≪整心療法研究所≫自己治癒力により心身が整っていく

自己治癒力により心身が整っていく。量子力学・宇宙物理学・脳科学の観点から精神を捉えた新しい科学に基づいた療法。

483) 年頭にあたって

2018年01月06日 | 生き方
整心療法研究所(埼玉県上尾市・大阪市・和歌山市)のブログへようこそ。
従来型の精神分析(無意識を意識化する)を凌駕し、新しい観点から人間の精神にアプローチする方法を研究・実践中です。

今日は《 年頭にあたって 》について書きます。

2018年が明けました。
"一年の計は元旦にあり"といいます。
年頭にあたり、整心療法研究所の指針3つを書きたいと思います。

・クライアントが描いている世界の基本情報を知ること。
・クライアントの症状の元になっている情報にクライアント自らが操作する。それも自ら気づかないうちに。
・それらが可能となる環境を整えること。


これらのことを実践することで、気づかないうちに症状が消えている、あるいは気にならなくなっている。この状態を「心が整う」といいます。

苦悩は心があることに捉われ固定化してしまい、軽快な動きができなくなっている状態。
苦悩の対象そのものより、それから自由になれないことが何より問題だと考えています。
なぜと問いかけるより、「知らないうちに気にならなくなった」
これが目指すところです。

以上のことがよりスムーズにできるように、日々研鑽を積んでいきます。
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482) 12月度関西出張のお知らせ

2017年12月04日 | お知らせ
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今日は《12月度関西出張のお知らせ》について書きます。

* 5日(火)~7日(木) 大阪市・和歌山市
面談・精神分析活用講座・≪鏡の段階講座≫他
フリートーク(テーマは「 未定」)
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今日は《11月度関西出張のお知らせ》について書きます。

* 7日(火)~9日(木) 大阪市・和歌山市
面談・精神分析活用講座・≪鏡の段階講座≫他
フリートーク(テーマは「 急場のコミュニケーション」
* 6日(月)・10日(金) 埼玉県大宮市

詳しくは、シニフィアン研究所のHP http://signifiant-lab.com/ 
Twitter https://twitter.com/rakuhomanamiを参照、連絡ください。
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○ 価値は自分が決めている

それにどんな意味ががあるの、これをやってる価値があるの?
このようなことを考えたことがあるかもしれない。外に意味や価値を尋ねても多分納得しないだろう。
なぜならそれに意味や価値を見出しているのは自分自身なのだから。
人は意味のないことはしないそうな。
他からどのように見えても、その人にとっての何らかの意味がある。
この視点から考えてみると納得できることが多い。
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481) 電車の中のどこから景色をみるか

2017年11月30日 | 生き方
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今日は《電車の中のどこから景色をみるか》について書きます。

プライベートで電車に乗る時、どこに乗るかを考えてみた。
大雑把ではあるが、最前列の車両の一番前、最後尾の車両の一番後ろ、それ以外に分けてみる。すると必然的に見える景色が限定されてくる。

かなり乱暴かもしれないが、最前列から見る景色は迫り来る景色、最後尾は過ぎ去った景色、それ以外は過ぎ行く景色と置き換えられる。
こうすると、未来、現在、過去と結びつけてみたくなった。

それぞれ同じ景色の中を走る電車に乗っているが、当然目に入る景色が違って見える。
今度は視点を外に置いてみる。
例えば、電車の外の景色の中にいる人からはどのように見えるだろう。
電車の中にいる人とは違う見え方であることは言うまでもない。

何処から何をどのようにみるかはそれぞれ。
中にはまったく景色を見ない場合もある。

思考は際限なく広がっていく。
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480) 上書き保存して楽しく生きる

2017年11月19日 | 生き方
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今日は《上書き保存して楽しく生きる》について書きます。

人は過去に裏打ちされた今を生きている。
今の原因は過去にあるとする考え方がある。だからいつまでも過去に捕らわれこだわる。

それもいいかもしれないが、今楽しくて幸せだと思えたなら、過去に何があろうと気にしないのではないだろうか。
これは過去を封印するのとは違う。過去は過去として知りながらもその上に新しい今を上書き保存していく。
レイヤーのように積み重ねていく。
抑圧していると捉えるのではなく、あくまでも積み重ねて保存している。
だから下を見たければいつでも取り出し可能。

多くの人は、上にある楽しみよりも、下にある苦しみを取り出してみようとは考えないだろう。
それに時間を費やするより、目の前の楽しみを探すことに時間をかけた方がよりエネルギーが湧いてくる。
好きなことには自在にエネルギーも注ぎ込むだろう。反対に嫌なことには抑え隠すことにエネルギーを消費するだろう。
自らのエネルギーをどちらに使うかは個々人の自由に任されている。

なかには、楽しく生きるより苦しみに必死にあがなって生きることをよしとする人もいる。
歯をくいしばり、満身創痍覚悟の生き方こそ生きている実感が湧いてくるという人もいる。

人は皆、自らの描いた時空を生きている。
だから、すべてその人なりに楽しく生きている。
嫌だと言いつつも、それもその人の描く固有の世界に生きている。

このように考えてみると、人は自ら描く世界の中で日々上書き保存しながら楽しく生きている。
そういえるのではないだろうか。

はたして私はどのような世界を生きている?

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479) 集中しないでいると

2017年11月18日 | 生き方
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今日は《集中しないでいると》について書きます。

私たちは幼い頃からあらゆる場面で集中することを求められてきた。
それは物事を前に進めるために必要なこと。
集中することができるようになった後、次に必要なことは集中しないこと。
集中を解除すること。


集中することは無限にやってくる五感への刺激を必要最小限にし、それ以外を遮断することでもある。つまり、情報を制限すること。
このように考えると、集中しないこととは情報量を無数に得られることでもある。

例えば、探し物をしている時、何かを思い出そうとする時、必死になればなるほど見つからない、思い出せないことがある。
ある一点に集中しているからこそ、それについての情報が限定される。限定している外側の情報は感知しないからだ。
集中を解除した時、外側の情報が感知しやすくなる。ゆえに見つける、思い出す。

集中しないでいると、必要な情報は向こうからやってくるといえる。

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