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巌下の渓流で洗濯をする [小鹿田焼ミュージアム溪聲館から<49>]

2016年10月12日 | Weblog


からりと晴れた秋空である。
洗濯をしよう。
溪聲館の真横を流れる小野川に洗濯物を持って下りる。
大岩の下の流れは、夏の間、水浴をした清流だ。ヤマメも釣れた。連日、川遊びをする子供たちで賑ったし、時には眼の保養になるような若い女性も来て、泳いだ。
今は、静かに、紅葉した落ち葉を浮かべて流れ下っている。
大岩の上方は、見上げるばかりの斜面で、欅や楓、小楢、樫、椎などの自然林に覆われている。山全体が巨大な岩石で出来た崖のようだ。

江戸後期の禅僧「良寛」に次のような詩がある。

『わたしは若いころ 学問の道を断ち 仏道に入った
 一鉢と一瓶を友に 行脚の旅を重ねて故郷へと帰り
 寒巌の下の草堂に身を置いた
 鳥の歌を最上の音楽と聴き 空行く雲を眺めて一日がすぎる
 崖の下に泉がある 毎日そこへ下りて洗濯をする
 ある日は山へ行き 松や柏の木を伐り
 担い出して薪とする
 今は この優遊たる日々が
 長く続くことをねがうばかり』
*現代語訳は筆者(高見)。



水が冷たい。
これが今年最後の、谷での洗濯になるだろう。
裸足になって、洗濯物を踏んでいると、子供のころのことを思い出す。
大岩の上から崖の上側に出て、山を越えると、生まれ育った村がある。
村では、子供たちは自分の汚れ物は谷川に持って行き、自分で洗った。
ひと飛びで越えられるほどの小さな小川での洗濯は、夏は楽しかったが、冬は水が冷たくて手が凍るほどだった。
ちらちらと雪が舞ってきたこともある。

谷川で洗濯を済まし、良寛の詩を読んでいたら、そんなことなどが思い出された。
村を出て、五十年以上の月日が流れ、いま、私は村の麓にあたるこの場所で新しい仕事に取り組んでいる。
良寛も二十代後半で出家し、諸国行脚の旅を続けた後に故郷へと帰り、隠棲の生活に入ったのだ。
詩は、その折の感慨。

私は、良寛さんほどの人格者でもないし、人生や世の中を達観しているわけでもない。この「小鹿田焼ミュージアム溪聲館」も始めたばかりのいわば「現役」としての仕事だ。それでも、良寛詩に親しみと共感を覚えるのは、似たような境涯と、故郷の「空気」の中に身を置いているからだろう。

落ち葉と一緒に流れ下る美しい影が、水流の中できらりと反転した。ヤマメである。この時期、産卵を終えたヤマメは紅葉した木の葉と一緒に下流へ向かう習性がある。
秋が深まってゆく。

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