経済中心に書いてます!

趣味の範囲で…園芸・沖釣り・漢方・医食同源の投稿をします…業務はCX・225指数・FX Pro. …

象徴天皇、国民に寄り添う姿勢 「務め」即位前から

2017年08月18日 12時27分06秒 | 市場動向チェックメモ
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG14H5O_V10C17A8CR8000/?dg=1

象徴天皇、国民に寄り添う姿勢 「務め」即位前から
2017/8/17 19:19日本経済新聞 電子版

 昨年11月、天皇、皇后両陛下は「満蒙開拓平和記念館」(長野県阿智村)を私的旅行で訪問。開拓団だった3人の高齢者と懇談し、引き揚げ時の悲惨な体験に耳を傾けられた。

自宅を訪れた両陛下と黒田清子さん(当時紀宮)と記念撮影する井出久次さん(左から3人目)=1988年8月31日、長野県軽井沢町の大日向地区、提供写真

 「こういう歴史があったことを経験のない人に伝えることはとても大事だと思います」(満蒙開拓平和記念館の懇談で)

 陛下は皇太子時代から旧満州(現中国東北部)を開拓した人たちが戦後に入植した長野県軽井沢町の大日向地区をたびたび訪問されている。井出久次さん(90)は区長だった1985年8月、軽井沢で静養中の陛下とホテルで初めて面会。翌86年から3年連続で、静養中のご一家を自宅に迎えた。

 「今の皆さんの暮らしはどうなっていますか」。陛下は井出さんらと朝食をとりながら、こんな言葉をかけられたという。「開拓団時代の話を根掘り葉掘り聞くのではなく、ふれ合いを大事にされる」(井出さん)

皇太子時代の陛下は自ら車を運転して井出さん宅を訪れた(1987年8月29日)=提供写真

 ある住民は「滞在できる時間は短くても満蒙開拓団の犠牲を忘れてはならないという思いで繰り返し足を運ばれているのだろう」と話す。

 「第2次大戦で沖縄などに若い戦死者が多いのに心が残りました」(71年の誕生日会見)

 同年9月。昭和天皇の欧州歴訪に伴い、皇太子だった陛下は天皇の仕事を初めて代行。その一つが戦没者叙勲の裁可だった。沖縄の本土復帰を翌72年に控え、代行の感想として沖縄戦の戦死者に言及された。

 陛下は63年から沖縄と本土の小中学生が取材を通じて交流する「豆記者」と毎年懇談。伝統の「琉歌(りゅうか)」を学ぶなど沖縄に強い関心を持たれている。

 「沖縄の歴史と文化を理解し、県民と共有することが県民を迎える私どもの務めだと思ったからです」(99年、即位10年の記者会見)

井出さんらと懇談する皇太子夫妻時代の両陛下と黒田清子さん(当時紀宮)=1988年8月31日、提供写真

 皇太子時代に始まった戦争体験者と交流する姿勢は即位されてからも変わらない。

 即位した89年の9月、両陛下は広島赤十字・原爆病院(広島市)を慰問し、入院患者一人ひとりに声をかけて回られた。「お大事にね」。予定時間を超えても病室から病室へと移動。当時の看護部長の中川昌江さん(81)は「腰をかがめ、患者さんの目線に合わせて話しかけられていた」。

 両陛下は皇太子夫妻としても2回、同病院を慰問されている。中川さんは「患者さんとの接し方は皇太子時代と全く同じだった」と振り返る。

 象徴天皇制に詳しい神戸女学院大の河西秀哉准教授は「陛下は民間出身の皇后さまの影響を受け、国民と触れ合うスタイルを確立された。皇太子時代に次の天皇としての役割を模索し、戦争被害者ら弱い立場の人に心を寄せることを続けられている」と話す。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 海洋安保能力の強化へ5億ド... | トップ | 激しさ増すコンテンツ陣取り... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

市場動向チェックメモ」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。