Happy Go Luckyな生活

常夏のフロリダ在住。アメリカ人、日本人、猫1匹、そしてちび怪獣が加わりました。フロリダの生活など綴ります。

ほぼ初ディズニー

2017年03月10日 | Weblog

火曜日に子供たちは学校を休んで(大きな声で言えないけど。)ディズニーに行ってきました。

火曜日に行ったのは、週末の混雑を避けるためと、ディズニーのホテルのレンタカー会社で働いている弟のゲストパスを使うため、弟が休みの日と合わせて行ったため。火曜ー水曜はいつもはパパがゲインズビルに泊まりで行っているけど、今週だけあっちの学校は春休みということで今週だけ行かなくてよくなったのでちょっと前から今週の火曜日って決めていたのでした。

が、しかし。。。日曜夜あたりからりあなとひゆうがお腹が痛いと言い出し、案の定月曜二人とも熱。りあなは下痢と嘔吐も加わり月曜はぐったりしてました。弟はもうすぐディズニーの職場を離れるのでパスが使えるのももう少しということで、火曜日、二人とも熱が下がり、聞いたら行きたがっていたので万全ではないけどいざ出発!

9時オープン前に行きたかったんだけど一緒に行く弟を待ってたりしてると出発が遅くなり、通勤の渋滞にはまり、途中でりあながトイレに行きたいと言い出しひゆうは車の中で嘔吐し、なんだかんだのハプニング続きで9時半過ぎ到着。マジックキングダムは特にゲートまでフェリーかモノレールで行くのでその分時間がかかり、入ったのは11時頃。弟のおかげで2枚分のチケットがタダになりましたが、子供3人分で合計300ドル超え。高い!10歳以上は大人料金なのでまいらは107ドル、子供料金のひゆうとりあなはそれぞれ101ドル。子供料金、もっと安くしてほしい!パーキングも20ドルだし、あまり贅沢をしないうちにとってはi一日にこれだけはかなーり痛い出費。

前にディズニーに行ったのはまいらが3歳、ひゆうが数か月の時。まいらを3歳以下で通し、大人はフロリダ住民のスペシャルなチケット、4パークで100ドルのチケットを買って行ったのは7年前のこと。もう同じタイプのチケットも3パークで130数ドルという値段にアップしています。1回の入場券もかなーり高くなりました。それでもいろんな国からどんどん人が集まってて儲かってるんだろうなー。平日なのにすごい人。ひゆうが小さいうちにりあなが産まれたので、常にチビがいて、ディズニーとか行ってもみんなで乗れる乗り物少ないし、疲れるし、、って思ったり普通に日常が忙しすぎて今に至りました。まいらもほとんどディズニーの記憶はないので、今回がみんなほぼ初めての体験!

 

何、この左のりあなの嫌そうな顔。。笑 前の日はちょっと涼しかったのに、この日は10時ごろからもう暑くてバテました。

前の日の夜にネットでファーストパスの予約をしたんだけど、最初のファーストパスを9時15分ー10時15分の間で取ったけど、その時間に間に合わず。でも無事に最初のライド、ホーンテッドマンションに入れました。りあなはちょっと怖がってたけどみんな楽しかったようです。それからちょっとショーを見たり高いプレッツェルをみんなで分けて食べたり、すべてが高いお土産屋さんを見たりしながら過ごし、定番のIt's a small worldに乗り、りあなはまだちょっと下痢気味で何回もトイレに行きましたが幸いそれ以外は大丈夫で楽しめました。モンスターズインクのLaugh Floorっていうアニメーションのショーは初めてでしたが観客を巻き込んだコメディーみたいな感じで子供もいっぱい笑えて楽しかったです。

お小遣いでスティッチのマグネット付きぬいぐるみを買いました。

最後にファーストパスで取ったスペースマウンテンに乗りました。ファーストパスなしでは120分待ちでした。後で考えてみるとまいらが小さかった時に行ったときはこれには乗らなかったので、最後にこれに乗ったのは結婚する前に友達と一緒に行った10数年前。私の記憶ではもっとマイルドで、星がきれいで最後にグッと下るところがあったくらいだと思ってたんだけどこれが大間違いで、最初からかなり過激!りあなもひゆうもこれはさすがに怖かったみたいで(座席が一人ずつだったので私がりあなの後ろでなんとか励ましていた。)もう乗りたくないと言ってました。あんなにローラーコースターに乗りたい!って朝から言ってたのに。。。私の記憶はもしかしたら東京ディズニーのスペースマウンテンだったかもしれないけど、それでももう20年前くらいのこと。。ちゃんと調べればよかった。。スプラッシュマウンテンにすればよかった。。もうみんなローラーコースターは乗ってくれないかもしれない。。笑

これが終ってからはもうみんな疲れ切ってて、りあなが帰りたいと言い出し、みんな賛成で帰路につきました。帰りもちょうどうまく渋滞にはまり、かえってみんなゆっくり休みました。

はー、疲れた。私も楽しかったけど、やっぱりこれだけの金額を出すんなら他に何ができるだろう、どんなおいしい物が食べれるだろう、とか、そういうことを考える食い意地が張っている私。。(笑)とりあえず子供も満足してくれたのであと数年行かなくてもいいかなーと思います。 

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最近のいろいろ。。

2017年03月01日 | Weblog

最近もいろいろあってバタバタしてました。

お義母さんがうちに居候することになってもうすぐ1年になりますが、そろそろ自分で生活できるように新しいところを探してね、って言っていた矢先に入院することになって、もう退院したんだけどとりあえずうちに帰ってきてもう3週間近くになるんだけどいまだに自立できていません。

もともと血圧が高く、血圧を下げる薬をもらっていたんだけどちゃんと飲んでいなかったらしく、大動脈解離という状態になりかけだったらしく、はじめは手術が必要かもと言われてたけど、血圧も下がり状態が良くなったので経過観察ということになって家に帰されました。

でも3週間弱入院していたので、看護婦さんとフィジカルセラピストの人が家に来てくれて歩いたり運動したりして元の生活に戻れるようにしてくれるんだけど、最初の1週間はまぁ今までのように自由が利かないししょうがないと思うけど、いまだにほとんど部屋にこもりっきりなので私もジェレマイアもどうしたものかと頭を抱えています。セラピストの人が来ても最初は歩くのが嫌だとか子供みたいな態度なのでセラピストのおばちゃんもやりにくくてこっちが申し訳なくなりました。。元々お義母さんが寝てた部屋はひゆうの部屋で、2段ベッドと机と本棚、タンスだけで、テレビはない部屋だったんだけど、退院して2日目くらいに日中することがないからテレビが見たいというのでその時は階段も自由に上り下りができなかったのでしょうがなく机の上にテレビをおいてあげて、ご飯もそこで食べられるようにしてあげたのはいいけど、もうすぐ退院3週間になる今も一日ほ部屋でテレビを見るだけ、晩御飯の時だけ下に降りてくるという生活をしている。。セラピストの人にも、体力をつけるには運動しかないし、一日ずつ少しでも歩く距離を増やしていくのがいいと言われてるんだけど、自分で運動しようとしてない。。保険の関係でセラピストも5回の訪問が契約だったらしく、それも終了。あとは自分次第。

そろそろひゆうも自分の部屋で何かしたいこともあるだろうし、机も使えないし私も掃除したいし、仕事しろとかそんなことは言わないけど、孫と話すとか本を読むとか、ちょっと庭に出るとか、他にできることはいっぱいあると思うのに。。そろそろテレビを取り上げでもしない限り部屋からでてこないかもねー、なんて言ってますが、ほんとにそうでもしないと出ていかない気がしてきました。笑 こっちから「ちょっとくらい動けば?」って、私から言うと角が立つし。。お義母さんは10人兄弟なんですが、妹(ジェレマイアのおばさん)の一人は離婚してて一人でオクラホマに住んでるので、しばらくおばさんと住んでみるとか、ちょっと自分と同世代の人と過ごすっていうのもいいかも、と思ったり、他に間借りできるような安いところをいろいろ探したりしています。病気の時はもちろんしょうがないけど、まだまだ年齢的には若いんだから孫たちのために頑張って自分で生活できるようにしてもらわないと!

 

さて、補習校ももう学期末に入ってきました。先週は学習発表会でした。りあなは好きなものの発表で、「私の好きなたべものはそうめんです。つめたくてツルツルしているからです。」ってみんなの前でちゃんと言えました。ひゆうの学年は詩の群読と「友達はいいもんだ」の歌の発表。まいらの学年4年生は法被を着てお祭りをテーマに発表でした。どの学年もなかなか面白かったです。今週はまとめの漢字テスト。どうなることかと思ったひゆうも、毎日漢字練習の宿題のおかげか、ほぼ1年生の漢字を覚えられました。まいらの4年生の漢字の難しさはは漢字が苦手な私にも痛いほどわかりますが、あと一息、頑張ってほしいです。ひゆうは100点でご褒美、まいらは少しハードルを下げて80点でご褒美ということにしたらやる気がでたみたいで頑張っています。

今年は冬が短かった気がしますが、庭の桃の花も咲いて日中は暑い!今年は2回いちご狩りに行ってきました。甘くておいしかったです!

  

 

まぁなんだかんだでいろいろありますが、春休みは楽しもう!っていうことで、ちょっとどこかに行ってきます!

 

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まいらさんの悩み

2017年02月13日 | Weblog

まいらさん、4歳から補習校に通い始めて今4年生ですが、この間初めて、「小学校が終ったらもう補習校やめてもいい?」と言い出した。

話を聞いてみると、「忙しいから。」、と言う。

今4年生で、現地校では小学校最後の5年生。5年生になってから宿題が少なくて、本読みはバスで終わらせ、家に帰ってきてパソコンでそのログをつけたり、たまにプリント1枚くらいあることがあるけど、プロジェクトが多かった去年に比べるとものすごく楽になった上に、補習校も去年の3年生は宿題が多くてまさに忙しかったけど、(友達と遊べず毎日6時ごろまで宿題をしている日々でした。)今年は一日30分くらいで終わるような量。だから3時半ごろ帰ってきて4時過ぎには宿題が終り近所の友達のところに毎日のようにチャリで出かけている。

だから友達と遊ぶ時間もあるし全然忙しくないでしょ、っていう話になり、宿題が嫌なのか、私がいつも漢字の練習しときなさい、ってガミガミ言いすぎてるのか、何が嫌なの?、っていろいろ話しているとたどり着いたのは、宿題をしているときに私がりあなとひゆうばっかり手伝って自分のことは全然手伝ってくれないのが嫌、っていうことでした。

3年生で辞書の引き方を習って、それ以来わからない言葉は自分で調べるのが大事だからいつも意味を聞いてきても自分で調べなさい、って言ってるし、ワークをやっててもわからないともう一回教科書読み返しなさい、って言ってたんだけど、それがやっぱり孤独に感じてたんだな、、とわかりました。私のほうも、まいらはもう自分でなんでもできるから言わなくても聞かなくても大丈夫、と信頼して安心しきっていたところがあって、音読してても横でなにかやりながら聞いてたり、ひゆうがまだ横について宿題をやらないと進まないのでそっちのほうにばっかり気を取られたりしてて、まいらさんにはあんまり時間を取れてなかったなー、と、悪かったなーと反省しました。

最近はことわざを使って作文する宿題が多くて、意味を調べてもいまいちわからない、っていうのもあり、たぶん達成感とかそういうのがあんまりなくて宿題もやれと言われるからやってる、みたいな感じだったんだろうな。。現地校では勉強ができるほうなので、補習校の教科書とか読んでも難しいとか、近所の仲良しな友達は土曜日もゆっくりしてるのに一人だけ学校、とか、たぶん今までちょっと嫌だと思ってたけど言わなかっただけで、下の二人もうるさいしなにかと我慢することが多いんだろうな、と思います。。。

それで下の二人が寝てからいろいろ話して、これからはできるだけ私も一緒に考えるようにするし、確認も一緒にしようということになってもう少し頑張って行ってくれることになりました。行くのはいやじゃないし友達とも仲良し。宿題も自分でちゃんとできてるし、漢字も全部ではないけど7割くらい覚えてるので今やめたらもったいない、っていうのが私の正直なところだけどそれは子供にとっては親の勝手な迷惑なお願いでしかない。。でも大きくなったら補習校に行っててよかった、って思ってもらえるように、仕事とか、自分より選択肢がある人生であってほしい。高校生になったら補習校でボランティアができて今のりあなみたいな子たちのクラスでお手伝いをしてクレジットがもらえるんだよー、って言ったらちょっとやる気になったみたいです。まぁ高校生でボランティアとかそこまで望んではいないけど、できたら小学校卒業まで行ってほしいなぁ、と自分勝手に願う母なのでした。最近まいらは週末も友達と遊んでるし家にいるときも友達とテキストしたり長電話したり、どんどん大きくなってるので、子供一人ひとりとの時間、大切にしないとなー、って思います。

 

節分は恒例の落花生で豆まきをしました。明日はバレンタイン!まいらさんは自分でクラスの人数分カードを手書きで作り、ひゆうとりあなは去年のバレンタイン後にセールで買った鉛筆&バレンタインカードを配ります。人数分名前を書くだけで一苦労!

 

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ジョージ・タケイ講演会

2017年01月24日 | Weblog

この間、ジョージ・タケイの講演会に行ってきました。

ジョージ・タケイは日系アメリカ人で、スタートレックのスールー役で出て有名になった俳優さんですが、2005年にゲイであることを公表しその後いろいろな活動にも参加しています。アメリカでは知らない人はいないっていうくらい有名な人です。

 

1937年ロサンゼルスで生まれ、比較的裕福な家庭で幸せに暮らしていたそうですが。。。。以下ウィキペディアより抜粋。

平和な日々を送る一家に転機が訪れたのは1941年日米開戦からである。タケイ一家は1942年大統領令9066号によりアーカンソー州ローワー強制収容所へ強制収容されることになる[6][7]。過酷な日々を送っていた一家は、今度はタケイの父が当時踏み絵的に行っていたアメリカ政府に対する忠誠心の調査「忠誠登録」(Loyalty Questionnaire)で忠誠を拒否したために、カリフォルニア州テュールレイク強制収容所へ送られた。テュールレイクは反米主義者とみなされた者が多く送られた場所で、一種の隔離収容所であった。1945年8月の終戦後もテュールレイクだけは翌年まで閉鎖されなかった。タケイ一家は、3年あまりにわたる苦難の生活から解放された後、タケイの生まれ故郷ロサンゼルスへと帰郷する。片道切符と政府から支給された25ドルしかなかった家族は、ロサンゼルスのスラムに住まざるを得なかったが、そこでクリーニング店を始め、その後軌道にのる。

タケイは1956年建築学専攻でカリフォルニア大学バークレー校に入学するが、在学中に俳優の夢を持っていたために1958年カリフォルニア大学ロサンゼルス校 (UCLA) に編入、演劇学学士大学院で演劇学修士を取得する。

1960年リチャード・バートン主演の『北海の果て』の出演がきっかけで、俳優としての知名度を高めていくこととなる。1966年、自身の看板作品となる『スタートレック』シリーズにおいて、番組のプロデューサー、ジーン・ロッデンベリーの発案でヒカル・スールーを演じることになり一層知名度を高める。

 

日系というだけで、アメリカで生まれて育った日系アメリカ人たちが強制収容所に送られ、ジョージ・タケイは当時まだ5歳くらいだったそうですが、その時のことを語ってくれました。銃を持った兵隊が家に来て、妹の面倒を見ている間に母親が急いで荷物を詰めてトラックに乗せられて連れていかれたのを鮮明に覚えていて、きれいな家から汚い馬小屋の一部屋で家族みんなが寝なくてはいけなかったこと、有刺鉄線に囲まれたキャンプで過ごす日常が当たり前になったこと、日本とアメリカの間の戦争が終わったことで、収容所も閉鎖となり、元の場所に戻るにも経済的に苦しかったことなど、貴重な体験を聞けました。

やっぱりネットとかで読むより実際に話を聞くのはパワフルです。ジョージさんも妹も当時小さかったので事の重大さはあまり感じていなかったそうですが、ご両親の屈辱を思えば、つらかっただろうなーと思いました。彼の父親が亡くなった次の年、1988年、レーガン大統領によってアメリカ政府は正式に謝罪し、生き残った日系人に一人当たり2万ドルの賠償が支払われたそうです。

 

ジェレマイアはスタートレックのファンだし、面白いかなと思ってチケットを取りましたが、日本人として聞いておいてよかったです。このシリアスな話だけでなく、スタートレックの舞台裏の話や同性愛者の結婚の合法化の運動のこと、彼のパートナーとの結婚のことなどいろいろ話を聞きました。

この日はちょうど19日、トランプ氏の大統領就任式の前日。イスラム教徒の登録システムを公約しているトランプに、ジョージ・タケイは日本人の強制キャンプのような歴史は絶対繰り返してはいけない、と反対しています。今の時代に強制キャンプとは考えにくいけど、宗教や出身地によって自由が奪われるのはこの国の誰もが平等で自由だという思想も脅かしている、とメディアでも呼びかけてたくさんの人が賛同しています。

もちろん私もジェレマイアもトランプさんには政治がどうのよりも人間レベルでどうしても賛成できないし、大統領って、みんな憧れの立場であるはずなのに、子供にも見せたくないというか他の国にも自慢できたもんじゃない。就任式の来場者数も明らかにがらーんとしてたのに過去最高だったとトランプの広報が嘘をついたことでいろいろ波紋が広がっていますが、こんなことで嘘をつくなら次はどこで嘘をつくんでしょう、という感じ。トランプ反対派の運動もいろんなところで起こっています。今から4年はこの国がどうなるか。。。

 

話は変わり、まいらは今年8月からミドルスクール!今月の月末は中学校で保護者向けの説明会があります。まいらは4月生まれなのでアメリカの学校のほうが先に始まりましたが、アメリカでは小学校は5年生までなので、中学校、高校のスタートが日本と比べてさらに早くなります。日本では4月から5年生なのにアメリカではその数か月後から中学生。私のほうが心の準備ができていない!同じ日に子供たちも小学校から遠足みたいな感じで中学校を見学に行くそうです。今年はりあなもキンダーだし、二人が新しいところでスタートになります。うちのパパも10年近く務めた職場をとうとう先週離れ、フロリダ大学のオンラインコースを受け持つようになりました。今年はいろんな変化がある年になりそうです!

 

 

 

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2016年クリスマス&キャンプ

2017年01月02日 | Weblog

明けましておめでとうございます。去年から更新がゆっくりになってしまいましたがしぶとく続けていきたいと思っています。今年もよろしくお願いします!

年が明けてしまったので去年のことになりますが、クリスマスも無事に終了。サンクスギビングはうちで家族が集まったので、クリスマスは自分の家族だけ水入らずで過ごそうと思ったのに、呼んでもいないのに来てほしくない妹と弟が家に来た。そこで家に入れないわけにもいかないので上がってもらうのはいいけどなかなか帰らない。お義母さんがうちにいるので、あっちからするとお母さんの家に来てくつろいでいる感じなのかもしれないけど、ご飯作るのは私たちだし、みんなが来る想定をしてなかったのでご飯は自分たちだけで食べようと思っていた。幸い(不幸にも??)クリスマス用のハムは大きめを買ったから、子供と自分たちの分を取り分けてから食べてもいいよ、と言ってあげたけど、片付けももちろんせず。。こっちはイラっとしましたが、まぁいつものこと。

でもせっかくクリスマスは楽しい日なんだからそんなことは考えないようにして子供たちとおもちゃで遊んだりしてました。みんなそれぞれプレゼントを気に入ってくれて、私も念願の鍋&フライパンセットをもらいました。ジェレマイアにはキッチンエイドのスタンドミキサー。ターゲットのブラックフライデーのセールで元々400ドル以上のスタンドミキサーが199で出ていて、更にディスカウントが効いて180ドルくらいでオンラインでオーダーしました。でもバックオーダーかなんかで出荷が遅れ、クリスマスには間に合わなかったのでスタンドミキサーの写真をプリントして”Coming Soon!”って書いたのを箱に入れて渡しました。笑 今日、出荷のお知らせが来たのでもうすぐ届くかな。

次の日もいろいろ新しい物で遊び、ゆっくりしてから28日、世界遺産、エバーグレイズ国立公園にキャンプに出発。

おじさんとジェレマイアは何回かここでキャンプしたことがあるらしいけど私と子供たちは初めて。フロリダ半島の最南端、フラミンゴというところがキャンプ地。オーランドから車で5時間ということで2時間半ずつ運転して交代しました。ちょうど2時間半で、ジェレマイアの実家があったところ、パームビーチ近くのジュピターという町にたどり着き、ちょうどいい機会なので昔から通っていたダイナーでランチを食べていきました。それからマイアミのエリアを通り過ぎ、田舎っぽいところを走ってエバーグレイズ国立公園に到着!でもゲートからキャンプ地まで40マイル、何もないところをひたすら走ります。この国立公園はアメリカの中でデス・バレー国立公園、イエローストーン国立公園に次いで3番目に大きい国立公園だそうです。中にはいくつものトレイルがあります。

3時半ごろ、キャンプ地に到着。車を開けるとともに蚊の大群が車に入ってきた!冬だからと見くびっていたけど、ここの蚊は猛烈!すぐ虫よけスプレーをしたけどすぐブンブン寄ってくる。蚊の他にもNo-see-umsノーシウム(通称、”見えない奴ら”という直訳の名前がついてる、目に見えるか見えないかくらいのハエの種類。)がいっぱい。気が付いたら奴らが腕や足にとまっていて黒い点が見えたらすぐ手で掃うけど時すでに遅し。虫よけスプレーもマメにふりかけてシャツや頭までしたのに帰ってくる頃にはみんな腕や首、じんましんのように赤いぶつぶつになってました。

とにかく、キャンプ地は最寄りの町から40マイル以上離れたところ。でっかいハゲワシが飛び交っている。

このBlack Vultureと、赤い顔のTurkey Vultureがいっぱい飛んでいました。キャンプ場のご飯を狙っているのか、人に慣れてて近くをビュンビュン飛ぶのですごい迫力。

テントを張り、夕食を簡単に済ませたらすぐ暗くなり上には満点の星空。10年以上前にオーストラリアのド田舎で見た星空と同じくらいきれいにびっしり見えました。やっぱりここまで来たかいがあった。:)夜中もフクロウの声が聞こえてきました。

二日目、朝からキャンプ地近くのフラミンゴの港からボートツアーが出ているということで行ってきました。フロリダにはアリゲーターは山ほどいるけど、ここらへんはアメリカンクロコダイルも生息していて、同じエリアで2種類のワニが見られます。ボートでガイドのおじさんが赤ちゃんワニを見つけたら後戻りして教えてくれたりして、ゆっくり進んでいきました。マングローブが生い茂っていて、やっぱりオーランドでは見られない景色。イルカも3頭見られて、ボートの前をしばらく一緒に泳いでくれたので初めて近くで野生のイルカを見れて子供たちは大興奮でした。

  

子供たちにもちょっとだけ舵を取らせてもらえました。

ツアーが終り、キャンプに戻り子供は木登りしたり、落ちていたココナッツを見つけてきて頑張って割ってみたり虫を捕まえたり。まいらさんはなんかのテレビでココナッツにストローをさして飲んでいるのを見て自分もやりたがっていたので念願がかないました。飲んでみたらそんなにおいしいもんでもないとわかり、納得してました。

  

お昼からはトレイルを歩いたりして、晩御飯にステーキを焼いて食べて二日目終了。なぜか二日目の夜は虫がすごくて、暗闇の中ランプをテーブルに置いてステーキを食べてたら虫が集まってきてランプに当たりテーブルの上でどんどん死んで積もっていく。。よく見ておかないとステーキの皿にもすぐ虫が。。幸い私もうちの子供たちも平気だけど、虫が苦手な人には向かないキャンプ地です。

マングローブのお散歩道は涼しかったけどひなたに出ると暑い!いろんな国からツアーっぽい観光客がいっぱい来ていました。

3日目の早朝、5時ごろモンスーンのような豪雨に起こされ、あっという間にテントも水浸し。(雨が降らない予報だったので雨除けをちゃんとしてなかったので、チャックを閉める間もなく浸水。)みんなでテントを抜け出し車に移動。もうちょっと寝たかったけどこんな中途半端な時間に起こされ、服も靴もびしょ濡れで寒くてそれどころじゃないし子供たちはもう寝るモードではない。。6時半ごろまでちょっと明るくなるのを待って雨も止んだので火を起こして朝ごはんを食べ、びしょ濡れの寝袋やテントを詰め込んで帰ってきました。

世界遺産なので一回行ってよかったし楽しかったけど、遠かったのと、冬場でも蚊や虫がすごかったので、もう行かなくてもいいかなという感じです。次は虫が少な目なキャンプ地にしよう。。家に帰って寝袋とか濡れたものを全部外に広げて干したり片付けたり、年末はゆっくり過ごしました。

 

 

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