WALKER’S 

歩く男の日日

20日目 ときわ旅館~八丁坂(2)

2017-07-18 | 17年四国の旅

 薬師堂のバス停では13分ほど休んで、10時50分に出発、ここから宿まで4時間ほどなのであとはゆったり行きます。
 落合トンネルを抜けて4km、三嶋神社のすぐ先で地元の人たちが大きな釜でうどんのお接待、ぼくを追い抜いていった若者もいました、ぼくのすぐ後には自転車の女性二人連れ、もう一人白衣を着ていない歩きの男性もいました。そこで足の速い若者に少し話を聞きます、ああいうスピードは午前中だけで午後からは少し押さえるということでした、40km歩く日もあるけれど、ずっとそうではなくてもっと短い日の方が多いとか、宿案内を渡すと、これを持っている人に見せて貰ったことがあると言っていました、地元の人にもっと食べていけと勧められるままに30分ほどゆっくり休んでしまいました、
 歩きの男性二人が先に出て、少し遅れて出たので全然追いつきません、食べてからは動きもやや鈍くて下坂場峠まではベストより6分遅れの、時速5.6kmでした、
 下坂場峠からはさらに調子は落ちて、普通は休まない鴇田峠の手前の別荘地のあたりで休みを入れてしまいました、身体も動かないし眠気にもおそわれます。鴇田峠は玉ヶ峠の次ぎに苦手な登り道で、峠の手前の山道ではなく、山道に入る手前の別荘地を抜けるところあたりでいつも足が止まる印象があります。前回2年前もそうだったし、今年は今までで最悪です。
 峠のすぐ手前からいくらか調子を取り戻し、下りになると大分楽になりました。国道まで降りてくるのに80分、ベストより8分遅れ、時速は4.9kmでした。


 14時50分、44番札所大宝寺に到着です、予期せぬ休みが2回あったものの、まだ宿には16時までには着ける時間です。
 境内にはお接待所で一緒だった二人の男性がちょうどお参りを終えたところ、ぼくがお参りを終えたところで足の速い男性から次々と宿のことについて質問を受けます。彼はここまで同宿になった人たちからいろいろと情報を仕入れていて、大体のあたりは付けているようでした。道後では石手寺の通夜堂に泊まる、そのあとは大西まで、ますやはどうかと訊かれて、ますやは多少問題あるのでつよしにした方がいいと教えます、その次は小松、その次は伊予西条まで歩いて電車で戻って連泊したらいいとアドバイスします。小松は連泊だと焼き肉になると聞いていたようですが、本当はすき焼き、アドバイスは時に微妙に違ったものになる。それやこれやで次々話が延びて30分以上も話し込んでしまいました、二人は一里木までなのであと15分ですが、ぼくはもう一山越えなくてはならない。15時41分、ようやく宿に向かいます。


 大宝寺で50分も滞在してしまったので、最後はしっかり気合いを入れました、ベストに近いタイムで、16時23分、八丁坂に到着です、

 八丁坂は昨年に続いて2回目の投宿、昨年は和室だったのですが今回は洋室ベッド、洋室は好きではないのですが、和室以上に居心地のいい空間でした、ダブルベッドでそれがほとんど和室と変わらない感じでいられます。
 お風呂に行くと男性が先にいて話を聞くと、今日は石鎚からきた、石鎚からこちらへ来るルートがあることは知っていたけれど、実際に来る人に初めて会いました、お遍路だけではなくいろんな観光をしながらの旅のようです。
 同宿はお風呂で会った男性とその奥さん、お遍路ではないようなもう一組のご夫婦、女性一人、男性一人、の6人と、時間遅れの観光の二人連れ、ラグビー部の高校生たち。高校生の食事は食堂で、ぼくたちは別の和室に通されました。夕食の時にはお遍路メインの人が少なかったせいかほとんど話することはありませんでした。

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