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「布」のいのち、「古布」の復権 「アンティーク着物コレクション」展 始まっています  [小鹿田焼ミュージアム溪聲館から<73>]

2017年04月24日 | Weblog


「ちょっと気分を変える」という程度の心づもりで行った展示替えが見事な出来ばえとなったので、特記しておこう。

まだ壁面の修復が終わっていない溪聲館の企画ギャラリーは、正式な企画展を実施できる状態ではない(雨漏りがする、壁の内部にカビが発生しているなどの理由。工事が遅れているのは管理者のスケジュールの都合によるらしい)ため、目下手持ちのコレクションで間に合わせている次第だが、昨秋から今春へかけて行った「森の草木染め」の作品を中心にした展示期間が長引いたので、急遽、「アンティーク着物」のコレクションを持ち出したのである。
「展示」には「生き・死に」のタイミングがあると私は常々言ってきている。美術館経営時代のスタッフとのミーティング、種々の企画展、各地で展開した「地域ミュージアム・アートプロジェクト」での行動指針、骨董店の展示など、いずれの場合にも該当する。
「アート・もの」という展示物は、その位置を入れ替えただけ、あるいは数センチずらしただけで精彩を放つ場合がある。骨董などは古ぼけた壷に花を生けた直後に売れたりする場合もある。
「展示の生き・死に」のタイミング=呼吸というのはこのことである。



「アンティーク着物」という表現を、私はあまり好むものではないが、少し前まで、捨てられたり、箪笥の奥に眠っていたりした古い「着物」類が、新しい用途と「いのち」を得て、骨董というマーケットの中で広がりをみせている現状は好ましい。
私は、40年も前から古い布を収集し、一部は販売して生計を立てた。
由布院空想の森美術館(1986-2001)の運営中は「木綿資料館」を併設して展示と研究の場としていた。
当時、「雑巾(ぞうきん)はアートである」と題した企画展を行い、周囲をあきれさせたり、少数ではあったが絶大な支持をいただいたりしたものだ。
ボロボロに使い古された布たちにその時代背景を想い、日本のつつましい女性たちの手によって生み出されたそのひそやかで美しい「布」たちを、一点のアートとして掲示する、という意気込みであった。既成の価値観や大規模な美術展に対して反旗を翻すという意図ではなかったが、その後、「古布」「時代裂(じだいぎれ)」「原始布」「自然布(この呼称は私が最初に使った)」「襤褸(らんる)」「BORO」などの名称が生まれた。そしてパッチワーク・古布の大ブームとともに、「古布」は骨董店の定番商品となった。いまや「襤褸=BORO」は世界のアートマーケットで高値が付き、「襤褸ミュージアム」と通称される美術館まで出現したことを思うと感慨ひとしおである。
日常の衣類であり、消耗品であったものが、「もの」本来のちからによって「観る」対象としての価値を与えられたものである。



今回の展示替えでも、高倉和也君に活躍してもらった。彼の展示は、壁面構成にとらわれず、「空間」にまで着物たちが進出し、少し澱み気味だったギャラリー空間を見事に生き返らせてくれた。ここに、私は新しい世代の展示感覚を直感し、その時空を同時体験できたことを素直に喜んだのである。
「アンティーク着物」は、現在、少し領域を広げ始め、ジーンズ生地で出来た着物や、皮のブーツを履いてバンダナを巻いたり、幅広の帽子を被ったりした使われ方が発生しているという。男子もその流れの中には含まれているらしい。好ましいことである。いつか、私も革靴とバンダナ、紬の着物姿で町に出たいと思う。
それが「異端」や「流行」ではなく、「定番」あるいは「普通」の服装として定着した頃に。
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