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ヤマセミ君失墜の一件  [小鹿田焼ミュージアム溪聲館から<66>]

2017年03月08日 | Weblog
「小鹿田焼ミュージアム溪聲館」の横を流れる小野川は、英彦山を源流とする清流である。
この谷を、ヤマセミ(山翡翠)が本拠としている。



昨年の五月にこの施設をオープンした頃は、一羽だけが谷筋を上り下りしていて、時折、館のテラスにやってきて、手すりに止まったりしていた。
朝食のパンとコーヒーを置いたテーブルの向こうに、頭に派手な冠をかぶり、白と黒の鹿の子模様の衣装を羽織って現れる鳥は、深山の一景としては最上のものであった。だが、この用心深い鳥は、ギェッという鋭い鳴き声とともに一瞬の間に飛び去るので、
――やあ、おはよう、
とか、
――今朝のヤマメの動きはどうかね?
――俺もそろそろ竿を振ってみようと思っているのだが・・・
などと言葉をかけるほどの親しい仲にはなれなかった。

彼は、大勢の子供たちで河川プールが賑わう真夏には、姿を見せなくなった。上流の岳滅鬼山(かぐめきさん)の辺りまで遡上し、緑したたる細い流れで狩りをしていたのだろう。
ヤマセミは九州以北の渓流沿いの山地に棲み、激流に飛び込んで魚を獲る水辺のハンター。厳寒の北海道・千歳川でダイビングして魚を獲る映像を見たことがある。カワセミの仲間で、鳩ほどの大きさ。一本の川筋をテリトリーとし、上流・下流を往復して生活する「留鳥」である。
この春、久しぶりに小鹿田焼ミュージアム溪聲館へ出かけたら、小野川の下流で狩りをする二羽のヤマセミを見た。
溪聲館の立つ「ことといの里」の対岸に巨岩のそそり立つ岩場があるから、そこで巣作りをしているものと思われる。

ある朝――。
ドンという大きな音が響き、白・黒の縞模様の光が窓の外で乱れた。一羽のヤマセミが館の窓ガラスにぶつかり、失神寸前となったものの、態勢を立て直して慌しく飛び立ったものである。
大きなガラス面に映る風景が彼の眼には山の続きに見えたのか、あるいは、ガラスに映る自分の姿をライバル出現と勘違いして、攻撃を仕掛けたものか。
ドシなヤマセミ君は、ゆらゆらと頼りない飛行曲線を描いて川辺に立つネムの木の枝に止まり、頭をプル、プルと振りながら、
――ジェッ、ジェッ
――しまった、しくじったな。
というそぶりを繰り返している。
私は、急いで望遠レンズの付いたカメラを持ち出して、撮影に成功(それが上掲の写真)。なかば呆然とした彼の隙を狙ったのである。
すると勘の鋭い彼は、すぐに飛び立ってやや距離の離れた枝に移動し、またしても
―ジェッ、ジェッ
という鳴き声響かせている。やがて、上流から彼のパートナー(一部始終をみていたらしい)が飛来、
――バカね、あんた。いつもそんなドジばかりなんだから、バカね、あんた。
という感じの鳴機声で彼を呼び、ぐるりと彼の頭上を飛び巡った。
逸れに対して、彼は、
――いや、たしかに大物の姿をみたのだ・・・
と嘯きながら、誘われるように飛び立って、上流の森へと消えていった。



これがその写真。
右上に、かなりの速度で飛行するヤマセミを捉えた。
私もこの時、猟銃のようにカメラを構えた一人の狩人と化している。

飛鳥を撃つには、飛ぶ鳥を直接狙って引き金を引いても、鳥が行った後を弾が飛び過ぎてゆく結果となり、当らない。すなわち、鳥のやや前方の空中を狙うことで、弾道と鳥の飛行とが交わる一瞬が生まれるのである。鳥撃ちの初歩。この写真でいえば鳥の前の写真中央付近。
若い頃、私は猟銃を担いで野山を歩いた経験があるので、老練の猟師であった父から伝授されたその呼吸を会得しているのである。あるとき、戦場を往来して殺生を重ねた武士が突然無常感を感じて出家し、死者の霊を弔う僧になる場面に似た心境で私は銃猟をやめたが、神楽の撮影や鳥の写真では猟師の勘が生かされることがある。
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