Yさんの閑日好日雑記

平凡な時の流れでも何かを見つけたい

1964年9月の時刻表でバーチャルトリップ(6)

2017年05月19日 | 日記
京都から博多まで山陰本線経由で、13時間25分の乗り鉄旅なので
1等車に乗る。
この当時は、少し前までの3等級制(1、2、3等車)が廃止され、
2等車が1等車(現在のグリーン車)、3等車が2等車(普通車)と
2等級制の時代になった
「まつかぜ」の編成は、6両(2等車4両、1等車1両、食堂車)が
博多まで、増結の2等車3両は米子までの9両である。

京都を出発すると、東海道線を大阪まで走る。大阪着8時1分。
大半の乗客が大阪から乗り込んで来た。ほぼ満席になる。
これから長い乗り鉄旅が始まる。
福知山で山陰本線に入り、城崎(現・城崎温泉)、鳥取、上井(現・倉吉)、
米子、松江、出雲市、石見大田(現・大田市)、浜田、石見益田(現・益田)、
東萩、長門(現・長門市)、下関、小倉、博多着が20時55分である。

朝食が早かったので城崎を出た11時過ぎ頃、食堂車に行く。
もう一つ目的があった。余部橋梁を渡る時、食堂車の窓から見たかった。
ビールを飲みながら橋梁を渡る。流石に高く日本海の眺めも良い。
12時前、食堂車が混み始めた頃、席に戻る。まだ9時間も座っていなければ
博多に着かない。
※写真は「キハ82物語」JTBキャンブックスより
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