kyon's日誌

つれづれに・・・

米寿祝いの会でした

2017年03月21日 | 日記
米寿祝いのランチ付き温泉を決行して来ました。
天気良し、米代川を渡る時の橋の上から海がすぐに見えますが、波は凪・・・
まぁ、一同、時間通りに集まりまして・・・と言っても7名だけですが・・・(^^ゞ
あ、クー太郎も能代まで同行したのですが、実家でお留守番をしてもらいました(笑)

能代温泉 湯らくの宿のしろhttp://u-noshiro.com/


お値段もリーズナブル・・・年寄りが居るというので一階の大広間?に用意してもらい、助かりました。
お風呂もあまりゴチャゴチャとあれもこれもあるという洒落たものではありませんが、普通に地味なのが好かった(笑)珍しいものが沢山あっても年寄りには一々動くのが面倒なだけで・・・妹とワタシ、娘も何気に・・・三人が88歳を抱えながら・・・(笑)
母には熱過ぎないお湯がちょうど良かったらしい。
ご飯を食べてから入るなんて言ってたのに、誰かがお風呂に行ってくる~と言うと、自分もやっぱりご飯前に・・・というので、奥の風呂場まで長い廊下をワラワラと出陣でした(笑)
はじめてこんな立派な所に来た・・・みたいなことを言うので・・・あ、そう?と吹き出しながら、ワタシは初ですが、食事中に茶碗蒸しを食べながら、実に旨い、と、思い出した・・・「ここは昔来たことがある」ってが(笑)
記憶が味に頼っているというのも味に煩い母らしいのですが、自分でここにもあるじゃないかと言ったのもすっかり忘れている。
ああやっぱり・・・と妹とワタシはアイコンタクトで納得でしたけどね(笑)
保養センターとして昔からあったらしい・・・。

で、母は満足してたようで、皆で写真でも撮りましょうとなって母のスナップを・・・
おお~、天井を見上げて大口開けて呵々大笑のスナップが撮れました。
記憶の失念、喪失もかなり進んでいるように思われる事が多くなったが、まぁ・・・どうにかここまで生きてきたのだね・・・7人兄弟姉妹の中の末っ子でありながら、一番長生きしている・・・これは身に備わった福運というものだと、まことしやかにエラそうに話すあたり・・・まぁ、母らしい訳ですけどね・・・(苦笑)
自分の幼い頃の末っ子としての親から可愛がられた話も自慢げに話しておりました・・・
何しろ嫁に行くまで父親(湯たんぽ代わり)と寝てたっつうのには驚きますが・・・(苦笑)
今じゃあり得ないね・・・妹などはヒクヒクと震えておりました(笑)
まぁ、色々なことが普通じゃなかったようなエピソードに溢れた母でしたが、さすがに13時半頃になるともう眠い・・・というので、日帰り4時間コースは少し早めに切り上げて病院に送り届けた。
実家で洗濯物をして、留守番のクー太郎が逃げ回るのを捕まえ、ようよう秋田の我が家に向かったのはもう三時半を過ぎていました。
ランチが多過ぎて満腹状態から、夕飯は妹に貰ったパンと肉じゃがと蒸したキャベツで(笑)

今朝は体がかったるい・・・なので散歩を休む・・・
無理はしない・・・まずは一つ片付いた気がして気が抜けているせいだろう・・(苦笑)
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4 コメント

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Unknown (いつでもゆめを)
2017-03-21 09:37:12
きょんさん!大変 お疲れ様でした
何しろ お母様ご自身が満足されたのであれば
何よりでしたねー
親子 姉妹 とは言え 色んな気疲れあったでしょう
どうぞ ゆっくりしてください!
クー太郎君 大丈夫ですか?
一人お母さん宅に残されて 何か おいたをしていなかったでしょうか?(笑)
ゆめ様へ (kyon)
2017-03-21 15:35:32
ありがとう、クー太郎はお利口さんしてたんですが、ワタシ等がいよいよ片づけて帰る時になってあちこち暴走しまして・・・(笑)娘に捕まるのが嫌のようで・・・手こずらせ、シャーっと威嚇したらしい(笑)
車の中に乗れば乗ったで諦めもつくのですけどね・・・(笑)帰ってからはいつものようにしてましたよ(笑)
あいつも齢をとった・・・行った所は覚えているんですね・・でも、日帰りだったから疲れたみたい(笑)
ワタシも・・・ちょっとかったるいですけど、もうそろそろ・・・大丈夫になってきました・・しっかり夕飯を作ります(^_^;)
複雑な安堵感? (伊豆の花)
2017-03-22 08:59:07
おはようさんで~す。

「素敵な笑顔」のお写真が出来たようですね、良い事です!

「一つ片づいた」という気持ちは、私にも分かりますね。
我が母の「米寿祝」は、私が母と同居を始めた、お互い最悪の関係の時でした。
若しかすると、まだ一年早かったかもしれませんが、母が翌年まで生きているかどうか不確か(結果は8年生き延びました)だったので、かなり強行開催だったのですね。
でも、生きている内にお祝いをしてやりたい(否、自分がしたかった)と思ったからです。

しかし、その記念写真に写る母の顔の最悪な事・・・その写真を見る度に、ちょいと複雑な気分になりますが、やはり、「子としての責任を一つクリア」したという安堵感はありましたね。
伊豆様へ (kyon)
2017-03-22 17:28:19
まぁ・・・これも記念ですね(笑)
病院に居ると渋い顔ばかりですから・・・(苦笑)

そうです、やっと一つこなれたのです・・・ご理解いただいてありがたし。
しかし・・・これから伊豆様の母上のように8年も・・・と考えると・・・タハハ・・・ひゃぁぁぁ・・・!!!・・・ですわぁ・・・
ワタシの方が早くにポシャルかもなぁ・・・老々介護って、現実としてホントに考えさせられますねぇ・・・
いずれ、病院から出される状態になったらどうしようかと時々ボンヤリと考えたりすると・・・血圧が上がりそうで(苦笑)・・・今は考えないようにしてますよ(苦笑)

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