歴史・音楽・過ぎゆく日常のこと
日日の幻燈





江戸魚市場めぐり、2ヶ所目は四日市。日本橋川を挟んでちょど魚河岸の対岸にあたります。そういう意味ではとってもご近所さん。

【四日市(江戸名所図会)】

描かれている橋は江戸橋。この江戸橋と日本橋間の南側一帯を四日市といったそうです。
この辺りは幕府が開かれる前から四日市場村という村落があり、市が立ち、商いが行われていた場所。野菜や乾魚などを売っていたとか。
その流れで、日本橋の北側に魚河岸が出来るまではここが魚市場の役割を果たしていたということなのでしょうね。
明暦の大火後は、ここに広小路(江戸橋広小路)が設けられ、引き続き繁華な地としてにぎわったそうです。

【江戸橋】

現在は昭和通りとなっている江戸橋。交通量もかなりのものです。1927年に架けられた現在の橋は江戸時代とは若干位置が違うようです。
橋は補強工事中。なので、橋の上から日本橋方面の眺めは工事のフェンスに遮られてしまいほぼ視界ゼロ。この写真は日本橋川の南側からなので、左手が日本橋方面となります。

【旧江戸四日市1】

江戸橋を南側に渡ったあたりです。昭和通りとの交差点、正面に見えるのは日本橋郵便局です。

【旧江戸四日市2】

このまま真っ直ぐ行くと中央通り。日本橋の南詰、かつて晒し場や高札場があったところへ出ます。昭和通りと中央通りに挟まれた、どちらかというと裏道的な感じの旧四日市の魚市場。現在の日本橋の賑わいから隔離されたような静けさです。

【旧江戸四日市3】

この辺りはオフィスビルや銀行、証券会社などが多いようです。平日はそこで働くビジネスマンたちでそれなりの人通りはあるのですが、日曜日なので閑散としていました。
なにかかつての魚市場の名残はないものか…とキョロキョロしたり立ち止まったり。残念ながらそれらしきものは何も見当たらない。

【旧江戸四日市4】

数日前にもここを探索にきました。これはその時の写真です。当時の名残を探して何度も同じ場所を行ったり来たりしていたので、銀行の警備員に胡散臭げな目で見られてしまいました。
江戸時代なら、怪しい奴!ひっ捕らえぃ!!ってとこでしょうか…。

【旧江戸四日市5】

日本橋の南詰、現在の中央通りから四日市方面です。このあたりに晒し場がありました。

【活鯛屋敷跡】

魚河岸が出来たころ、大和屋助五郎という人物が江戸橋の南側に屋敷を拝領し、生け簀を作り江戸城に新鮮な鯛を提供していたそうです。当初は鯛だけだったようですが、そのうち鯛以外の魚も。あくまで江戸城に献上するための魚、今で言うなら官公庁御用達みたいな位置づけですね。
江戸橋を南側に渡ってすぐ、現在の日本橋郵便局辺りが活鯛屋敷の跡地のようです。とくに碑や案内板はありませんでした。


当時の魚市場の面影は残念ながらどこにも見当たりませんでした。
日本橋の北側は路地に入ってもそれなりの賑わい、人通りですが、こちらは何かひっそりとした感じ。目を閉じて在りし日の賑わいに浸るしかないようです。


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