旅に出て想うこと

2017-05-11 10:25:37 | 日記

旅に出ると、非日常感から、俯瞰的に自分を見るキッカケになる。
だが、スケジュール満杯、ぱんぱんに膨らんだ日程は、まるで、総理大臣の外遊のごとく鬼剃頭治療 。(例が、あきらかに間違っている)

わたしは、長旅の前の1カ月ぐらい前から、ブルーになり、1週間前には、死んだようになっている。
マリッジブルーの色合いか。
マリッジブルーになって、逃げ出す人もいる。結婚取りやめ。

旅は楽しいものであり、自分へのご褒美であるはずなのに、なぜか、わたしの温度は低い。
昨年のGWも旅行したが、ブログにはアップしていない。
細かい地名など、まるで覚えていない。

今回の旅行で、同じタイプの人がいた。
旅の前は憂鬱で、出発一週間前に行き先を知るという。
低い温度のまま、旅の最後に、その人は、一瞬、盛り上がりを見せた。
その話を知人にすると、旅が終わるから嬉しかったんじゃないか、とのコメントをいただいた。
なあるほど。わたしは、納得した。

わたしは、帰りの飛行機で三本立て続けに映画を見た。
一つは、ヨーロッパの王位継承者が吃音を克服する、実話に基づくストーリー柏傲灣價單

次は、渡辺謙、出演の映画。
40代ぐらいのアメリカ人?が人生最後の場所に樹海を選び、彷徨い、そこで渡辺謙と出会い、人生を知る、暗い話。

最後は、「淵に立つ」。
モニターの調子が悪いのか、真っ黒に近い画面で、ほぼ、ヒヤリングのみに近い悲惨な状態だったが、浅野忠信の、猛烈なファンになってしまった。
あんなに真っ黒でなく、ちゃんと、もう一度ぜひ見たいが、DVDを待つしかなさそうだ。
真っ黒にもめげず、機内で2度目を繰り返し見たが、少ししたら、飛行機は関空に降りてしまった。


家に着いた途端に、わたしの幸せは家にある、と感じた。
わたしは、別に引きこもりではない。
家とは、家庭、家族のことである。
自分は家族を大切にして(あくまでも精神的に)、深く愛していると、ふと思った。

正面を向いて直視すると、逃げ出したいときも多々あるが(ブログで毒を吐きまくり)、ふいに予期せず斜めから入ると、意外な真実に気づくことがある。

今回の旅は、「淵に立つ」が、シンボリックな〆になった公屋按揭

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