようです。


 同じグループのようです。ガッチリ雨支度をしています。

 

 


 最後にもう一度カテドラルを見てー。

ミニ歴史  アストゥリアス地方とレコンキスタ

 711年、ゲルマン王国の西ゴート(415-711、キリスト教国家)がアラブ帝国・ウマイヤ朝
(661-750)に征服されて以降、イベリア半島はイスラム勢力の支配下に入りました。 

西ゴート王国滅亡後、生き延びた西ゴートの王族ペラヨは、一部のキリスト教徒と
アストゥリアス地方へ逃げ込み、そこでペラヨを初代君主とするアストゥリアス
王国(718-914)を建国しました。 722年、アストゥリアス王国の伝説的な王ペラーヨが
アストゥリアスを奪回し、カンガス・デ・オニスにキリスト教徒の拠点を確保しました。
これがスペイン国内の最初のレコンキスタです。 


イスラーム勢力の後退(914年1492年

 ガリシア地方など隣接地域を領域に収めたアストゥリアス王国は、その後領域を南へ
拡大していきましたが、イスラム勢力の侵攻が相次いだため、ペラヨ王は地元勢力と
結束して、苦心の末これを撃退しました。こうして、イベリア半島はキリスト教徒
が守り、キリスト教の聖域として回復させるため、イスラム教徒を駆逐して
同半島を再征服することを決意した運動=レコンキスタが始まりました。
レコンキスタが始まったのが718年、最後にコルドバが陥落したのは
1492年ですから、774年の歴史がー。 

このように、オビエドはキリスト教徒に長期間征服されなかったので、アラブ建築
はなく、
キリスト教文化を中心とした建物が現存するということがわかります。 

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