WALKER’S 

歩く男の日日

3日目 歩き遍路宿びざん~鮒の里 (10)

2017-06-09 | 17年四国の旅

 恩山寺の登り口で追いついた男性は民宿ちばに泊まるので、もうゆっくり。
お参りが終わって、境内にいたもう一人の男性はぼくと同じ鮒の里に泊まると言いましたが、近道の竹藪の方の道へ。ぼくはここ数年は山門まで戻って遠回りの舗装道を行くことにしています。山門まで戻るとちょうど外国の男性が登ってくるところ、舗装道で登ろうとするので、こちらですよと地道へと促します。初めてだと、山門の手前もその後も舗装道で行ってしまう人の方が多いかもしれません。

 19番立江寺に到着したのは16時09分、滞りなくお参りを済ませ、山門を出たのは16時22分、ちょっと早すぎると思われるかもしれませんが、ちゃんと線香ろうそくもするし、写経は納めるけれど般若心経も詠みあげます。ろうそくと写経は白衣のポケットに線香と納札は胸ポケットに、流れ作業のように手際よくザックを一旦下ろすこともなく、経本を出すこともなくなりました。味気ないと、言われることもありますが、大事なのは歩くことであり出会うことだと思っているので、どうしても札所でのお勤めは二の次という風になりがちです。でも、四国を歩かせてもらう以上ないがしろにはしないように、きっちり一通りのことは修めるつもりではいます。

 16時29分、鮒の里に到着です。評判の良い宿ですがぼくは今回初めてです。大日寺の近くに泊まると、ここまで31kmだからどうしてもも一つ先の宿になってしまいます。ふれあいの里もお気に入りだからこの宿は今回が最初で最後になるかもしれません。

 同宿は今日が初日だというご夫婦と、男性が3人、女性が2人の6組7人の満室でした。男性2人は相部屋のようでした。初日2日目は一人だったのに、いきなりの大にぎわい、4月半ばでも集まるところには集まるものです。食事は2組に分かれてぼくは前半早く来た男性3人と20代の若い女性といっしょに頂きました。ご主人がお話好きでほぼ独演会のようにお遍路に関することをいろいろ話されるので、ぼくたちはそれを聞いているだけでお遍路同士の意見交換などはあまりありませんでした。昨日びざんでの方が何十倍も喋ったという感じでひたすら無口でした。女性も隣の男性になぜお遍路に着たかを訊かれていましたがはっきり答えることはなく終始無口でした。お遍路同士でもこれだけ年齢が離れて性別も違うとなかなか何を話しかけていいのやらという感じもします。質問してくれれば何でも答える用意はありますが、それもありません。
 後半の部の女性は少しいい加減な感じ、できるだけバスや電車を使いたい、次の鶴林寺に近いところまでバスを使いたいと言っていましたが、宿の主人はそんなのはないと一蹴。ここからだと3km先の法泉寺までで終点、その3km先のローソンの所から鶴林寺の登り口まで4kmほどはバスがありますが、本数が少ないから、そんなややこしいことはせずに歩けばいいんだというようなことをご主人はかなりしつこく話しているようでした。前半の部の人たちが部屋に引き上げたあとも、部屋の上の部分がオープンになっているので食堂からずっとその話し声が聞こえていました。乗り物でつなぐのは悪くないし個人の自由だから他人がどうこう言うのもちょっとね、とは思いましたが、バスに乗るならちゃんと計画して時刻を調べないと。行き当たりばったりのような感じだからいろんなことをつっこまれてしまうのだと、空疎なやりとりにうんざりしながら床につくのでした。

朝食は5時半に用意ができていました。平等寺まで行くという男性は5時過ぎに出ていきました。ここからだと30kmで500mの山を二つ越えるからそれくらいに出ないときびしいと思われたのでしょう。太龍寺の下の龍山荘と坂口屋があった頃はみんなそこまででちょうど良かったのに、二つともなくなって、本当に大変なことになりました。話がほとんどできなかったので他の人が何処まで行くかききそびれてしまいました。一人はロープウェイの下の宿だと言っていたような。
 ぼくは、またも寄り道で番外の如意輪寺へ行くのでふれあいの里さかもとまでです。同宿の人たちには一歩後れをとることになります、

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