タイトルどおりです。
3年半経ってもフルタイム勤務に戻せず、ちょこちょこと調子を崩す私に
会社がしびれを切らしてしまいました。
火曜日に労務から呼び出しがあり、就業規則の普通解雇理由に相当する状態
であるとの通告を受けました。
この労務担当の方は、年末に行動計画を作るように指示した方なのですが、
前回も「ああ、この人は『うつ病』なんて信じていないんだな」という言動で
私を凹ませてくれた張本人。
今回も相変わらずで、こういう病気を知っている方なら禁句と判断するであろう
言葉を連発してくれました。
その場で座っているのもツライ私でしたが、しまいにその方が「努力」という
言葉を何度使ったか数え上げようかと思ったほどです。
同席していたダンナさんが、あまりの物言いに耐え切れず強く反論して私をかばってくれましたが・・・・・・
「もう置いておけません」と言っておきながら、「まあ1週間ぐらい今後のことを
お二人で相談していただいて」って、何を話し合うのやら。
ということで、前々から覚悟はしていたものの、話の内容がきつくて、
ひたすらボロボロ涙を流してしまいました。
私が退席した後もダンナさんはその方と残って話をしていたのですが、
かなり頭にくる物言いだったようです。
普段いたって温厚なダンナさんが、3日経った今でもまだ引きずるのですから、
相当怒っているのでしょう。
結論は1つしかないので、その日のうちに辞めることを決め、
あとは会社都合にするか自己都合にするかを考えるぐらいしか残っていませんでした。
まあ、最近自分でも体力のなさを実感していて、今の自分にはフルタイム勤務は
無理なのかもと考えていましたから、次にどこかで働くとしても短時間でできる
パートやアルバイトを探すつもりです。
なので、会社都合にしてもらってもあまり影響はないのではないか、それよりも
会社都合にしたほうが失業手当がすぐ下りるのでそのほうがいいのではないか、
と考えて、会社都合にしてもらえないかかけあうことにしました。
次の日、室長に時間をもらって、辞めますということ、会社都合にしてもらえないか
ということを伝えました。
上に書いたようなことと、自分はもう36で、求人対象にもひっかからなくなっている
から、と説明。
室長は、時代は変わるし、私レベルの英語だったら年齢に関係なく就職できるチャンスが
あるかもよ?と言ってくれましたが、英語はボランティアなども募集があるし、
もっと勉強して自宅でお仕事できるようにしてもいいので、と伝えました。
で、昨日。
また労務から呼び出し。
でももう辞めると決心しているし、前の面談のときよりは落ち着いて席に着くことができました。
室長と同じで語学のスキルがあるのに、という話をされましたが、同じように返答。
でも安全策として、やはり自己都合にして、離職票作成時に会社都合にしましょう、
という提案が出ました。
この話は想定していたので、受諾。
変に意固地になって、在籍しているダンナさんに何か不都合が発生しても困ります。
本題が終わったので帰れるかと思いきや、私がおだやかに接していることに安心したのか
またもこの方は持論を展開。
(これを機に家庭に入って、ご主人が余裕を持ってお仕事できるようにサポートするように『努力』してください云々・・・)
げんなりです。
家に帰ってからその話をすると、「だから、そうすることに頑張りすぎて病気になった
っていうのに、何もわかってないねん、あのおっさんは!
」とプンプン怒ってしまいました。
今日、室長から退職届の様式をいただき、約1ヵ月後の4月14日を退職日にすることに決めました。
とまあ、今週はばたばたと状況が変わったので、なんだか疲れました。
でも気分的にはすごく前向きです。
辞めると決めたとたんに、求人広告を広げてこのあたりの求人状況を調べて
パートのクチは意外とあることを確認したり、
堂々とお休みできるなら、前から受けたかった子宮がん検診も遠慮なく行けるなー、
とか計画してみたり、庭作りや最近はまっているクロスステッチのこと考えて
楽しみにしている自分がいます。
もしかしたら、前からもっと堂々と休みたいと思っていたのかもしれませんね。
3年半経ってもフルタイム勤務に戻せず、ちょこちょこと調子を崩す私に
会社がしびれを切らしてしまいました。
火曜日に労務から呼び出しがあり、就業規則の普通解雇理由に相当する状態
であるとの通告を受けました。
この労務担当の方は、年末に行動計画を作るように指示した方なのですが、
前回も「ああ、この人は『うつ病』なんて信じていないんだな」という言動で
私を凹ませてくれた張本人。
今回も相変わらずで、こういう病気を知っている方なら禁句と判断するであろう
言葉を連発してくれました。
その場で座っているのもツライ私でしたが、しまいにその方が「努力」という
言葉を何度使ったか数え上げようかと思ったほどです。
同席していたダンナさんが、あまりの物言いに耐え切れず強く反論して私をかばってくれましたが・・・・・・
「もう置いておけません」と言っておきながら、「まあ1週間ぐらい今後のことを
お二人で相談していただいて」って、何を話し合うのやら。
ということで、前々から覚悟はしていたものの、話の内容がきつくて、
ひたすらボロボロ涙を流してしまいました。
私が退席した後もダンナさんはその方と残って話をしていたのですが、
かなり頭にくる物言いだったようです。
普段いたって温厚なダンナさんが、3日経った今でもまだ引きずるのですから、
相当怒っているのでしょう。
結論は1つしかないので、その日のうちに辞めることを決め、
あとは会社都合にするか自己都合にするかを考えるぐらいしか残っていませんでした。
まあ、最近自分でも体力のなさを実感していて、今の自分にはフルタイム勤務は
無理なのかもと考えていましたから、次にどこかで働くとしても短時間でできる
パートやアルバイトを探すつもりです。
なので、会社都合にしてもらってもあまり影響はないのではないか、それよりも
会社都合にしたほうが失業手当がすぐ下りるのでそのほうがいいのではないか、
と考えて、会社都合にしてもらえないかかけあうことにしました。
次の日、室長に時間をもらって、辞めますということ、会社都合にしてもらえないか
ということを伝えました。
上に書いたようなことと、自分はもう36で、求人対象にもひっかからなくなっている
から、と説明。
室長は、時代は変わるし、私レベルの英語だったら年齢に関係なく就職できるチャンスが
あるかもよ?と言ってくれましたが、英語はボランティアなども募集があるし、
もっと勉強して自宅でお仕事できるようにしてもいいので、と伝えました。
で、昨日。
また労務から呼び出し。
でももう辞めると決心しているし、前の面談のときよりは落ち着いて席に着くことができました。
室長と同じで語学のスキルがあるのに、という話をされましたが、同じように返答。
でも安全策として、やはり自己都合にして、離職票作成時に会社都合にしましょう、
という提案が出ました。
この話は想定していたので、受諾。
変に意固地になって、在籍しているダンナさんに何か不都合が発生しても困ります。
本題が終わったので帰れるかと思いきや、私がおだやかに接していることに安心したのか
またもこの方は持論を展開。
(これを機に家庭に入って、ご主人が余裕を持ってお仕事できるようにサポートするように『努力』してください云々・・・)
げんなりです。
家に帰ってからその話をすると、「だから、そうすることに頑張りすぎて病気になった
っていうのに、何もわかってないねん、あのおっさんは!
」とプンプン怒ってしまいました。今日、室長から退職届の様式をいただき、約1ヵ月後の4月14日を退職日にすることに決めました。
とまあ、今週はばたばたと状況が変わったので、なんだか疲れました。
でも気分的にはすごく前向きです。
辞めると決めたとたんに、求人広告を広げてこのあたりの求人状況を調べて
パートのクチは意外とあることを確認したり、
堂々とお休みできるなら、前から受けたかった子宮がん検診も遠慮なく行けるなー、
とか計画してみたり、庭作りや最近はまっているクロスステッチのこと考えて
楽しみにしている自分がいます。
もしかしたら、前からもっと堂々と休みたいと思っていたのかもしれませんね。
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