アトリエ9

何気のないフォト、とりとめのない文、描きかけの絵、etc

シルエットロマンス?

2010-02-08 20:07:35 | マイフォト










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悪戦苦闘は続く

2010-02-05 19:27:02 | 自分の絵のはなし
昨日と今日は二連休だった。
昨日はジムと下高井戸シネマで一日過ごして、今日は家に籠って課題の制作。
休日の使い方がだんだん上手くなってきた。

課題はテキストを良く読み込んで、出題者の意図を十分理解し、正確に規定通りの材料を使って制作しなければならないのでなかなか気を使う。
しかし、提出レポートを含めて硬軟混ざった課題制作は、使うのが久しぶりの(頭の中の)筋肉を使っている感じで刺激的だし面白い。


アトリエ〜。


課題デッサン〜。
まだ途中。右腕が解剖学的にヘンだ。写真に撮るとよく分かるな。


造形基礎の課題ドローイング〜。
「いわゆる抽象絵画にしてはいけない」、というのが難しい。何も考えず、手のクセだけで描いてみる。
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六本木

2010-01-22 21:34:01 | マイフォト
本日、「DOMANI・明日展2009」を見てきた。会期が1月24日までなのでかなりぎりぎりになっての鑑賞である。
この展覧会は10年ほど前からかかさず見てきたものだが、会場が新宿の損保ジャパン東郷青児美術館から国立新美術館に変更になってしまったので、行くのが若干面倒になってしまった。
今年はぴったりくるものがあまりなかったかな。
その中で、安田佐智種の高空からの写真を重ねて作った不思議なランドスケープは面白かった。高野浩子の清楚な彫刻も良かった。
あとは、例によって「かわいい」をモチーフにしたネオポップ。こちらの方は相変わらずどこが良いのだかよくわからん。こちらの感性が既に古いということか。

展覧会を見た後は、六本木の街が久しぶりなのでぶらぶらと歩いてみる。
以下はその写真。













写真は基本的に、ノーレタッチ・ノートリミングで掲載しているが、今回はちょっと遊んでいる。
上から一枚めの色温度を少し上げてみたのと、四枚めはベビーカーの赤があまりにも鮮やかだったのでそれ以外をモノクロにしてみた。
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雨の中を

2010-01-13 02:30:35 | マイフォト
今日は休みだったんだが、本当に何もせずに一日が終ってしまった。
休みが貴重だった頃は休みともなると朝から動き回っていたもんだが。
今日やった事と言えば、昼近くに起き出して銀行に行き今日が締め切りだった会社関係の税金を収め、レストランに寄って昼食を取りドリンクバーのコーヒーのおかわりを繰り返し読みかけの本を読み続ける。その後、雨の中をカメラ片手に近所をぶらぶらと散歩する。その後、ツタヤに寄りDVDを三本ほど借りて家に帰る。
夜はTVの「ライアーゲーム」を見てから、借りてきた一本『重力ピエロ』を見る。
劇場で見たので二度目の鑑賞だが、色々とあったこの映画への批判(主に倫理上の)を踏まえてみてみた。たしかに批判も尤もだという気はするが、ひとつの寓話として捉えると良く出来た映画だとは思う。

下は雨の中の風景。
雨は鬱陶しいが、実はそんなに嫌いではない。
雨だといつもは余所余所しい風景が、少しだけ僕に近づいてくれるような気がする。普段の風景がなんだかとても愛おしく感じられる。
何かに追われない休日もなかなか良いものだとも思う。何よりあまり金を使わずにすむしね。(笑)








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明けましておめでとうございます

2010-01-01 00:08:29 | ノンジャンル


昨年は思いもかけず、色々な方と様々な場所でお会いできて幸せでした。
今年もどうぞよろしく。
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MOTの周り

2009-12-11 21:13:02 | マイフォト
東京都現代美術館は周りに意外に入り込める場所が多く、どの場所もフォトジェニックだ。エントランスが井上雄彦の絵が展示されている関係で撮影禁止になっていたので、外の色々な場所に入り込んで撮影パシャパシャ撮ってみた。実際に色々と探検してみるとこの美術館、水をふんだんに使っていることに改めて気がついた。あの広大なエントランスの地下にも水が流れているのだ。恐らく怪人が住む為の場所だろう。(嘘だ!)

















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本日の展覧会

2009-12-10 23:49:15 | 絵のはなし
本日は、東京都現代美術館に行って半日遊んできたのだが、もの凄く疲れた。
体力が衰えている事を実感してしまった。体力と言っても肉体的持久力ではなくて、感性の体力の方である。
なにしろ、MOTで現在開催されている展覧会は

「レベッカ・ホルン展 静かなる反乱 鴉と鯨の対話」
「ラグジュアリー:ファッションの欲望」
「ラグジュアリー:ファッションの欲望特別展示 妹島和世による空間デザイン/コム・デ・ギャルソン」
「スウェーディッシュ・ファッション-新しいアイデンティティを求めて」
「井上雅彦 エントランス・スペース・プロジェクト」
「パブリック・スペースプロジェクト 大西麻貴+百田有希」
という六つものもので、これだけのイベントが同時に見られるのである。
もちろん、この他に常設展がある。
企画展の中で有料なのは「レベッカ・ホルン」と「ラグジュアリー:ファッションの欲望」だけで後は無料である。有料の二つは観覧料それぞれ1200円だが、共通券を買うと1800円で二つの展覧会を(更に常設展も)見る事が出来る。私は1500円でしたけどね。学生だから。(笑)

僕の一番のお目当てはもちろん、ドイツが生んだ現代芸術家レベッカ・ホルンである。ホルンと言えば、鳥の羽根を使った立体作品やダンスがすぐに思い浮かぶが、銅のような金属を植物のように設置したり水という物質を実に上手く使ったり、素材の多様性に驚く。映画作家でもあるホルン。映画も4スクリーンで8本上映されているのだが、全部見ようと思ったらこの展覧会だけで一日が終る事を覚悟しなければならないだろう。僕は『ダンス・パートナー』(47分)しかちゃんと見る事が出来なかった。
しかしドイツ美術は一種独特な雰囲気があるな。古くは、デュラーやクラナッハからノルデやリヒターなどの表現派、ウンダーリッヒやベルメール、現代美術家のヨゼフ・ボイス。そしてレベッカ・ホルン。皆一様に暗いし、独特の怪しさがあるんだな。そしてその怪しさを僕はけっして嫌いではない。



<アナーキーのためのコンサート>1997 レベッカ・ホルン

<双子の鴉>1997 レベッカ・ホルン

映画『ダンス・パートナー』1978 レベッカ・ホルン

ホルン展を見てから、すぐ横のスウェーデンファッションを見て、ラグジュアリーの方に進んだのだが、正直言ってそのときには美に反応する神経が飽和状態というか、すり減ってしまっていて斜め鑑賞するに終ってしまった。実に勿体ない事をした。じっくり見れば面白いものがいっぱいあったのに。
その中でもギャルソンの川久保玲のドレスのフォルムやカッティングはずば抜けていた。
やはり会期中、もう一度見にいくことにしよ。

  
コム・デ・ギャルソン(川久保玲)

エントランスに展示の井上氏の巨大肉筆「バガボンド」武蔵殿に至っては「ほえ〜」とぼんやり見上げていただけ。
美術館に来るたびに、才能とはずば抜けた集中力とその持続力だという事を思い知らされる。
様々な作家達の集中の凄まじさに押し潰れそうになるのである。そして何処かでポキンと折れてしまうのだ。
MOTという美術館は、建造物としてのデザインはそれほど良くないんだけど、中にいると通路や窓や天井がもたらすビューがとても刺激的で、しょっ中展示方法を変える常設展を含めこちらに挑んでくるような趣きがある。鑑賞者の感性の許容量を試してくるのである。

これからこの展覧会を回ろうという人は、朝から行ってホルン展を見てから、館内のレストランで食事なりお茶なりで一息入れてから次の展覧会を回る事をお勧めしたい。

http://www.mot-art-museum.jp/index.html
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吉原

2009-11-23 01:04:27 | ノンジャンル
TVドラマ「JIN-仁-」の吉原が素晴らしいので、また吉原好きに火がついてしまったよ。(笑)
吉原とはかつて江戸に存在した唯一幕府が公認した遊郭の事である。当然遊女がいて売春をする場所なのだが、そうかと言って今のソープランドあたりと一緒にしてもらっては困る。吉原は一つの文化であり、ファッションの発信基地であり、封建社会にあって唯一此処だけが士農工商の隔たりを越えた自由なサロンであった。
幕府公認の歓楽街と言っても別に幕府から手厚い保護を受けたわけではない。
むしろ隙あらば潰してくれようと御上からは疎まれていた。吉原を支えていたものは江戸の庶民である。愛されていたと言ってもよかろう。少なくとも無いより有った方が良いと思われていた。それでなくては340年も存続出来る筈がないのだ。
現在の東京の感覚で言えば、東京ディズニーランドに対する感情が一番ちかいかもしれない。

愛されたと言っても男にだけだろう、と思われるかも知れないがそんな事はない。遊女と言ってもその最高ランクである花魁にまでなると、それはもうただの遊女ではない。今の感覚で言うと有名女優かトップモデルである。有名浮世絵師の手による彼女たちの美人画は今でいうファッション雑誌で、市井の娘たちは競ってその着物の着こなしや髪型や簪の差し方を真似た。

現在の風俗業界には陰湿なイメージが付きまとうし、江戸時代でも吉原以外の公認されていない郭、岡場所、河原などで春を売る夜鷹などは陰惨な感じがするが、吉原にはそんな暗いイメージはあまりない。
吉原というのは男が遊女を買う場所でなくて、一夜限りの疑似恋愛をする場所なのである。これはただの言葉の遊びかも知れない。しかし、この街全体がそういう演出の上で成り立っていたという事が凄いと思うのである。
遊女はもちろん嘘をつく。男はそれを嘘と知りつつ信じたふりをする。大人同士の腹芸だ。恨みに思ったり追いかけ回したりするのは、無粋とされた。

吉原大門の近くには有名な「見返り柳」があって、そこには
きぬぎぬのうしろ髪ひく柳かな
という川柳が残っている。「きぬぎぬ」とは「後朝」と書く。夜明けの光が仄かにさすあたりの時間。今でいうと朝4〜5時あたりかな。吉原では連泊は許されていないから、このくらいの時間になると粥一杯を食わされて追い出される。
追い出された客は柳のところで、名残惜しそうに必ず振り向いた事から見返り柳という名が付いた。やっぱり恋愛なんだよ。

さて、お待ちかね、いよいよ花魁だ。(誰も待ってないし)
時代によって異なるが、吉原には常に千人以上の遊女がいたが、花魁と呼ばれる遊女はその中でほんの数人しかいない。10人にも満たない。
これぞと睨んだ少女に金をかけ三味線などの芸事だけでなく古典文学や和歌などの教養全般を仕込む。
花魁を揚げる為には恐ろしい程の金がかかる。いくら金を持っていても、いきなり郭に行ったって会ってももらえない。花魁に会う為には引手茶屋という店に仲立ちをしてもらう必要があるので、まずそこの馴染みになり豪勢に金を使う必要がある。「ま、紹介してやってもいいけど」という事になって、やっと座敷を設けることになるんだけど、初会では広い座敷の端っこに座らせれていると、遥か上座に花魁がしずしずと現れて顔見せとなる。もちろん一言も口を利いてはいけない。初会はあくまでも花魁の方が客を品定めする座なのだ。そこで嫌われたらもう望みがない。一生会うことも出来ない。
二回目の顔見せは裏と呼ばれ、三回目でようやくお床入りという事になる。
これを見れば分かるとおり、花魁は吉原という街全体にお金が落ちるシステムである。花魁ひとりを揚げるのに今の金額でいうと数千万、ひょっとしたら億という金がかかる。推理作家の島田荘司さんは、花魁を揚げるという行為は遊女を買うというレベルではなくて吉原という街のパトロンになるという事だ、と書いている。

吉原と言っても娼窟である事に間違いはなく、その基本は人身売買である。
花魁の「ありんす」言葉も東北なまりを隠す為だったという説が有力だ。
被差別者の集まりである吉原で、花魁という一種の架空のヒロインを作り上げ客が大名であろうが豪商であろうが下座に座らせ、それについてつべこべ言う奴や権力を振りかざす奴を無粋と決めつけた、江戸の底辺に生きる人々のそのしぶとさと知恵に感嘆するのである。
思えば「粋」という封建社会のシステムの全てを超越した価値観の創造こそ、江戸ッ子の最大の発明ではなかろうか。

被差別者と書いたが、面白いのは遊女達は年季が明けると生まれに関係なく町人として生きる事が出来るようになったというのだ。つまり、出身出生に関わりなく吉原という街を一度通れば士農工商の枠の中に入れてもらえる。吉原というのは被差別の中に生きてきた女子にとって巨大な濾過装置だったという説がある。
それに比べ吉原の男衆は吉原者と呼ばれ、ランクは永久に非人のままである。
映画『さくらん』では吉原の遊女を鉢の中の金魚に例えていたが、男衆こそ吉原という鉢の中でしか生きられない金魚なのである。
『JIN-仁-』の中で野風花魁が倒れた置屋の主人をなんとか助けたいと仁に涙ながらに頼むシーンがあったが、こういう背景を知ってみるとまた違う趣きが出てきそうだ。

吉原の遊女の年季明けの確立は以外と高くて八割を越えていたらしい。明けられなかった二割の多くは、この職業の職業病ともいうべき梅毒のせいだったかもしれない。
維新後の明治の代になり、年季明けの確立は逆に急激に減ってきてしまう。
どうやら、吉原という街は江戸には愛されたが、東京には愛されなかったようだ。
昭和31年の売春防止法の施行による消滅も致し方なしというところだろう。
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太宰と清張

2009-11-18 23:51:14 | ノンジャンル
今年生誕百年を向かえた二人の作家。太宰治と松本清張。
この二人が同じ歳だったという事実に驚いたのは、私だけではないだろう。
日本が生んだ偉大な作家という意味では共通しているが、その他の事ではあまりにもふたりは対照的である。私小説の神とも言える太宰と、社会派の巨匠清張。
二人の執筆期間はまったく重なっていない。帝大を中退後新進の作家として華々しくデビューし僅か38歳で自殺した太宰。それに対し、42歳で本格的に執筆活動を始めた清張は小学校しか出ていない。これだけ見るとエリートと雑草みたいな図式に見えるが、太宰があれほど熱望し遂に手にする事が出来なかった芥川賞を松本清張はあっさりと取ってしまったように、文学賞という見地から見ると清張は太宰より遥かにエリートである。
芥川を真似てポートレートまで気を使った太宰は文壇のいわばアイドルで6月19日(遺体が見つかった日であり同時に誕生日でもある)の桜桃忌にはいまだに菩提寺である禅林寺には多くのファンからの花が手向けられる。
それに対し清張のルックスはあの通り。歌手の小椋佳がまだ顔を見せずに活動していた頃、東大出の第一勧銀のエリート行員で甘い声の持ち主で…、と女性ファンの甘い夢を砕いた衝撃の噂。「顔は松本清張似」。(爆)当時、清張に似ているという言葉は男にとって「死んだ方がいい」といわれている様なものだった。(あくまでもルックスね)

長い間、僕自身の印象は太宰=文学史の中の作家で、清張=現代の作家というものだったが、最近はむしろ清張の方が読まれていないようである。本好きの人達の中でも清張を読んだ事がないという人が多く目につく。
「ゼロの焦点」の能登金剛ヤセの断崖や「波の塔」の青木ヶ原樹海は小説以後自殺の名所になったし、明らかに松本清張の小説を真似た犯罪が多発したりと、かつてこの作家の書いた小説が社会に及ぼした影響力の大きさは計り知れないものがあった。しかし清張の小説はあまりにもその時代の社会と深く結びついていた為、時代の変化と共に古びていく事は致し方ない事なのかも知れない。ひたすらに「私」を描いた太宰文学の方が普遍性を持っているのかも知れない。

しかし、この作家が40歳過ぎてから作家活動を始めたにも関わらず、死ぬまでに長短編合わせ千を超す作品を残し、そのどれもが高い水準の質を保っていた事実を忘れてはならないと思う。実際、多作と品質のバランスを高いレベルで保ったという意味では、古今東西スティーブン・キングと松本清張が双璧ではなかろうか。
推理小説の分野では「清張以前、清張以後」という言葉が厳然とあるし(というか、清張以前は探偵小説と呼ばれていて、推理小説は清張から始まった)、彼の創作は推理小説だけに留まらず、ノンフィクション、評伝、古代史、現代史まで多技に渡る。フィルムに残る清張は何だかいつも急いでいる。家にいる時も小説の取材をしている時も。実際、編集者などの証言によると清張の口癖は「オレには時間がない」というものだったらしい。三島由紀夫を生涯の敵と見なし、作家の自殺には「書く事がなくなったから死んだ」と容赦なく切り捨てた。
生涯「死」にこだわり続けた太宰と、あくまでも「生」に執着した清張。
いままで松本清張を読んでこなかった方も、帝銀事件や下山事件など闇の戦後史を描いた清張渾身の著作「日本の黒い霧」はせめて読んで欲しいと願う。
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『ゼロの焦点』

2009-11-18 21:28:25 | 映画のはなし


新婚僅か一週間で謎の失踪を遂げた夫。
失踪の手がかりはおろか、夫について何も知らなかった事に改めて愕然とする妻。
ただひとつ心当たりといえるようなものは、夫が時折見せていた自分にも今の生活にも向けていない、どこか遠くを見るような焦点の定まらぬ眼差し。(これが題名の由来)金沢行きの列車に乗り込んだヒロインは列車が動き出した時、運命が転がり始めた傾斜感を強く感じた。

原作は松本清張の歴史的傑作。女性が女性である悲劇から起こった事件を、女性の視点で追いつめていく図式(今はフェミナ・ミステリーと呼ぶらしい)は発表当時は新鮮だっただろう。
雪と風が吹きすさぶ北陸能登の荒涼とした風景。常に荒れ狂う冬の日本海。今は死語になってしまった「裏日本」という言葉が実にしっくりくるその風景の中で、ひとりぼっちで行方不明の夫の姿を追い求める新妻。
映画は驚くべき忠実さで原作の持つテイストを良く伝えている。良い意味で無味無臭の広末涼子。生活感を出すのに実に巧みな木村多江。大女優への道をまっしぐらに突き進む中谷美紀。それぞれの持ち味が上手く解け合い、実に良質なミステリーに仕上がった。
良質なミステリーと書いたが、実はこの小説、整合性という面からは昔から色々と言われてきた小説である。憲一がなぜあんな形の生活をしなければいけなかったのかとか戸籍の問題とか、そもそもこの一連の殺人について「殺さなきゃいけない程の事か?」という根本的指摘(?)まであって、まあ色々と綻びが多い物語ではあるのだな。(『砂の器』もそうだけど)
にも関わらず、清張の代表作に数えられているのは、上記の女性が同性である女性を追いつめていく。そして真相が明らかになっていくにつれあの時代の女性の悲劇が見えてくる。そこに現れる哀感。そして、なによりこの小説が日本で初めて「文体」によって描かれたミステリーだからだろうと思う。

同じ赤いコートを着た三大女優の立ち位置が刻々と変わる『ゼロの焦点』公式サイトのフロントページもカッコいいのでぜひチェックして下さい。赤いコートが重要な意味を持つのは映画を見ると分かる。
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