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『シンガーソングライターズ -世佐美と真矢の年越しラジオ-』

2009年12月31日 23時59分50秒 | 物語・小説
『シンガーソングライターズ -世佐美と真矢の年越しラジオ-』

(歳の瀬か…)
 京野世佐美は、部屋のカレンダーを見ながら溜息をついた。
 時は12月。
 気が付けば、クリスマスも終わり、世の人はどこかいそいそとしていて、落ち着かないという印象を世佐美はもっていた。
(結局、あたしはあたしのままなのよね)
 どうしてなんだろう、と再び世佐美は息を深く吐いた。

 それから数日後の事。
(ついに31日か)
 昼過ぎに目覚め、充電していた携帯を開くと日付が自然に彼女の目に入った。
(きちゃったなぁ)
 部屋のカーテンを開けると、青い空が広がり柔らかい太陽の光がさしてきた。
(で、今夜はラジオ出演か…一体何だってこんな時に)
 12月31日午後23時から明けて1月1日元旦午前3時までの4時間の臨時番組への出演要請があったのは、丁度1ヶ月前の事だった。いつも出演している『アーティストプラザ』のスタッフから、やってみませんか?という声がかかった。たまたま大晦日の日が世佐美の番組担当日と合致するので1時間延長という形で、という事だったが、日にちが日にちなので、「臨時番組」扱いという事になった。
(何も私じゃなくてもいいのに)
 世佐美としては気乗りしなかった。
とってつけたような理由でこんな大事な時の出演は荷が重たかったし、こういう時は、自分みたいな人間より有名所の人を抜擢するのが絶対良いに決まっている。おそらく、そのあたりの都合がつかなかったので、間に合わせ的にやるというのはどうもいい感じがしなかった。とは言え、番組スタッフやら世佐美の身辺スタッフからの強い勧めもあり、特にコレという予定もなかったので引き受けた。
(一体、どんな放送になるんだろう)
 本当にやり切れるか自信は無かったが、このまま逃げるという訳にも行かず、泣く泣く、という感じでその日の放送に挑む事になった。

 世佐美がラジオ局に着くと、番組の打ち合わせが始まった。
とりあえず台本は用意しておいたという事で、話のネタに困ったら使うようにスタッフから言われ、ちょっと彼女は安心した。
「まぁ、基本的には、京野さんのいつもの感じのフリートークな感じでいいですよ。年越しですけど、自然なままで。それが今回の放送の目的ですから」
 と番組ディレクターは言うものの、果たして本当に良いのか世佐美は不安だった。
(自然な感じってどう考えても、こういう時にはそぐわなそうなもんだけどね)
 良いんだろうか?そんな言葉が世佐美の胸の中で行き交ううちに、本番を迎えた。

「こんばんは、京野世佐美です」
 出だしはいつもの感じで彼女は放送を始める。
「今回初めて、こんな時に番組をやる事になりましたので、大変緊張しています」
 だが、すぐに話が保(も)たなくなったので、台本に手を伸ばしトークを繋ぐ。こんなんで良い訳はないが、始まったものを引き返す事は出来なかった。

(今、街はどんな感じなのかな)
 番組が曲に入り、世佐美はスタジオの窓から外を覗く。
 いつも見る景色と大差は無いが、やはりこんな自分なので街の明かりがいつもより沢山あり、イルミネイションの光がより力強く見えた。
(私みたいな人間にこんな明るさは似合わないね)
 小さな溜息をついた時、再び番組が始まった。

「それでは、番組に寄せられてきましたメールとファックスを紹介いたします」
 番組がリスナーからの反響を示す手立てとして常套なコーナーに入った。こんな時分だからなんだろう、結構送られて来て、とりあえず世佐美はほっとした。全く来なかったら
どうしようか、という気持ちがあった。
 内容を見ていると、こう言う時に番組出来るなんて良いですね、とか、京野さんは幸運に恵まれてますね、やら、京野さんの曲で年越し出来るとは驚きです、と言ったメッセージが寄せられ、世佐美は頷いていた。
(そうだよね。本当に奇跡が起こった、そんな感じだよね)
 どういう風の吹き回しなんだろう?とメッセージを読み終え、CMに入った時、こっそりと首を傾げた。
 
 CMがあけ、再び、放送に入ったもののコレという企画もないので、バンバン送られて来たメッセージに応答しましょう、という事になっていた。世佐美は半ば機械的になりながら、受け答えをしていく。
時に笑ったり、頷いたりを繰り返したりしていくうちに、番組を進めていく事が楽しくなった。だが、どこか夜空の月を隠す雲の様なものが心の中を過ぎっていた。しかし今夜の空に月は浮かんでは居なかった。代わりに、1等星の星が自分の存在を忘れないで、と言わんばかりに浮かんでいるのが見えた。
(私も、そんな感じのシンガーだよね)
 よく似合っていること、と小さく彼女は笑みを零した。
「続いてはファックスです。これは、特にペンネームも無いようですね」
 書き忘れか?はたまた嫌がらせだろうか?と思いつつ、ファックスを読み進める。

――もうすぐ、歳が逝き、新しい歳が生(き)ますが、京野さんは年が変わるという事をどう思われますか?私は、ただ時間と年号が変わり行くだけだと思うのですが、京野さんが思う所を教えてください。それでは来年も良い時であります様に――

(また、難しい話が来たなぁ)
 どう応え様か、世佐美は思わず言葉に窮してしまった。ふとその時、スタッフが「ありのまま応えてください」とカンペを出していたので、世佐美は頷いた。
「そうですねぇ。あんまり考えた事はないですけど、う~ん。希望的な意味では、歳が改まるという事で、また新しい気持ちが生まれて、四角い粘土を1からこね回して、何かを形作るって感じでしょうか?」
 前向きにとらえれば、多分、そうだろうと世佐美は思うが、どうも今の自分には無理がある言葉の様に感じられた。
「絶望的な意味で言えば、確かに、このファックスの本文にもありますように、ただ時間と年号が変わるだけですね。1年が終わるからって何かが変わる訳じゃない。自分の内面というのは、そんな簡単には変わらないですよね。いくら、外部からやいのやいの言われても、よっぽどな事が無いと変わるのは難しいのかな・・・って思います。私も、時々、そんな言葉を突きつけられて、思わず身震いして、目をそらしてしまいますが。でも、それでも良いんじゃないかなって思います。1年終わって何かが意図も簡単に変わるっていうなら苦労もしないだろうし、迷いもしないだろうし。私はどちらがあっていて間違っているっていう判断を下す事は出来ない。だって、双方それなりに正しい所はあると思いますから。だから、それぞれが想い抱く事が正しいって思います。どうしてもただ単純に歳が変わるから、希望を抱くのが一般的なのかもしれないけれど、現実を覗いてみると、そんなことは無いかなって思うもんね。では、CM入ります」
 オンエアが一時中断され、世佐美は溜息をついてしまった。
(あんな感じで良かったのかな?)
 途中、動揺というか、思わず本音を吐いてしまい、こんな事言って大丈夫だろうか?という不安から声が震えそうになってしまった。
(番組的な正解は、あくまでも、前向きな答えじゃなきゃだめなんだよね)
 不正解を私は言っちゃったかな、と世佐美は下唇を噛んだ。
「どーもこんばんは」
 その時、不意に本番中の席に1人入ってきて、席に着いた。
「釜立さん?なんで?」
 世佐美が驚いた所で、CMが終わった。
「えーっ、何故か、ゲストです。釜立真矢さんです」
「こんばんは。お邪魔致します」
 一体何がどうなっていることやら、という感じで世佐美は驚きと動揺を隠せなかった。
「こんな時間に呼ばれるとなんだか緊張するという京野さんのお気持ちが解りますね」
 釜立は大きく頷いた。
「しかしまぁ、また深い話というか歳が変わるのをどう思うか、なんて、良いファックスでしたねぇ。流石は、深夜帯番組らしい……というのはもう古いですかね」
 アハハハ、と釜立は笑う。
「どうなんでしょう?けど、確かに古いかもしれませんね。あんまり、基本的にシリアスってないですよね?」
 私だけ?と動揺を隠す様に世佐美は茶けてみせた。
「んで、何やらそろそろカウントダウンも間近みたいですが、京野さん、今夜というか今年から来年にかけては、この歌を歌いますよ」
 釜立は、“We are the Singer Song Writers”の歌詞カードを世佐美に見せた。
「なるほど、歌えるように準備しておいてくださいってのは、この事だった訳ですね」
 10日位前に番組スタッフから、今回の放送で…という声があった。
「2年越しって言うんですか?私もこんな形を取るのは初めてな経験ですね」
 そんな時、時刻は23時58分を指していた。
「んじゃ、そろそろ歌いましょうか?この歌を」
 と釜立が言った時、世佐美の前にキーボードが置かれ、スタンバイが整った。
「はい、それでは、コレを歌いながら歳を越します。私達の大事な歌です……」
 世佐美は曲名を告げるとイントロを弾き始めた。
(さー恥さらしの始まりだ)
 鈴木朝美という強力なピアニストが弾いてこそ意味のある曲を弾く事に、世佐美は未だに抵抗があった。もう何度かやっているが、とてもではないが鈴木の技量に自分の技量が届く筈も無かった。
 そんな演奏と歌が続く中で、新年のカウントダウンは0を迎え、再び長い1年という時間を刻み始めた。

「ハッピーニューイヤー トゥー ユー。新年明けおめでとうございます」
 曲が終わると真っ先に釜立がお決まりの挨拶をし、
「今年もアーティストプラザそして私達をよろしく」
 と世佐美が口にした所で、クラッカーがパンと弾け飛び、スタジオ内で拍手が溢れて番組はCMに入った。


 そして4時間における番組は無事に終了した。
「いやー長かったですね。でもまぁ、何とかなるもんなんですね」
 釜立は上機嫌という感じであった。
「まぁ、そうですね。奇跡が起きたというか何と言うかですが…」
 どうやってここまでやったか、世佐美ははっきり言ってあまり覚えていなかった。釜立のリードあったからこそうまく行った、そんな風に思っていた。
「さて、どうです?初日の出見に行きませんか?」
「そうですね。せっかくですから」
 釜立の誘いを世佐美は受け、彼の車でスタジオを後にした。

「今年は、何か幸先良いって感じですね」
 時にはこういう事もあるんですねぇ…と釜立は言う。
「長く生きていると色々あるって言うのは、こういうのを言うんでしょうね」
 いつかどこかで誰かが言った台詞をそのまま世佐美は口にしたが、まさか、そんな言葉を言える時が来るとは思ってもいなかった。
「1年の何々は元旦にあり、なんて言いますけど、あんまり実感ってないんですよね」
 どうしてなのか?と釜立言う。
「んー、どうしてなんでしょうね?何かアレみたいですよ、終わってからこう解るって感じらしいですよ」
「ほほう、興味深い(おもしろ)事言いますね」
 釜立は、ちらりと世佐美の顔を見た。
「結局は、言い訳やこじ付けになるんですけど、はっきり、全てがこうだ、というのは、日々の1日1日に感じ取れるって事は無い訳じゃないですか?」
 そうですね、と釜立、相槌を打つ。
「365日、凹む事もあれば嬉しい事もあるし、ハイになる事もある。そんな繰り返しを、最後12月31日を迎えて、ああ、こうだったかな?って思えれば幸せかなって私は思うんですよ。1月1日の感じがこうだった。だから、1年こうなったって12月31日終わる瞬間に解ればそれでめっけもの、そんなんじゃないかな?って思うんですよ」
 自分で言いながら、これであってるよね?あたしの言いたい事、と世佐美は胸の中で思い返す。
「なるほどね、終わる時に、こうだった…ですか。的得てますね、京野さん」
「そうですか?」
 言った言葉に嘘は無いが、どこか適当という悪い意味の2文字が見え隠れしている様に世佐美は思えた。

 それから何とも無い話をちょろちょろしているうちに車は目的地についた。
「さーて、この辺ですよ。高台で初日の出が拝める場所。ちょっと混んでますが」
 すでに数人の人達がいて、明けかかった空を見つめていた。
「何かもう少し静かだと良いんですけどね」
 釜立は周囲を見ながら言う。
「無理も無いですよ。1年の始まりの初日の出ですし」
 1年に1回しかない事。しかし日が昇って沈む事なんて毎日あるのに取り立てて騒ぐのも変は変か、と世佐美は思う。
「こんな所にも、1年変わるからって、何かが変わる訳じゃない、って言うのがありますね」
「アハハハ」
 釜立の言葉に世佐美は笑った。心の中を見透かされたかな?と思いながら。
「なかなか勇気ある発言だったと思いますよ、アレは。賛否両論でしたけど」
 世佐美のあの言葉は、そうですね、と、いやそうではない、と言う意見の2つがやって来て、多少揺れた。最終的には、番組の立場的な感じから「そうではない」という事でかたが着いた。
「初日の出が出て、何かが変わる1年になると良いですよね」
 世佐美は、少しづつ昇りかけた茜色の太陽を見ながら、独り言みたいに呟いた。
「1つ変えてみたいな、って事はありますよ」
「えっ?」
 釜立の言葉に世佐美は思わず彼の顔を見た。
「……まぁ、叶うかは解りませんけど、京野さんと恋人同士になれたらなって思うんですけど。私も月並みですね、こんな時にお決まりの様な台詞言ってねぇ」
 照れ笑いを浮かべて釜立はその言葉を口にした。
「うん、そうですね。それ、いいかも知れませんね。ありきたりですけど、こんな時にちゃんとそんな嬉しいこと言ってもらえるなんて夢にも思いませんでした。良いじゃないですか、ドラマの筋書きはリアルにして初めて意味がある、そう思いますし」
 理屈っぽいですね、と世佐美が笑うと、
「いやいや、お互い、似てますよ、そういう所。京野さんのそんな言葉達が妙によく解るんですよね。不思議なもんですよね。でも、ありがとうございます。今まで通り以上の事出来ないかもしれませんけど、時々、こうして会って何か語り合えたら良いですよね」
「そうですね。そうしたら少しは悲しみから開放されるかな」
 その言葉を世佐美が口にした時、茜色に輝く太陽が空に浮かび、見事、初日の出を2人は拝める事になった。そして同時に、月並みでドラマチックなものは何1つなかったけれど、2人が結ばれる原点がそこに生まれた。
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