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OPEC減産、1986年の教訓 相場上昇は限定的か 商品部 田上一平

2016年10月11日 12時57分59秒 | 市場動向チェックメモ
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO08124270X01C16A0000000/?dg=1

OPEC減産、1986年の教訓 相場上昇は限定的か
商品部 田上一平
2016/10/11 5:30 (2016/10/11 9:38更新)日本経済新聞 電子版

 石油輸出国機構(OPEC)が8年ぶりとなる原油減産で合意した。米指標のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)は3カ月ぶりに1バレル50ドル台に乗せるなど上昇している。ただ関係者が相場環境の類似性を指摘するのが、国別生産枠を復活させた1986年だ。当時の歴史を振り返ると、価格上昇は限定的となる可能性がある。

OPECの減産合意は市場にとって予想外だった(議長国カタールのサダ・エネルギー相)=AP

 「9日間に及ぶマラソン総会が終了」。86年8月6日付の日本経済新聞朝刊はOPECの減産合意を1面でこう伝えている。有名無実化していた生産枠(日量1480万バレル、イラク除く)を復活させ、現状の2000万バレル強から大幅に減産するという内容だ。

 今回OPECは加盟14カ国の上限として日量3250万~3300万バレルの生産目標を打ち出した。8月の実績(3324万バレル)と比べると24万~74万バレルの減産になる計算だ。

 減産で合意した背景には2014年後半に始まった価格下落局面が長期化することへの危機感がある。WTIが1バレル100ドル台で推移していたところへ米国のシェールオイルが台頭。OPECの盟主、サウジアラビアが高コストのシェールを駆逐するために生産調整機能を放棄しシェア重視に路線変更したのも供給過剰に拍車をかけ、原油価格の下落を招いた。

 86年は70年代のオイルショックによる価格高騰で米アラスカ州やメキシコ、英国で油田開発が進展。価格調整を担っていたサウジが増産に動いたこともあり、WTIは同年4月に1バレル10ドルを割り込んだ。供給過剰が価格低迷を招いた点で、英石油大手BPは86年と今回の類似性を指摘する。

 では、86年の減産合意後の相場展開はどうだったのだろうか。翌年7月には1バレル20ドル強まで上昇し、一応の成果は出ているようにみえる。ただその後は上昇の勢いが失速した。オイルショックによる省エネ化で需要が鈍化したこともあるが、生産枠が守られずに各国がヤミ増産に走ったのが大きな要因だ。OPECは非加盟国にも協調を呼びかけたが、最後まで英国の賛同を得られなかった。その後相場は低迷。上昇基調に転じるのは2000年代に中国をはじめとするアジア需要が伸び始めてからだ。

 今回も国別枠の設定は難航が予想される。OPECが協調を呼びかけるロシアのプーチン大統領は10日、トルコのイスタンブールで開幕した「世界エネルギー会議」で講演し、ロシアが生産調整に協力する可能性があることを示唆した。ただロシアには複数の石油会社がひしめく。足並みをそろえられるのかは見通せない。供給面では似通っている86年と現在について石油天然ガス・金属鉱物資源機構の野神隆之氏は「需要が伸びているという点で当時と現在では異なる」と指摘する。OPECの減産幅が控えめなのは、大幅な価格上昇を望んでいないためという指摘も聞かれる。OPECは需要増こそが価格上昇の近道と学んだのかもしれない。
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