廃校利用 山里の美術館「共星の里」

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昨日、中世黒川院関連遺跡群 第20次地点 現地説明会開催!

2011-09-25 18:16:06 | 9.山里の四季・風土
スタッフよしえです☆

昨日は、ここ黒川の歴史に関する定期的に行われている説明会がありました!
今回第20地点の調査報告があり、柳センセーが参加し、
写真も色々と撮ってきましたので、資料と併せてご紹介したいと思います!
今日は第一弾として、おおまかな黒川院についてと地図を紹介します。


まずは、黒川院について。
先日の記事と重複する内容ですが、もう一度!

【黒川院とは】
黒川院とは、初代助有から第14代舜有まで、代々中世彦山の座主が
住んでいた場所である。正慶2年(1333)後伏見天皇の第6皇子長助親王は、
戦乱を避けて豊前の宇都宮信勝を頼り九州へ下向してくる。
この後、宇都宮氏の後押しにより彦山座主になると、上座郡黒川に黒川院を造営して
法務を司るようになる。
座主は、14代舜有が豊臣秀吉に降伏するまで約250年間この地に居住し、
年に数回彦山へ出向いていたようである。
江戸時代にはいると、筑前国は黒田長政が所有することになり、
黒川に残っていた墓所や旧跡などは、黒田家によりことごとく壊されたと
伝えられている。

[黒川院歴代座主]
初代:助有 2代:浄有 3代:有忠 4代:有俊 5代:有依 6代:有厳 7代:頼有
8代:尭有 9代:興有 10代:有胤 11代:有信 12代:連有 13代:連忠 14代:舜有


【黒川院関連遺跡郡位置図(1/2,500)】




次回は、出土品や、それから見る背景などをお伝えします!!
改めて、可愛らしい犬・猿・カニの焼き物も出てきますのでお楽しみに~☆
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