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戦後の混乱期支えたヤミ市の哀歓 横浜・野毛で再現 女優・五大路子さん、音楽劇で演じる

2016年12月31日 19時22分25秒 | 市場動向チェックメモ
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戦後の混乱期支えたヤミ市の哀歓 横浜・野毛で再現
女優・五大路子さん、音楽劇で演じる
 
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かつてヤミ市が並んでいた横浜の野毛地区で当時の服装で立つ女優の五大路子さん(撮影:森日出夫)
 戦後の混乱からの復興を支えたヤミ市が横浜にあった――。横浜をテーマにした演劇を発信している横浜夢座はヤミ市からの物資で復興してきた横浜の飲食街「野毛」地区を音楽劇にして来年1月22日から公演する。女優の五大路子さん(64)が主役を演じる女性は夫が南方で戦死、娘を抱えヤミ市で食料品を売るという設定。テーマは「生きてやる。この街で」。ヤミ市での商売で対立する市民やヤクザ、警察、帰還兵などが対立しながら、生きるためにやむなく手を取らざるを得なかった戦後の哀歓を描く。

 劇では84歳の実在の女性をモデルに、進駐軍の統制をかいくぐってヤミ市経済を築いた人たちの生きざまを、「別れのブルース」や「東京ブギウギ」「悲しき口笛」など昭和初期の流行歌を交えながら演じる。「野毛は今でも見捨てられているようで、それでもあったかな雰囲気の残る街。無秩序の中に人々が築いてきた秩序が今も受け継がれている」と五大さん。


公演PRのために11月に開かれたイベントでは五大路子さんら出演者が終戦直後の服装で野毛をちょうちん行列で練り歩いた(提供:横浜夢座)
 公演にあたり、五大さんは野毛の飲食店を巡り、過去を知る人たちから当時のエピソードを引き出した。「ジャズやギョーザ、サンバや大道芸など、自分の価値をそれぞれに見いだした人たちがいる。その熱気を劇中に取り込みたい」と話す。

 これまでも横浜夢座は白塗りの老娼婦の生涯を描いた「横浜ローザ」や、フィリピンに抑留された日本兵と流行歌手との交流をたどった「奇跡の歌姫『渡辺はま子』」など戦争が関連する劇を多く取り上げてきた。五大さんは戦争を知らない小中学生や大学生との交流を続けており、少子高齢化や産業の空洞化など将来に不安を抱える若い世代にも「劇を見て何かヒントを得てもらえれば」と話している。



■敗戦で栄えた街、「だらしない」酔客支え続ける

 「野毛は敗戦によって栄えた街なんですよ」。地区で中華料理店「萬里」を経営する福田豊さん(75)は、飲食街の生い立ちについて振り返る。今回の劇でも様々な街の歴史について助言したという。

 敗戦後、東京に近く大きな港を持つ横浜は、司令官のマッカーサーがホテルニューグランドを定宿とするなど進駐軍の拠点となった。横浜の中心部の関内、伊勢佐木町といった中心部はほとんど進駐軍の宿舎などとして接収された。しかし近接する野毛は免れ、ヤミで放出された食料品などを日本人相手に売る露天商が集中した。福田さんは「統制経済下で一番元気だったのが進駐軍。そのおこぼれにあずかったのが野毛だった」と振り返る。


「『本物の場末』なんて今や野毛ぐらいじゃないの」と話す福田豊さん(横浜・野毛)
 戦前から横浜に多く居住していた中国や朝鮮半島から来ていた人たちも「戦勝国」扱いとなり、彼らの名義で仕入れてきた食料品やたばこ、アルコールなどを横流しした。野毛には著名なジャズプレーヤーが通った国内最古のジャズ喫茶「ちぐさ」がある。その生い立ちも「米軍のジャズレコードの横流しがあったからこそ」だという。藤田さんは「ヤミ物資を右から左で流すことで繁栄してきただけのアマチュア経済だった」と当時の状況を振り返る。

 しかし、大規模な商店街の伊勢佐木町や、ビジネス街の関内地区が返還されると、ヤミ市に支えられていた野毛の物販はたちまちすたれ、飲食店だけが残った。朝鮮戦争特需を受け、輸出の拠点となった横浜港や京浜工業地帯が再興すると、その日の労働を終えた港湾労働者や工場の従業員らは野毛に集い、疲れを癒やす歓楽街となった。「安い酒やストリップ、場外馬券売り場などが労働者の欲求を満たしたのでしょう」

 ストリップなどの風俗店や場外馬券売り場などが周囲の風紀を乱すという声もあるが、野毛地区振興事業協同組合の専務理事も務める福田さんは「庶民の欲求に応える街でいいじゃないですか」と意に介さない。都心のあちこちで再開発が進む一方、うらぶれたスナックや小料理店がつぶれ、どこでも同じようなチェーンの居酒屋ばかりとなった。福田さんが「後悔しても反省しない」と評する野毛の人たちは店がつぶれても夫婦や兄弟の小所帯で再起し、600軒を超す小さな飲食店が生き物のように街を支え続けている。

 造船所があった桜木町駅の反対側は高層ビルが立ち並ぶ一大ビジネス街になり、高度経済成長を支えた工場労働者は少なくなった。しかし、「失われた20年」で職を奪われた若者が定住したり、怪しげなスナックの代わりにスペインバルなどが開業したりするなどして女性客らを迎え入れ、街は巧みに姿を変えながら生き残っている。

 「『本物の場末』なんて今や野毛ぐらいじゃないの」という福田さん。野毛に集うのはサラリーマンを中心に「懲りない、めげない、あきらめない」人という。泥酔しても仕事に失敗して落ち込んでもネオンにつられて通い続ける人たちを受け入れる繁華街の心意気は終戦直後から変わらない。そのスタートとなるヤミ市の熱気を演じる音楽劇に共感して、振興組合でも140人の飲食店経営者らを観劇に招待する。福田さんは「野毛は『しがなく生きていく人』の原点を提供する街。庶民の欲求に『いいじゃないか』という応えてきた気持ちを劇で伝えてもらいたい」と期待している。

(和佐徹哉)
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