京男雑記帳

洛中で生まれ育った京男が地元視点で見た日常風景や話を雑記的に掲載

七(九)福神問題

2017年05月14日 06時42分30秒 | 社寺

↑泉涌寺の大門左手奥にお堂があります。

泉涌寺の写真がまだありました。
いっぱい撮ろうと思えば、まだまだ撮影ポイントはあると思います。
人が少ないから快適に撮影できます。


↑この石がすごいと思った


↑苔や植物の雰囲気ですごい岩山に見える

最初の写真は、楊貴妃観音堂。
大門を入って左手奥にあります。
お堂の中に、六羅漢像の中央に安置される聖観音像(重文)で湛海律師が寛喜2年(1230)月蓋長者像などとともに将来された像である。将来とは、中国等から日本に持って来たという意味。


↑楊貴妃観音堂


↑境内の石楠花がきれいに咲いていました

像容の美しさから、玄宗皇帝が亡き楊貴妃の冥福を祈って造顕された像との伝承を生み、楊貴妃観音と呼ばれて来たと説明にあります。
だから、実際に楊貴妃と関係したものでなさそうですね。


↑善能寺

鎮守社の下段に現存する善能寺は、大同元年(806)弘法大師の創建といわれ、元西八条猪熊二階堂町に在り、平城天皇の勅願寺であった。天文24年(1555)、後奈良天皇の叡慮により泉涌寺山内に移された。
本尊は観世音菩薩で、また枳尼(だきに)尊天を祀る最初の寺ともいわれ、国稲荷神の本地仏としての信仰がある。
この時代のお寺は、神仏習合なのが面白い。
それにしても枳尼尊天とは、強力な存在を祀ってありますね。



泉涌寺では、成人の日に「泉山七福神巡り」をやったはります。
昔なら1月15日やったのに、最近は日が変わります。こんなものは15日にしておけばいいのに・・・そうか7日にするとか。今年は9日でした。まあ、休みの日でないと人はこないか。


↑戒光寺の境内にある「泉山弁財天」

この「泉山七福神巡り」は、七福神と番外2神を巡るというものです。
即成院(福禄寿)〜 戒光寺(弁財天)〜 新善光寺(愛染明王)〜 観音寺(恵比須神)〜 来迎院(布袋尊)〜 雲竜院(大黒天)〜 総本山泉涌寺(楊貴妃観音)〜 悲田院(毘沙門天)〜 法音院(寿老人)
番外が楊貴妃観音と愛染明王ということ。楊貴妃観音と愛染明王が福の神なんやろか?ようわかりません。
なんで9なのか?陰陽五行で最大の吉数ということらしい。



国産の神仏が恵比須神だけというのが寂しい。インド系3、中国系3、日本系3で合計9福神にしたらどうやろ。
まあ、国土の面積の問題と言われたらしかたないか・・・。

和菓子
中村 肇
河出書房新社

↑これから暫くの間、京男の和菓子本のお知らせをさせてもらいます。説明は1月27日の記事をご覧ください。(色のかわっている部分をクリックすると表示されます)

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2 コメント

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おはようございます (すー)
2017-05-14 06:50:39
その石、確かにすごい!
その石を見に行きたくなりました。(^_^)ニコニコ
>すーさん、おはようございます (京男)
2017-05-14 07:58:28
この石は、なかなか凄いものです。
蓬莢山をイメージして作っているらしい。
小さなものを作りたくなったでしょ。(笑)

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