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本物を見極める目… 「いい物・偉い人に触れる」 古美術鑑定家・中島誠之助さん

2016年12月20日 22時30分46秒 | 市場動向チェックメモ
http://style.nikkei.com/article/DGXMZO98501860W6A310C1NNP000?channel=DF280120166618&style=1

本物を見極める目… 「いい物・偉い人に触れる」
古美術鑑定家・中島誠之助さん
 
シェアツイートクリップ2016/3/22 日本経済新聞 夕刊

なかじま・せいのすけ 1938年東京生まれ。古美術鑑定家。戸栗美術館理事。94年放送開始の「開運!なんでも鑑定団」(テレビ東京系)で東洋古陶磁器の魅力を分かりやすく伝える。著書に「ニセモノ師たち」「やきもの百科」「天下の茶道具・中島の眼」「真贋のカチマケ」など多数。(写真、三浦秀行)
 心がけているのは「絹着て、ボロ着て、木綿着ず」

 古美術鑑定家の中島誠之助さんはレギュラー出演しているテレビ番組「開運!なんでも鑑定団」で、視聴者から持ち込まれる「お宝」が本物かどうか、毎回明快に判定してのける。名品には「いい仕事してますねえ」とうなり、ニセモノのときも「大事になさってください」と収集家に温かい言葉をかける。この本物を見極める目はどうやって養われるのか。

 「物を見るというのは生まれながらの能力もあるが、あとはいい物を見ることが大事。展覧会でも秘蔵品でも見るチャンスがあったら労を惜しまずに行くってことなんです。そして常に見てないとね。私はいまだによく見に行きます。この頃はいい展覧会が多いから忙しいねえ。美術品は仕事だから当然ですけども、建築物でも景色でも、もっというと、いい音楽を聴き、いい本を読み、常に最高の水準に接して感性を高めておくことが一番の基礎になるんです」

 「それからなるべく雑な物は身につけない。私が大事にしている言葉で『絹着て、ボロ着て、木綿着ず』というのがある。ゆとりのあるときは絹服を着るけれども普段はぼろでいいわけだよ。木綿が悪いわけではなくて、中途半端な暮らしをするなってこと。メリハリのきいた暮らしをして自分を高度に保っていると見る目が違ってくる」

 「私はおじさん(父の兄で古美術商を営んでいた)のところで養われ、いい物だけを見せられて育った。何も高い物ってことじゃありませんよ。たとえば手洗いに置いてある花一輪でもすっきりしている。そういう、こざっぱりした物だけを見ていて世の中にニセモノがあることも知らないで成人した。だから古美術市場で、あれは何であんなに安いんでしょうかとおじに聞いたら物が悪いんだよって言われ、プロの世界にはニセモノがあるのかと驚いた。そのくらい純粋培養されていて悪い物が体に入っていないんです」

 「大切だと思うのは世間に名を博した人、偉い人とはなるべく謦咳(けいがい)に接しておくこと。幸い青年時代にいろんな方と接する機会があった。例えば立憲政友会の大物の松野鶴平さんとか重光葵さん。ほかに小林秀雄さんとか、濱田庄司さんとか数限りない。私のために会ってくださったのでなくて端で聞いていただけでも大きな資産だったねえ。そういう方が声をかけてくださると、恐れ多くて声が出ない。畏敬の念で声が出ないっていう経験を若い時代にすべきだと思うね。そういうものはじわっと何十年も残るよね」

 ニセモノは社会のスパイスだと思いますよ

 中島さんは、日本には本物を大切に守り伝えていく文化があると言う。

 「日本は大陸からほどよい位置にある孤島で文化が入ってくる一方で、外的な侵略がなかった。蒙古以外はね。だから列島の中でいい物が温存できた。聖武天皇の遺愛品が正倉院にしまわれ、今に伝わっているなんて世界的に見たら奇跡ですよ。ミロのビーナスでも、始皇帝の兵馬俑でも、発掘品ですからね。伝世と発掘の違いは大きいですよねえ」

 「殿様からいただいたり、親からもらったりした物を大切にしてきたのは、日本人のすばらしい美的感覚ですよね。だから日本には物が残り、これからも残っていくと思います」

 「よく自分はもういい歳で、集めた物に子供たちが全く興味がない、どうしたらいいだろうと言われます。けれども私は放っておいていいと思いますよ。それが古物市場に出て安く売られても目利きの人たちが拾い、また1ランク上のコレクターの目に留まって出世していく。いい物は出世していくんですよ」

 「日本人は本物を見極める目はあるんですよね。だけど今は生活が豊かになりすぎている。やはりある程度ハングリーじゃないと物が見えない。私もそうだけど懐が豊かだった時は買い物が甘いですね。お金がない時のほうが鋭い買い物をします」

 「私の子供の頃はとんでもない時代で、占領軍から残飯をもらって生きていた。残飯と聞いただけで、いまだによだれがじわっと出ますよ。日本人は幸せになりましたけど、その分、『目(め)筋(すじ)』は落ちるんじゃないですか。ただ、心配はしてません。明治の人が私を見たら何て物のわからないやつだろうと言うと思いますよ。ところが明治の人を安政の人が見れば文明開化のやつはだめだと言うだろうね。常にそうやって人間は幸せと取り替えっこしてきているんですよ。それでも崩れないのは、やっぱり常に新しい時代の目でいい物を発見しているんでしょうね」

 「100点の品物があれば90点はニセモノ。だけどもニセモノがあるから面白い。ニセモノに引っかかりたくないから勉強するんだ。ニセモノは社会のスパイスだと思いますよ」

 「ニセモノはニセモノのターンテーブルの上で回っていて、人が楽しんでいる。それはそれでいい。ただ許せないのもある。それは最初から人をだまそうと思って作った物。最初からニセモノを作るというのはビジネスですよね。美術品のうちに入らないし、ニセモノにも入らない。最近はそういうゲテモノが増えてますねえ」



■現代作家の作品集め応援 お宝は拾った石ころ


世界中で拾った小石を集めている
 中島誠之助さんの自宅の書斎には、焼き物などの収集品が片隅に置かれている。「今はなるべく現代作家の物を買っている」と言う。現代作家は生活が大変なので、少しでも応援していきたいのだという。

 「今ねえ、私は現代作家の中からすごいのが出てきている時代だと思う。ただ(本人たちが)気づいたら慢心して終わりだよ。一生懸命やっているうちが花だよねえ」と語りながら、作品に温かいまなざしを向ける。

 意外なコレクションも見せてもらった。小学生の頃から集めている石ころだ。例えばギリシャのパルテノン神殿前の道路で拾った石。「まさか神殿を削ったわけじゃないよ」。あるいはオーストリアのザルツブルクにあるモーツァルトの家で見つけた小石。「モーツァルトの家は石ひとつないんだ。ただ、ついにあったんだ。観光客の靴についていた石かもしれないけど」。思わず「いい仕事してますねえ」と感嘆したくなる無垢(むく)なお宝だ。

(シニア・エディター平田浩司)
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