経済中心に書いてます!

趣味の範囲で…園芸・沖釣り・漢方・医食同源の投稿をします…業務はCX・225指数・FX Pro. …

フィリピン「ごみ山」の貧困層、自立へ前進

2017年03月15日 19時19分12秒 | 市場動向チェックメモ
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO13919500Q7A310C1000000/?n_cid=DSTPCS019

フィリピン「ごみ山」の貧困層、自立へ前進
(1/2ページ)2017/3/15 6:30日本経済新聞 電子版
フィリピン

 経済発展が著しいフィリピン。人々の暮らしが目に見えて豊かになる一方で、社会の底辺にあたる貧困層も依然として多い。廃品を拾う人々が生計を立てていた場所が「スモーキーマウンテン」の呼び名で知られたごみ廃棄場だ。閉鎖からすでに20年たつが、ごみ山に依存して暮らす人々が存在するという社会構造は変わっていない。

 首都マニラの湾岸沿いのトンド地区に、高層ビル群を近くに臨む小高い丘がある。すぐそばに貧民街があるものの、そこがかつて「スモーキーマウンテン」だったことは、言われなければ気付かない。不法に占拠する人の粗末な小屋がわずかながら昔の姿を物語る。

■スモーキーマウンテン、廃品回収で生計

マニラ首都圏ケソン市のパヤタス地区にある、ごみ廃棄場で廃品を集める人々(2017年2月)=小高顕撮影

 スモーキーマウンテンは、1960年ごろから首都圏のごみが運び込まれ、巨大な山と化した廃棄場だった。ごみが自然に発火して煙がくすぶっていたため、その名が付いた。

 「スカベンジャー」と呼ばれる人々が、ごみの中から金属くずやプラスチックを集め、廃品回収業者に売って、わずかながらの収入を得ていた。まだ食べられる果物などを拾って腹の足しにする人もいた。貧困の象徴として世界に知れ渡り、政府は90年代後半に閉鎖に踏み切った。だが学歴も職歴もなく、多くの人がスカベンジャーとして生きるしかなかったという根本的な問題が解消したわけではなかった。

 高さ30メートルほどのごみ山の頂上で、ダンプカーが荷台を傾けて、満載したごみをまき散らすと、我先にと人々が群がる。マニラ首都圏ケソン市のパヤタス地区にあるごみ廃棄場は「第2のスモーキーマウンテン」と呼ばれる。

 実際、トンド地区のごみ山が閉鎖された後、移ってきた人もいる。廃棄場ができたのは70年代だが、近年の経済発展に伴って、ごみ山が巨大化した。毎日、ダンプカーやトラック計500台が市内一円から集めたごみ1200トンを運び込む。ごみ山の外では鉄くずやプラスチック、ペットボトルなどを買い付ける廃品回収の店が立ち並ぶ。一帯には約1万人が居住し学校もあるなど、さながらごみ山を中心とした一つの町だ。

 現在、市当局はごみ山への立ち入りを厳しく管理している。スカベンジャーとして働くには許可が必要で、約1800人が許可を受けている。建設作業員などの仕事がない時期にスカベンジャーとして働く人もいる。一度に入れるのは400~500人で、午前と午後の2交代制で働く。15歳以下の立ち入りは原則禁止。スカベンジャーの収入はマニラの最低賃金を下回る1日100~300ペソ(約230~680円)だ。

 市が管理を厳しくしたのは、2000年に起きたごみ山の崩落事故がきっかけだ。高さ30メートル、幅100メートルにわたって積み上げたごみが崩壊して周囲の住宅をのみ込み、ごみ拾いをしていた人など多数が生き埋めとなった。死者は200人強に上り、いまだ行方不明の人も合わせると300人を超えるとされる。現在のごみ山の隣にある草花に覆われた山が、かつて崩落したごみ山だ。市は崩落事故の再発を防ぐため、現在のごみ山に毎日土をかけて、地盤を固めている。

 安全面に配慮するようになったとはいえ、乾期は強い日差しが照りつけ、雨期には蒸し暑いなか、悪臭やガスに耐えながらごみを拾う作業が過酷であることは変わらない。だが、別の仕事を求めてごみ山を離れる人は少ないという。廃棄場の責任者のハミール・ハイマリン氏は「スカベンジャーがいなくなるのが理想だが、そもそも職探しにふさわしい服を買う余裕すらない人が多いのが現実だ」と話す。

ごみ山近くの作業所で、販売するぬいぐるみをつくる女性とアイキャンの阿部真奈さん(中央)(ケソン市パヤタス地区)

 ただ、ごみ山を取り巻く状況には変化も見られる。崩落事故の後、国内外の政府系機関や民間団体による支援活動が活発化した。認定NPO法人のアイキャン(名古屋市)も、そんな組織の一つだ。住民の自立を支援するため、ごみ山のそばに開設した作業所では、女性たちが器用に生地を縫い合わせて、ぬいぐるみをつくっていた。

■日本のNPO、ぬいぐるみ販売で支援

 かつてスカベンジャーとしてごみ山に登っていたビビアンさん(60)は「夫の収入では生活できなかった。日が昇る前から廃品を拾い集め、毎日体力の限界だった」と振り返る。ビーナさん(51)は崩落事故をきっかけに、手作りのぬいぐるみを売って生計を立てることを決意した。「当初は売り物にならないと返品されることもあったが、今では新商品を考えるのが楽しみになった」。商品は日本でインターネットを通じて販売し、フィリピンでもバザーなどに出品している。

「第2のスモーキーマウンテン」と呼ばれるパヤタス地区のごみ廃棄場(手前の緑地部分が2000年に崩壊した古いごみ山)

 当初、支援を受けて設立した低料金の診療所も、今では住民がボランティアとして働き自主的に運営している。アイキャンのスタッフの阿部真奈さんは「なるべく支援に頼らず、自立して生活しようと住民の意識が変わってきた」と手応えを感じている。

 パヤタスのごみ山は今も膨張し続け、一部は住宅の目の前まで迫った。1~2年後には満杯になる見通しだ。市はごみを減らす狙いもあり、ごみを燃やして電力を起こす発電装置を導入。住民にも電気を供給してサービスを向上させる計画だ。フィリピンの経済成長がごみ山の住民まで行き届くには時間がかかりそうだが、明るい兆しは見え始めている。

(マニラ=遠藤淳)

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« アスリートは2度輝く 引退... | トップ | [FT]ドイツ、フェイクニュー... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。