草の葉

高山村にある、緑に包まれたギャラリー

日本橋三越

2017-04-09 13:01:17 | おでかけ
先週の日曜日、
市川でのクロヌマタカトシさんの作品展を観に行った帰りに、日本橋三越に立ち寄った。
久しぶりの三越にキョロキョロ。
2,3のモノを見繕う目的で、駆け足でせいぜい数十分の予定が、
ちょっと歩いては、立ち止まってで、思わぬ時間を過ごしてしまった。


                    ::::



ワタシの高校の修学旅行は京都、奈良、そして東京だった。
その頃、まだ珍しかった東海道新幹線に乗るのもワクワクだったが、
何といっても東京!
距離だけではない遠い遠い夢の街。
熊本に住むワタシにとっては、観たこともないものに溢れている別世界。
最初から、日本橋三越でお土産を買う予定を立てていて、
慣れない地下鉄に戸惑い、迷いながらもやっとのことで三越に到着。
それだけで自由時間は終わってしまったけれど、
予定通り買えたスヌーピーの便箋と封筒セットを抱え、大満足だったことを覚えている。



今では、日本中、ネットを使えばどこにいても同じようなものが手に入るとはいえ、
実際、自分で観て聴きたいとなると、やっぱり東京。

とはいえ、今はいつでも行けるような場所に住んではいながら、なかなか・・・・
山に囲まれたココから出かけるのはとても大変で、年を取ると余計に億劫になる。


静かな自然の中での生活は、もちろんワタシの望んでいたものだが、
たまには、何でもある都会を見聞きするのはいいことなのかもしれない。





          ひと時でも、
          背中の重い荷物を下ろし、
          果てることのない大きなため息をつくことを忘れさせてくれるのだから。

          今のワタシにとっても、
          相変わらず、別世界なのだ。。


          ココは、
          ようやく雪も融け、
          遅い、遅い春の兆し。







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原爆の図 丸木美術館

2017-02-22 10:54:23 | おでかけ





もう20年以上も前から、行きたい、観たいと思っていながら、
その機を逃し、また、忘れてもいた原爆の図をようやく観ることができた。

是非見せたいと思っていた子供らは、もうすでに長じてしまったが、
娘だけは一緒に。
2時間ほどかけてゆっくり、じっくりと。
美大卒の娘だが、何を感じてくれたか・・・・
娘は、丸木位里、俊さんの書物を、
ワタシは、俊さんの明るい色彩の版画を手に後にした。


そのあと足を延ばした観光客でごった返した川越の街も、
暖かな日差しが入る都幾川を望む人気のない丸木夫妻の書斎も、
春だった。
どちらも春だったなぁ。



         人は
         その時が来たのだ、という

         雪崩のおこるのは
         雪崩の季節がきたため と。

         武装を捨てた頃の
         あの永世の誓いや心の平静
         世界の国々の権力や争いをそとにした
         つつましい民族の冬ごもりは
         色々な不自由があっても
         また良いものであった。

         平和
         永遠の平和
         平和一色の銀世界
         そうだ、平和という言葉が
         この狭くなった日本の国土に
         粉雪のように舞い
         どっさり降り積もっていた。

         私は破れた靴下を繕い
         編物などしながら時々手を休め
         外を眺めたものだ
         そして ほっ、とする
         ここにはもう爆弾の炸裂も火の色もない
         世界に覇を競う国に住むより
         このほうが私の生きかたに合っている
         と考えたりした。
     
         それも過ぎてみれば束の間で
         まだととのえた焚木もきれぬまに
         人はざわめき出し
         その時が来た、という
         季節にはさからえないのだ、と。

         雪はとうに降りやんでしまった、

         降り積もった雪の下には
         もうちいさく 野心や、いつわりや
         欲望の芽がかくされていて
         ”すべてがそうなってきたのだから
         仕方がない”というひとつの言葉が
         遠い嶺のあたりでころげ出すと
         もう他の雪をさそって
         しかたがない、しかたがない
         しかたがない
         と、落ちてくる。

         ああ あの雪崩、
         あの言葉の
         だんだん勢いづき
         次第に拡がってくるのが
         それが近づいてくるのが

         私にはきこえる
         私にはきこえる

              ____「雪崩のとき」石垣りん___ 






一昨日、昨日と大荒れで降り積もった雪は、
今日の春の光の中、静かに静かに寝そべっている。

川越の雑踏の中では聞こえなかった雪崩の始まりの音が、
今、梅の咲く丸木美術館を思いながら窓外の雪を眺めていると、
小さく聞こえてくる。
確かに、聞こえてくるのだ。



今こそ、すべての人に耳を澄ましてほしいと願わずにはいられない。




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椿が好き。

2017-01-31 17:51:07 | 山の暮らし




イブラヒム恵美子さんの「椿」が届いた。

彼女のガラス絵が好きで、2点所有している。
今年初の作品展も行きたかったが、毎度のことながら往復6時間の電車が億劫になり・・・・
代わりに渋谷に住む娘が観て、
そして、
誕生日のプレゼントに、ワタシの好きな「椿」を選んでくれたようだ。

今回は小品ということで、
花や鳥の形にガラスを切ることができないようで、コレはアクリルらしい。



    ::::



その背後に幼い頃の記憶を留めているからだろうか。
椿は好きな花だ。


家の小さな裏山に入っていくのは、いつも何だか恐ろしかった。

少し登りあげた入り口から、一歩入るだけで、
ヒヤッとした空気が、待ってましたとばかりにまとわりつく。
手入れのされていないそこは、鬱蒼としていていて、薄暗く、
雑多な木々から、だら~んと太い蔓などが垂れ下がっていたりする。
そこは、入ってはいけない場所のような気がしていた。

それでも、
子どものワタシは、何かそこにある静けさに惹かれていたように思う。
そして、
今いる世界とは全く違うその中には、何か宝物があるような気がしていた。
実際、そこからワタシはいくつかの宝物を拾ってきた。
泥のついた破れた青や黄色のセロファン紙。
割れた緑のガラス瓶の欠片。
そして、
人知れずポトンと逝った自生のヤブツバキの真っ赤な花。

夕闇がその山を覆う恐ろしさは、日中の何十倍もので、
日が暮れる前にと、
拾った宝物をそおっと抱えて、走って急いでその山を出る。
そして、
家に帰ると、その宝物をきれいに拭いて机の引き出しにしまった。。
しかし、
そのあと、引き出しを開け、それらの宝物を見ることはなく、
いつのまにか忘れられ、いつのまにか捨てられた。

あの宝物たちは、ワタシにとって、
あの薄暗い山の中にあってこその宝物だったのだ。
別の世界に潜む宝物。
現実の世界に持ち込むと、たちまち輝きを失ってしまったのだろう。


スズランが好き。ヒガンバナが好き。ムギが好き。ツユクサが好き。ノイバラが好き。ノアザミが好き。スミレが好き。ドクダミが好き。レンゲが好き。シロツメグサが好き。スイレンが好き。ユリが好き。スイセンが好き。ヤグルマソウが好き。センニチソウが好き。ハクモクレンが好き。ミカンノハナが好き。マツユキソウが好き。ニリンソウが好き。ウメが好き。ナンテンが好き。ツバキが好き・・・・

それぞれの花の後ろに、ワタシが生きてきたその時々の小さな記憶が潜んでいる。
そして今、
そのひとつひとつがワタシの宝物になっているような気がする。
時折、遠い日のあの頃の思い出に浸ることができるのだから。



    ::::



ヘルマンヘッセの描いた、わずかに黄色味を帯びた白い椿も好きだが、
森茉莉のエッセイの中に、白い椿が___脂肪があって、煌々(きらきら)する、湿った、嫩(わか)くてきれいな女の皮膚のような花弁(はなびら)___という一節を見つけてからは、なんだか、ちょっと白い椿と距離を置くようになった。

艶やかな濃い緑の葉っぱの陰から覗く、ビロードのようなこっくりとした真っ赤な椿。
やっぱり、
一番好きなのはあのヤブツバキだ。



           やっと花をつけるようになった我が家の赤と白の2本の椿。

           赤のほうは、あの真っ赤な椿ではなく、少しピンクがかっていて残念なのだが、
           それでも、春とともに椿の花が咲くのが待たれるのだ。
           あと、3カ月ぐらいだろうか。。





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新兵器

2017-01-16 13:34:37 | 山の暮らし



この冬一番の雪。
土曜から降り続き20cmほど積もった雪を、昨日、雪の中1時間かけて最小限かいたのに。(Kが・・・)
今朝、起きてみると新たな積雪。
40cmほどになっていた。
明日、前橋まで行くのに、車の出入り口だけでもと、
今日は、パラパラ雪の中、ワタシが2時間かけて。
今年導入したこの新兵器のおかげで、一気にでき時間短縮。
ただ、両手でぐ~んと押していった先で、雪を払おうとすると、
その雪の重みは相当なもので、少々ばて気味。

周りでは、一人乗りの除雪車の小型版のようなものや、
シャーシャーと雪をまき散らしながら押していくものを使っている方もいたりする。
雪国とまではいかないものの、こんなに積もるのでは、
この先、歳を取る一方だし、導入を考えなくてはいけないのかな。

薪仕事に、雪かきと・・・・
山の暮らしは、大変だぁ。


      ああ!空の色が一転。
      またグングン雪が落ちてきた。
      「えっ!?雪かきしたの?」って、いうくらい、
      明朝、また、また積もっているかも。。




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十年

2016-12-31 17:38:35 | 山の暮らし
余生を穏やかにと、ココに移り住んだ。

山の暮らしも、そろそろ10年になるのか。
歳をとったなぁ~






ワンルームの小さな我が家だから、
冬の間、薪ストーブを焚いていると、家じゅうがほぼ一定温度で暖かなのだが、
それでも、数年前から血圧が高めのこともあり、
お風呂場で・・・・ということもよく聞くので、
浴室に暖房を取り付けてもらうことにした。
ちょうど、給湯器の寿命も10年くらいだというし・・・・
これが、大正解!?
入る15分くらい前に点けておくと、ああ暑いくらい。

そして、
ガス工事のついでということで、思い切ってコンロやオーブン、換気扇も一新。
10年という時間は、いろんなもの、いろんなことを改良するのに充分すぎるようだ。
勝手に魚は焼くし、それも魚の種類、焼き方も選べ、数も把握しながら。
ご飯も好みの堅さ、種類も選べて、これも勝手に炊く。
その上、料理の手順によって火加減も勝手にやるという。
一定温度で煮炊きできるし、タイマー設定も。
オーブンは、保温や発酵までも。
そして、今までのコンロ、換気扇掃除が嘘のように簡単になるそうだ。
なんと、換気扇は、掃除する時期まで知らせてくれるそうな。

便利なものに囲まれるのが、
手間が減ることが、果たして良いのかどうかわからないが・・・・

まあ、いいか。
最近、とみに、考えることが面倒になった。。




                           ::::




この10年余り毎年、
来年は、来年こそはと願いながら、その年を終うのだが・・・・


またしても、穏やかとはいかない日々を背負った今年が、終わろうとしている。
そうしてワタシは、
この年の内にまた、来年はと、
かすかな光、いや、奇跡を待ち望むのだろうか。

いやいや、もうそろそろ間違いに気づかなくてはならないのかもしれない。
長田弘はいう。

     いつかはきっと
     いつかはきっとと思いつづける
     それがきみの冒した間違いだった
     いつかはない
     いつかはこない
     人生は間違いである
     ある晴れた夕まぐれ
     不意にその思いに襲われて
     薄闇のなかに立ちつくすまでの
     途方もない時間が一人の人生である



残された年月は幾ばかりか。
そういう歳になってしまったのだ。

それぞれの存在を問いながら、
またも時を流してゆく。。




折りしも、娘から届いたクリスマスプレゼント、
星野道夫の写真集『風の物語』の中のいくつもの言葉が、
ワタシを冷ややかに突き切り、
そして、静かに抱き寄せる。

      
     一つ粒の雨が、
     川の流れとなりやがて大海に注いでゆくように、
     私たちもまた、
     無窮の時の流れの中では、
     ひと粒の雨のような
     一生を生きているに過ぎない。

     
     たった一度のかけがえのない一生に、
     私たちが選ぶ
     それぞれの生き甲斐とは、
     何と他愛もないものなのだろう。
     そして、
     何と多様性にみちたものなのか。


     めぐりくる季節で、ただ無窮の彼方へ流れゆく時に
     私たちはふと立ち止まることができる。
     その季節の色に、私たちはたった一回の生命を生きていることを教えられるのだ。
    






                              シズカニ
                              セツナク
                              クレユク・・・・
             
        
 
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惜別

2016-12-09 16:25:05 | 山の暮らし
あの眠れぬ夜の後、
わずかな望みを持ちながら、この一週間を過ごした。


我が家の脇の道下の川まで行ってもみた。
空き家になったOさん、Gさんちの物置、Yさんちのビニールハウスも覗いてみた。
役場に問い合わせてもみたし、姿を見たら知らせるようメグにも言い聞かせた。
夜間に動き回ることが多いというので、夜遅くや朝4時ころから、懐中電灯を持って、
一時間ほど周辺を探し回ったりもした。
慣れ親しんだトイレを、戸口に置いてもみた。
ウォーキングの時は名前を呼びながら、目を凝らし、耳を澄ませて歩いた。
薪小屋の周囲、ベランダの下、道を隔てた藪の中のいくつもの大きな石の間はもちろん、
近所にも聞きまわった。

ネットや話した知り合いによると、1週間くらいで戻ってくることもあるというので、
わずかな望みを持ちながら、この一週間を過ごしたのだが・・・・

最近、戸を開けた隙に飛び出すことがあったが、たいていはすぐに戻ってきた。
一度、朝飛び出して7時間ほど、ワタシが家を空けたことがあったが、
帰宅後、名前を呼ぶとすぐに帰ってきたので、おそらく、家の近くにいたのだろうが、
今回は・・・・

あの日の夕方、メグの散歩の時みた、
上の幹線道の血の溜まりが、気になってしようがない。

そうでないにしろ、
連日霜が降り、氷点下の続くこのあたりで、食べ物もなく・・・・

やはり、諦めるしかないのか。。


朝4時頃になると、申し訳なさそうな小さな小さな声で「にゃん、にゅん」と。
「ふくちゃん、おはよう」と声かけると、呼応するようにしだいに大きな声になってくる。
トイレの便座に座って覗き込み、水音がするのが不思議なのか、何度も何度も繰り返す。
ワタシが食事の支度をはじめると、キッチンの向かえの椅子に登り、背伸びをして「にゃん、にゃーん」。
食事時は必ず膝に乗り、自分も欲しがった。
ワタシの洗面時には背中におんぶされ、ワタシが横になるとお腹に座った。
メグの散歩のときは、ガラス窓に擦り寄りメグの様子を目で追った。
ウンチの時は、トイレの縁に前足をかけて上手に。おりこうさん。
お気に入りの猫じゃらしや、クマのぬいぐるみで遊ぶ時のエネルギッシュな様子には、
いつも声を上げて笑った。
夜は、テレビの上のあの狭い場所でだら~んと足を下げてうつらうつら。

その時々のしぐさや表情を思い出すと、切なくなって涙がこぼれる。

探し回るワタシに、近所の人が「ウチの猫をあげようか」と。
いやいや、
ワタシは、猫が飼いたかったわけではない。
縁あって我が家に来たふくちゃんと、まだまだ、一緒に暮らせると思っていたのだ。
それに、たった3カ月だったが、
あることで気の重い日々を送っているワタシにとって、
ささやかでも、慰藉になっていたのだ。



よく、薪ストーブの前のこの籐の椅子の湯たんぽの上で、
まあるくなったり、時にはお腹を出して寝ていたふくちゃん。







             先日の朝方、金縛りにあった。
             ワタシの寝ている布団の中で何かもぞもぞしている。
             それは、はっきりと、確かに。
             「ふくちゃんでしょ。ふくちゃんでしょ」
             声を出そうとするが出ない。
             布団を跳ねよけようとするができない。
             手元の電気をつけようとするがスイッチが押せない。
             どうにか起き上がろうとするが体が動かない。
           
             やっとのことで目が開き、身体のこわ張りは解けたが、
             ふくちゃんはいなかった。


             パソコンの待ち受け画像を削除した。
             家にいると、つい脇の道を見る癖がついてしまった。
             それはまだ、消えないが、
             残された猫小屋やおもちゃを見るのは余計に辛い。
             もう片付けようかと思う。



             そうしてまた、
             言葉のない、笑いのない日常になる。。
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満身創痍

2016-10-09 17:47:52 | 雑感
        



        眼球はどぶの中に捨てた
        眼鏡の奥のくぼみには光も射さない
        ほかに方法もなくただ歩いて行く

        地球は苔のごとき隠花植物に掩われ
        ひとつかみの安住の地を見つけるには
        ありあわせの人生の
        大半を投げ出してもまだ足りないのだ
        花のような若さはとうに使いはたし
        油っこい悲哀が
        僅かに気管の底にひっかかっているきりだ
        空は空にあり
        草には草の生える場所があると聞くが
        彼を指名する安住の地などは
        最初からありようもなかったのだ
        おそらく彼の臓腑の内部には
        はかりきれない苦汁がたまってしまったのだろう

        魂はどこへ置いて来たのだ
        彼の顔をして身体だけが先を行く
        いつからあの尨大な天体の運行を真似ているのか
        蹌踉と地球の崖っぷちを前へ前へと歩いて行く

              ____牟礼慶子 『満身創痍』____




楽しいことに心が向かわず、憂いの日々が続いている。

あの日の丸尾さんの木彫展も、
一旦は行くのをやめようと思ったが・・・・
心が沈んだままに、どうにか車は桐生へ向かった。

そこは、丸尾康弘さんのいつもの静謐な世界。
心が、少しだけ安らぐ気がした。
そして、大好きな『巨人』の横にあったのは『レクイエム』
それは、深い青に隠れてひっそりと。

あの熊本地震のあとの作品だそうだ。





何千回もの祈りは届かず、
文字にするのも憚られ、言葉にするのも恐ろしい、
とうとうあれが鎌首をもたげる。
絶望____

吐き出すことのできない苦汁を抱え込んだまま、
それでもなお、キミは生きていかなければならないのか。
戻っては来ない魂に翻弄されながら、
それでもなお、キミは歩いて行かなければならないのか。
光の射さない中を・・・・



     ワタシは、成すすべもなく、
     払っても払っても湧き上がる不安と苦しさと、そして、諦めの中で、
     今、この『レクイエム』像を虚ろに見ている。
     救いはどこにあるのか。

     止むことを忘れた深いため息の中で、
     それでもなお、ワタシは祈ることしかないのか。。


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福、困りごと

2016-09-26 18:02:34 | 山の暮らし



目薬を変えていただいたにもかかわらず、涙目が治らず、
それが鼻にまわって、しょっちゅうクシュクシュと言ってはいるが、
そのほかは、ほぼ順調?
ワクチンも受けたし。
ワタシの就寝時間、起床時間に合わせて、夜もおりこうさんで寝ているようだし。


ただ、
只今の困りごとが____

ワタシの食事の時間になると、
どこにいようともささっと走ってきて、すかさずワタシの膝の上に飛び乗り、
ブガフガと鼻を鳴らし、テーブルに上がって自分も食べようとすること。

同じ時間に福の餌もたっぷり入れてやるのだが、
途中で、こちらへ来てしまう。

なので、
ワタシは、落ち着いて食事の時間が持てないでいるのだ。
左手で、福を抑えて、右手でぱぱっと食べなくてはならない。
おやつだって、福が寝ている間に、こっそり食べている状態。
困ったもんだ。








このところ、昼間は湯たんぽの入ったこの籐の椅子が定位置。
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FUKU'S NEW HOUSE

2016-09-18 16:01:27 | 山の暮らし




ケージ代用品として、Oさんから借りていたストーブガードが狭くなったので、
福ちゃんの家を新築した。
ダイソーのワイヤー等を調達して3000円で出来上がり。
ロフト付きだよ。
華奢な造りだが、とりあえずは、これで様子を見ることに。


日に日に活動範囲が広がり、
とうとう、オープンクローゼットの中の押し入れを見つけてしまい、
ワタシの手の届かないその奥に入り込んでしまって、
いくら呼んでも、出てこないようになってしまった。
困ったものだ。。

せめて、土間だけでの生活をしてもらいたいのだが・・・・
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福ちゃん、大いに遊ぶ。

2016-09-14 14:11:56 | 山の暮らし




注射が効いたのか、ふくちゃん、活発になる。
狭いケージの中でも飛び回る。
あの段ボールの塔?にも飛び乗り成功!
食欲も回復。(過ぎ?)



「おはよう、ふくちゃん」
朝起き声をかけると、にゅん、にやん。
ワタシの顔を見て、にゃん、にゅあん。
ケージの戸を開けると、出てきて、ワタシに擦り寄りごろぐるごろぐる。
ワタシが離れると、そのうち一人で遊び始める。
垂れ下がっている紐に飛びつき、
買ってきた猫じゃらしと戯れる。
時折、ちらり、こちらを伺いながら、忍び足を伸ばす。
そうして、ひとしきり遊ぶと、ケージの中でぐぅーすぅー。
ニンゲンと同じ。
赤ちゃんの一挙一動は見飽きないもんだ。


今はまだ、ほとんどはケージ前あたりでの遊びだが、
そのうちに、部屋中とびまわるようになるだろうなぁ。
それは困るんだけど。

思い切りあちこち好きにさせてあげたいのは山々だが・・・・
いくつもの事由で・・・・
ああ!難儀だぁ。。



そういえば、昨日から目がかゆくなってきた。
これまで秋の花粉症はなかったはずだが。




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ふぐぅーんがぁー

2016-09-12 14:15:35 | 山の暮らし


今朝は、ぶら下がっている紐に飛びついたして、少し遊んではいたものの、
相変わらず、食欲はなく、ウツラウツラ。
生後2か月といえば、あちこち動きまわっている頃じゃないのぉ?

それに、
ずびぃーんぐぅー
うがぁーすぴぃー
と、しょっちゅう鼻づまり?いびき?のような音を立てている。
鼻が詰まって苦しいのかも。
と、お湯で濡らしたガーゼを拭いてやるも、あまり変化なし。

風邪をひいたのかしら。
熱でもあるんじゃないかしら。
何か病気になっているんじゃないかしら。

と、気を揉むことしきり。
で、あれこれ心配しているよりはと、病院に連れて行った。


「元気の出る点滴をしましょ」ということだったが、
針も血管に入らないし、時間がかかるということで、それに代わる注射を。
そして、整腸錠剤と、ペースト状の健康補助食品が出た。


ヒェー
いやはや、今日は、目が飛び出るような費用がかかった。
保険が効くわけはなく高くつくだろうとは思っていたが・・・・
まあ、仕方ないワ。
心配で夜、ワタシが眠れない。よりは・・・・



しばらくは、これで様子を見ましょ。。



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FUKU'S HOUSE

2016-09-10 15:27:01 | 山の暮らし


受診後、2日目にはミルクと缶詰。
3日目からは、ミルクに乾燥餌を混ぜたものを、「えっ!こんなに!!」というくらいガツガツ。
その食べっぷりは見事。
2度も3度もお代わりをして、その量は生後2か月標準の2倍くらい。
立派なウン〇も。
体重も250g余りも増え、これで、もう安心。
と、思ったんだけど・・・・
今朝は、ほとんど食べなくなってしまった。
それに、元気もない。
昨日、買ってきた猫のおもちゃもをとっかえひっかえ試すも、全く食いつかない。
ケージの戸を開けていても(獣医師は開けないように言ったが)、出ようともせず、
まあるくなってウトウト状態。

大丈夫かなぁ。
心配、心配。
ネットで調べてみるが・・・・ストレス?

少しでも環境を整えてやろうと、
不器用で面倒くさがりワタシが、
今日は半日かけて、小学校以来?の工作をした。
ケージの中の段ボールは、試行錯誤、苦肉の策。
ネット情報によると、猫は高いところが好きだから、ポールが必要とあったから。
コレに飛び乗るかしら?
期待と不安。

生後1か月の拾った子ねこを育てている知人のところでは、
2か月になった今、外で、もう元気に飛び回って遊んでいる。
「ネコなんて、ほっといても育つんだから!手の掛け過ぎ!」というけれど・・・・


様子を見て、
このまま食欲、元気がなければ、
月曜日にでも病院に連れて行かなきゃかしら。

心配、心配。
とっても心配



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福ちゃん

2016-09-05 19:34:40 | 山の暮らし
隣町の動物病院で、
お腹の中の虫を退治するものを注入処置してもらい、
飲み薬と目薬をいただいてきた。

朝、猫用ミルクを40㏄位飲み、
夕方には、30gほどの缶詰を平らげた。
とっても痩せているが、食欲が出れば、もう大丈夫かな。


さて、さて、
そうなると今後のことも考えなければ。

問題は、どこで飼うかということ。
思ってもいなかったことなので。

猫部屋がベストなのだが、
先住のどっかり黒猫親子が、受け入れてくれるかどうか。
かといって、母屋に入れるわけにはいかないのだ。
そもそも2年前、長男と3匹の猫のため、別室を増築したのだから。
夫は、メグと一緒にという。
えっ!犬小屋で?!
まあ、犬猫仲良く暮らす様子をTVなどで見ることはあるが、
穏やかな性格とはいえ、メグが面倒みるだろうか。
母性愛があるとは思えない。
それに、
なんといっても、冬氷点下10度にもなるココで生きていけるの?
近所の猫たちは、外猫として暮らしているというけれど・・・・


獣医師のアドバイスは、
屋内で、しばらくはケージに入れてということなので、
今は、ワタシと一緒の部屋。
そして、
落ち着いてきて目ヤニが出なくなったら、
黒猫親子のいる別室に、ケージごと置いて様子を見るということだった。
相性次第というのだが・・・・果たして。








             生後2か月くらいらしく、男の子。
             幸福になってほしいと
             福をもたらしてほしいと、
             『福』ちゃん。。
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子ねこ

2016-09-04 14:02:34 | 山の暮らし


今朝の散歩でメグが見つけた。

雨の中、ぶるぶる震えて、弱った様子の子猫をそのまま見過ごすわけにもいかず、
とりあえず家に連れ帰った。

顔は傷だらけで目ヤニもいっぱいついている。
耳と背中に大きなキズ。
烏にでもやられたのだろうか。
お湯で身体を洗って、薬を付けておく。
安心したのか、段ボールの中でタオルにくるまって何時間もスヤスヤ。
途中、猫用ミルクを指で口に当ててみるが、舐めようともしない。
衰弱しきっているのか。
明日にでも病院に連れて行ってみよう。


大きな耳と長いしっぽ。



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尾瀬再訪

2016-08-23 16:09:53 | おでかけ
4年ぶりの尾瀬。
今回は、夏休暇で帰省した娘、それにオマケに夫と長男も付いて。

山の鼻から尾瀬ヶ原ハイキング、2日目に山の鼻から至仏山に登り、鳩待峠に下りるという計画を立てていたが、直前に変更。
山友Tさんによると、
「山の鼻からの至仏山はとんでもない」ということだった。
急峻で、滑る石ゴロゴロの岩場、何件もの滑落事故が起きているという。
その上、「ああダメだ!」と引き返そうにも後戻りのできない一方通行だと。
「絶対無理」と断言され、
鳩待ち峠から登り、折り返すというコースなら、しかも一日目に至仏山というのならいいだろうということになった。

 



夏らしからぬ今夏にあって、恵まれたその日は、まさしく登山日和であった。
足元に咲く小さき花々に目をやりながら、休憩地(ワタシたちはココを小至仏山だと思っていたが、後に知る)に着く。
開けたそこは、青空と白い雲の中、向こうには至仏山、眼下には尾瀬が原。
ああ、気持ちいい。大きく何度も何度も深呼吸。
家族での旅は何年振りか。
「Yも一緒に登りたかったぁ」
ワタシの言葉に、皆がそれぞれに視線を反らし聞こえないふりをする。
言ってはいけなかったのか。

夫はここで脱落。
3人で至仏山を目指し、ハアハア言いながらも2228m。
往復5時間の登山であった。




鳩待峠に戻って、そこから1時間歩いて山の鼻に行く。
その日、何度かツキノワグマが出現したらしく恐る恐るの道中だった。
この時期、ミズバショウの実を食べに来るらしい。
山の鼻の山小屋で一泊。
4人で枕を並べて寝る。
何年振りか。
これから先あるかないかのことだ。
来てよかったと思いながらも、一人いないことへの後ろめたさが残る。
「Yも一緒だったら」
今度は、目をつむったまま、ワタシはその言葉を飲み込んだ。
言葉にしただけ悲しみが強くなりそうで。




次の日は、尾瀬ヶ原ハイキングへ。
多くの花の時期は終わっていたとはいえ、ここそこで小さき花々が迎えてくれる。
遠くに燧ヶ岳を望みながら、今度はあそこに登りたいなと思う。
男どもは竜宮小屋までの3時間コース。
ワタシと娘はその先、見晴らしまで行き回る5時間コースをてくてく。





           いつしかワタシは、視線を落とし、
           広大な尾瀬ヶ原を、黙々と歩いていた。
           ここにいないキミを想い、
           長く長く混濁の中に、遠く遠く時間のない世界にいるキミを想い・・・・

           気が付くと、
           朝は、開いていなかったヒツジグサが、
           一つ、二つと開いている。
    
           いつか、いつか、キミにもそんな時が来てほしいと祈りながら、
           続く道をひたすら歩いていく。。
        
        


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