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「綾神楽」が復元された一日のこと [「森があって神楽があった-Ⅲ」  綾神楽復元の取り組み<3>]

2017年03月21日 | Weblog
2017年3月19日、綾町「綾川荘」を会場に、第22回「綾照葉樹林文化シンポジウム」が開催され、復元に取り組んできた「綾神楽」の一曲「花の舞」が披露された。その経緯をこれまでこのブログに連載してきた記述と重複する部分もあるが、整理しながら記録しておくこととする。

     ☆☆☆

私が照葉樹林文化の町・綾町に一曲だけ伝えられていた「綾神楽」に出会ったのは、四年前。第19回「綾照葉樹林文化シンポジウム」に講師として招かれ、「森と神楽」について講演したときのことだ。この日、私は前日から徹夜で椎葉・嶽之枝尾神楽を見て一睡もせずに山を下り、会場へと駆けつけ、「森の神・荒神」について語ったのである。荒神」とは荒ぶる土地神であり、山と森を支配する自然神である。新しい文明を持ち込んできた渡来の神と先住神との激突と和解・融合の歴史が神楽の荒神祭祀に組み込まれていること、荒神の語りによって神楽の由縁や天地創造、国家創生の物語が説き起こされ、一夜の神楽が舞い継がれる場は宇宙星宿を凝縮した空間であり母の胎内(胞衣)のごとき神秘空間であることが語られるのである。その日、私は荒神と一体化したように、山と森の精霊神の「ことば」を語ったものであろう。「参加者からは、熱烈かつ親しみをこめた共感の意思表示をいただいた。
その夜の懇親会に先立ち、「綾神楽」が披露されるまで、私はその存在さえも知らなかった。そして、夕闇迫る川辺で舞われた一曲の神楽は、まるで飛鳥のような鮮やかさで私たちの眼を奪ったのである。この日から、「綾神楽全曲復元」への活動が始まった。
続く第20回、第21回のシンポジウムで、私は綾神楽の歴史、地理的背景、古資料、復元のためのテキストなどについて提言した。その経緯は、そのつどこのブログに連載してきた。
今年はその理論的構築を元に、復元の一歩を踏み出す時である。
綾神楽を伝えてきた神職の皆さんとも協議を重ね、現存する一曲をもとに、「綾の文化活動」「研究活動」としての神楽復元についての了解もいただいた。

第22回目のシンポジウムはノンフィクション作家の高山文彦氏の講演から始まった。高山氏は、高千穂町出身であり、神楽の「ほしゃどん=神楽の舞人」を務めた経験も持つ方であるから、神楽の話から高千穂の先住神「鬼八」の物語、古代文明における「神殺し」の事例など多岐にわたり、視聴者を古今東西の森と神々の世界に誘い込んだのである。




休憩を挟んで神事と神楽の奉納。厳粛な神事儀礼として「綾神楽」の一曲は伝えられてきた。入魂の舞が参加者の目を奪い、心に沁みる。

「綾神楽」の復元は現存する一曲を「分解」することから開始した。
御神屋の設営・足の運び・所作・舞い振り・採り物の意味などを図面化し、「言葉」に置き換えてゆく。古来、「口伝」「秘伝」として伝えられてきた神楽をこのような形で図像化することで、参加者全員が情報を共有し、後に続くものたちに伝えてゆくことができる。
ビデオカメラで詳細に記録し、スマホでその場から発信できる現代において、手間隙のかかる作業だが、参加者必須の仕事として科しておきたいと思う。

練習は、綾の照葉樹林文化を提唱してきた故・郷田實前町長の自宅に綾町在住の仲間たちが集まり、始まった。郷田前町長の長女で「綾照葉樹林文化シンポジウム」の牽引者・郷田美紀子さん一家による心づくしのもてなしが嬉しい。

現存する一曲は、宮崎の神楽では「清山」「奉仕者舞」「奉賛舞」「一番舞」「初三舞」などと呼ばれる神迎えの舞である。綾神楽では「一番舞」と表現しておこう。御神屋を祓い清め、八百万の神々の降臨を請う。
二曲目は「花の舞」。少年または女性の舞人が清浄に舞う。御神屋を清めて結界を画定する舞。
三曲目が「地割」。劔(つるぎ)の霊力で地霊を鎮め、神楽が舞われる御神屋を踏み固める。
この三曲が「式三番」であり、神楽の基本形である。
今年は、「花の舞」の習得に絞り込んで練習を開始。

     ☆☆☆

以下が3月19日当日の写真。練習には綾町在住の女性1人と綾町ゆかりの女性1人が参加してくれた。この二人とは今季最後の夜神楽取材に訪れた諸塚村南川神楽で出会ったのである。まるで神楽の神様の配慮によるような二人が「花の舞」を務めることに決定。



「礼」。
神楽は礼から始まる。この礼の作法は、魏志倭人伝に記される「大人の敬う所に見(あ)うときは、但(た)だ手を搏ちて以って跪拝に当(あ)つ 」という古式の礼法に適うものである。



舞い進み、「反閉(へんばい)」を踏む。
神楽の基本運動は「舞い=旋回」である。「踊り=跳躍」とは根本的に異なることに留意。「神楽ステップ」というべき「舞の所作=足の運び」が身に付くと、舞い姿が美しくなる。
「反閉(へんばい)」とは、大地を踏み固め、地の霊を鎮める儀礼。舞い進むごとに繰り返される。



「花の舞」の中段では、盆を手に舞う。盆には榊と米が乗せられている。榊は山霊の象徴。米は稲魂であり豊作祈願の意が込められている。印を切り、榊を後方に投げる所作が入る。



鈴と扇を採って舞い納め。
これで「花の舞」一曲の姿が立ち上がってきた。細部の詰めが残るが、これからは練習を重ねながら仕上げてゆくこととなる。




続けて「神楽ワークショップ」を開始。これは今後綾神楽を一緒に学び、構築してゆく参加者を募ることを目的とするものである。
たちまち10人ほどの希望者が集まった。綾町の人脈の底力がここにある。
最初は、がに股だったり、やや内股過ぎたりしてぎこちなかった動きが、二人の女性舞人の的確なリードにより、神楽ステップ、反閉などが身についてきて、次第に「かぐら」としての「かたち」を整えてきた。ここから将来の「舞人」が登場してくることだろう。



最後に「荒神」の舞。今回の綾神楽復元にあたり、実技の指導に通ってくれた大河内康平君による豪快な舞。
この荒神の舞が「土地神」「氏神」「主祭神(綾の山の神・綾川の水神など)」の舞の基本型となってゆく。
これにより、三十三番の構成が見えてきた。



・付記 「花の舞」の舞人と「荒神」が羽織っている茜色の「素襖」は私が石楠花の蕾と葉で染め、大河内康平君が縫ったもの。荒神面は「九州民俗仮面美術館」の所蔵品。大河内君は現在20歳の青年だが、少年期から神楽に親しみ、各地の神楽を訪ね歩いた文字通りの「神楽人(かぐらびと)」である。いずれ詳しく彼と「九州民俗仮面美術館」の活動としての「宮崎神楽塾」について紹介する機会を持つこととする。
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