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西日本新聞記事「伝承から探る南九州の古代史」 [「神楽が伝える古事記の真相―秘められた縄文の記憶―]

2017年05月10日 | Weblog


*以下、本文と掲載写真です。



『神楽が伝える古事記の真相』 高見 乾司さん  (広済堂出版・1080円)

 ■伝承から探る南九州の古代史

 秋が深まると各地で神楽が催される。笛や太鼓の音が夜通し鳴り響き、舞人が舞う。神楽の中で、アマテラスオオミカミが隠れた天の岩戸の前でアメノウズメが舞う場面は「岩戸開き」と呼ばれる。この場面を中心に構成した神楽は宮崎をはじめ九州に多く、「岩戸神楽」と総称される。しかし、ひとくくりにしていいのか。高見乾司さん(68)は300座を超える宮崎の神楽を20年以上訪ね歩く中で、そう感じていた。

 「確かに岩戸開きをクライマックスにするのが定型ですが、椎葉神楽(椎葉村)で岩戸開きはほんのわずか。尾八重(おはえ)神楽(西都市)でも簡略な扱いで、アマテラスの面を額の横ちょに付けたりする」

 宮崎各地の神楽を比べるといろいろなことが見えてきた。「たとえば海幸彦。日南市一帯の神楽の中では、古事記や日本書紀に記されていない後日談が語られます」

 海幸彦は山幸彦にこらしめられた後、日南市付近に流れ着き、この地を治めて隼人族の祖になったという。ここには全国で唯一、海幸彦を主祭神として祭る潮嶽(うしおだけ)神社があり、一帯の人々は海幸彦と山幸彦のいさかいの種になった釣り針の貸し借りをしない。「ここの海幸彦伝承はフィクションでは構成できないほどの説得力がありますね」

 神武天皇の東征前夜について記紀の記述はわずかだが、宮崎には多くの伝承が残り、神楽に「神武」という番付(演目)もある。高原町の狭野(さの)神楽で剣舞を踊る少年は、幼い神武天皇とされる。宮崎市の宮崎神宮の近くを拠点に神武天皇が政務を執ったという伝承があり、神楽の「神武」もここを中心に分布する。

 「神楽と伝承を重ねると、大和王権前夜の“古代日向王朝”“南九州王朝”の姿が浮上してきます」。本書では、発掘成果に基づく考古学、文献を踏まえた歴史学とは異なる民俗学的な方法によって、南九州の古代史を考察した。

 宮崎の神楽で存在感を示す荒神や田の神、山の神らは、土着の人々。天皇家の祖先とされる外来の天孫族と、土着民との戦いと和解の物語が神楽に描かれているとみる。

 高見さんは大分県日田市生まれ。1986年、現在の同県由布市に湯布院空想の森美術館を開設し、集めていた神楽面などの仮面を展示した。だが、経営難から2001年に閉館。宮崎県西都市に移り住み、07年、同市に九州民俗仮面美術館を開いた。

 「宮崎に移ったときは、私は“失敗者”でしたが、宮崎の人は温かく迎えてくれた」

 神楽が伝わる地域には限界集落が少なくない。若い後継者を増やそうと、神楽の紹介に力を入れる。


=2017/05/07付 西日本新聞朝刊=
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