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トランプ氏のコマツ批判にも平然、麻布育ちの大橋社長 大橋徹二・コマツ社長が語る(下)

2017年05月15日 08時04分57秒 | 市場動向チェックメモ
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トランプ氏のコマツ批判にも平然、麻布育ちの大橋社長
大橋徹二・コマツ社長が語る(下)
2017/5/15

 「男子御三家」麻布中学・高校(東京・港)出身の大橋徹二コマツ社長(63)が振り返る「リーダーの母校」。学園紛争で生徒が学校から締め出されるなど、波乱の高校時代を乗り切り、東京大学理科1類に進学。その後、コマツに入り、トップにまで上り詰める。そのコマツの社風を、大橋氏は「麻布のようだ」と表現する。

 学園紛争で学校が大荒れになりながらも、東京大学に合格した。

 幸いだったのは、ロックアウト(締め出し)されて学校に行けなくなったのが、高3の時だったことです。一貫校の特徴として、麻布も高3までに習うべき内容はすでに高2までに済ませ、高3では大学受験に向けて自分で勉強する部分が多くなります。

 高3の秋までは、学園紛争で勉強もあまり手に付きませんでしたが、ようやく落ち着きを取り戻した12月ぐらいから私も周りも一気に勉強モード。例によってものすごい集中力を発揮し、私も、東大理1に合格することができました。

 東大での専門は数理工学。今で言うところのビッグデータやオペレーションズリサーチ、統計などを研究する学問、つまり応用数学です。数理工学の同期の多くは、富士通やNECといった数理工学の専門知識をストレートに生かせる会社や部門に就職しましたが、私はもっとリアルなモノづくりを実感することのできる仕事をしたいと思い、コマツを選びました。

 コマツを選んだもう一つの理由は、同じ数理工学を学んだ卒業生が大勢いるような会社に行ったら、周りとの違いを出せず、自分の価値や特長が埋もれてしまう恐れがあると思ったから。コマツにはおそらく機械工学の専門家は多いが、自分のような数理工学の専門家はいないから、自分の独自性を発揮できる。オンリーワンを目指した麻布時代の考え方と一緒です。そういう意味では、麻布で育んだ価値観、考え方が、会社選びにも影響を与えたといえます。

 コマツはもともと野武士的でダイナミックな社風で知られていましたので、私のようなちょっと変わったバックグラウンドの人間が入れば、自由に好きなことをやらせてもらえるのではないかと期待して入りました。

 入社後は、スタンフォード大学大学院留学、コマツアメリカ社長などを経て、2013年、社長に就任した。


「好きなことをやらせてくれるコマツは、麻布出身の私にとって仕事のしやすい会社」と話す
 コマツは入社前に描いたイメージ通りの自由な社風の会社で、海外留学したいと言ったら認めてくれ、米スタンフォード大学の大学院に留学。当時のスタンフォードにはオペレーションズリサーチの研究でとても有名な先生がいて、その先生の下で勉強し、修士号をとりました。

 帰国後は研究所に入ろうと思っていたら、欧米で現地生産を始めるので英国に行くよう命じられ、そちらのほうが研究より面白そうだと思い、英国赴任を選択。その後、コマツアメリカ社長などを経て、2013年、コマツ社長に就任しました。

 当社は、私の2代前の社長の坂根正弘が「強みを磨き、弱みを改革」と経営の極意を説いていましたが、私はまさに麻布時代からそういう考えで生きてきました。会社の方針と自分の価値観が合致していたので、私にとっては仕事のしやすい会社だと思います。

 また、当社は、私の例を見てもわかるように、昔から好きなことをやらせてくれる会社です。社員がこれをやりたいと言えば、頭ごなしにノーとは言わない。ある意味、自由闊達(かったつ)で、麻布みたいな会社だなと思います。

 昨年の米大統領選挙中、トランプ現大統領が、米キャタピラーのライバルであるコマツを名指しして、日本の為替政策を批判。これに対し、大橋氏は昨年末、「コマツの名を挙げていただいて、大変感謝している」とメディアに発言し、話題になった。

 発言に関しては、当社は、米国に工場があり米国人の雇用にも貢献しているし、日本からの輸入額を上回る額の輸出を米国からしています。ですから、何を言われても平気でした。私としてはごく普通に受け答えしたつもりですが、それも麻布らしいと言われれば、そうかもしれません。

 自由奔放に育った麻布の卒業生には個性的な人が多く、それが各界で活躍する卒業生の多さにつながっているのだと思います。東大時代の友達を通じての印象で言うと、灘やラ・サールも、麻布と校風が似ていると感じます。実際、麻布と灘は、親が転勤したときに相互に転校生を受け入れています。また、私はラ・サール出身の友達が多いせいで、現在、勝手連で、ラ・サールOB会の溜池(コマツの本社がある場所)支部長ということになっています。

 麻布時代の友達との付き合いは今でも続いています。大学時代の友達もいますが、やはり6年間、濃密な時間を一緒に過ごしたので、今も付き合いが深いですね。だいたい海外にいる誰かが用事で東京に来たときに、10人ぐらいに声を掛けて居酒屋っぽい店でワイワイやるというパターンが多いです。

 麻布出身の社長で作る社長会にも末席に加えさせていただいて、飲み会に参加しています。会には三菱商事会長の小林健さんやJFEホールディングス前社長の馬田一さんらも顔を出します。毎回、麻布時代の思い出話に花が咲きます。仕事の話はしません。だって仕事の話をしたら面倒臭いし、面白くないじゃないですか(笑)。

(ライター 猪瀬聖)
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