WALKER’S 

歩く男の日日

30日目 岡田屋旅館~民宿八十窪 (4)

2017-08-10 | 17年四国の旅


 霊芝寺の平で一段高くなったところに人影が見えます、こんな番外に来る人も居るんだと、境内に上がってみると,Tさんでした。長福寺に行くと、志度寺からここまで12kmほどですが、志度寺からここに直行すると4km、ぼくの方が8kmほど多めに歩いているから追い抜かれて当然なのでした。

 こちらも弘法大師の草創されたお寺、本堂は1802年に再建されたもの、

 お大師さんも居られます、

 Tさんと二人並んで休んでいるところにわんこがやってきたので、別格1番大山寺でわんこがず~っと先導して境内まで案内してくれたと話したら、Kさんも全く同じことがあったと言います、慈尊院から高野山まで大師を導いた白い犬の伝説は二人とも知っていて、お大師さんの犬だったのだと二人して改めて懐かしく思い出しました。88番大窪寺でも迎えてくれるわんこがいるけれど3年前、八十窪の前で前足の片方が使えないほど傷ついて本当にかわいそうだった、ということもここでお話しました、夕食では2時間以上、朝食の時も1時間近く話したのに、ここでも40分も話してしまいました、言っておきますが、ぼくはお喋り好きでも得意でも何でもなくて,Tさんが話し好きでそれに引きずられているだけのことです、お遍路の体験も知識も豊富だから聞いているだけでも楽しくなってきます。


 霊芝寺からは一緒に歩きますが、最初のところで道をきれいにはずしてしまいました、ぼくの地図にはない道が微妙に本当の道の近いところで分岐していて入ってしまいました、でも、あまり遠回りにはならず本当の道に合流できて大怪我にはなりませんでした、Tさんは前にご主人と一緒にここの正しい方の道を歩かれたそうです、もう一度やり直したいでしょ、とぼくに訊かれたのですが、このときはそんなに残念というほどではありませんでした、というのも、今回は20ヶ所近い初めての道を歩いたのですが、詰めが甘くて、完璧に歩けたのは徳島の地蔵院から阿波おどり会館までの道と、四十寺だけでした。あれだけ時間をかけてパソコン地図とにらめっこしながら地図を手書きしてもこの程度、でも完璧だとあとは崩壊するのみと仏教の教えにあるように、またこれから先の楽しみを残しておいたと思えば落胆するほどのことではありません。
 番外の道から本当の赤線の道に合流するところでTさんを撮影させて貰いました、

 霊芝寺から35分かかっているので時速は5.3kmくらいでしょうか、へんろ地図の距離表示を信用するなら4.4km、Tさんのペースに合わせています、


 霊芝寺から38分、12時40分に玉泉寺到着、いつもは素通りですが、今回はきっちりお参りしました。Tさんとはここでお別れ、Tさんは長尾で宿泊ですが、ぼくはまだその13km先まで行かねばなりません。

 87番札所長尾寺に到着したのは13時12分、いつも長尾に来るのは12時過ぎなのでかなり焦っていて写真を撮る余裕もないほどでした。


 長尾寺を13時23分に出発、14時17分におへんろ交流サロンに到着、ベストを狙う勢いだったのですが、2分遅れでした。
 お遍路大使のバッジと任命証は、名簿の記入ではなくて新たに専門の申込用紙に記入するようになっていたので、今日何人くらいここに来たのかは名簿を見ても分からないようになっていました。ぼくは何回も来ているのでDVDは別格のをいただきました。バッジをいただくのは4回目,DVDをいただくのは3回目です。


 新しい山門のすぐ手前ですごくうれしいことがありました。近所のおばあちゃんが犬の散歩に出るところに遭遇したのですが、リードにつながれたそのわんこは前足の片方の先がありません、ないけれどきれいに治療されていて3本足で元気に歩いています。今まで4回出迎えてくれたわんこは首輪もないフリーでしたが、怪我を見かねて近所の人が治療してくれてちゃんと飼ってくれているのに違いありません、そして、そのことを見せてくれるように出てきてくれたに違いありません、散歩の時間はばあちゃんの意志ですが、それ以上のものを感じないではいられませんでした。

 交流サロンを14時34分に出発して、いつものように花折峠経由の昔ながらの遍路道で101分で到着、ベストより2分遅れ、最後の最後まで焦り気味で脇道はあまり味わえませんでした。16時12分、最後のバスが出た後にここに来るのは初めてです、当然境内に歩きの人は見あたりません、

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