出てくる役者がいちいち全部、何か一枚着ぐるみのようなものを着て、それから衣装を付けて化粧をして芝居をしている感じが、最初から最後までつきまとっていました。
何だろう、何を着ているのか……何か一枚。「役者」の顔を素の役者の上にもう一枚かぶってやってるような、全体的なぎこちなさ。
お約束のお約束過ぎ具合。いくら旅芝居でも人気の演目とはいえ、なぜそんなにみんな声を張る? しかもわざとらしく? 大切な台詞は単独ではなく、会話の中にある。
なのに、どの言葉も単独で宙に浮かび、そして消える。会話になっていない。
クサナギツヨシの着ぐるみは、一番分厚い着ぐるみだった。当人は細身だけど。何を着せられたんだろう? 台詞回しより、声を作っているのが気になる。そして芝居は、着ぐるみを着せられて、その上に衣装を付けている。
着ぐるみは演出なのかなあ。どんな芝居でも、演出家の色は出る。匂いのときもある。今回は演出家が、一歩一歩まで決めたのではないかと思うほど、色濃かった。その決め方が、人によっては合っていなかったのかなあ、そうすると着ぐるみのような気がするのかなあ、などと考えてみた。
……これ、切ない芝居なんですよね?……
母を改心させる肝心の妹役、もうちょっとなんとかならなかったものでしょうか、濃い演出で。濃すぎてああなったのでしょうか。
あ、一人だけ着ぐるみ着てない人、いた。大竹しのぶ。彼女は、役者・大竹しのぶが、母を演じていました。一人で。
最後の場面がなあ。親も子も「そんなもなぁいねえ!」と言われて初めて斬り捨てる。あそこの台詞のやりとり、着ぐるみ同士の会話では、「そこに落ちるのか!」という観劇の醍醐味は味わえません。
何かが余計だった。何かが足りなかった。
クサナギツヨシは、頑張ったけど足りなかったのか、頑張っても無駄だったのか、そも、なぜいま、クサナギツヨシで『瞼の母』で『按摩と女』なのか。
クサナギツヨシはどこにつれていかれるのでしょうか。いい年して知らないおじさんについて行くはずもなく、自分で納得しているのだろうと思うと、よけいわけがわからなくなってきます。周りを食べさせなければいけない宿命を背負っているアイドルさんは、まだ見ぬ世界に飛び込んでみたかったのでしょうか。
義理と人情。
クサナギツヨシ、キミは『蒲田行進曲』で、最高の義理と人情を演じたんだから、それを忘れないでください。
何だろう、何を着ているのか……何か一枚。「役者」の顔を素の役者の上にもう一枚かぶってやってるような、全体的なぎこちなさ。
お約束のお約束過ぎ具合。いくら旅芝居でも人気の演目とはいえ、なぜそんなにみんな声を張る? しかもわざとらしく? 大切な台詞は単独ではなく、会話の中にある。
なのに、どの言葉も単独で宙に浮かび、そして消える。会話になっていない。
クサナギツヨシの着ぐるみは、一番分厚い着ぐるみだった。当人は細身だけど。何を着せられたんだろう? 台詞回しより、声を作っているのが気になる。そして芝居は、着ぐるみを着せられて、その上に衣装を付けている。
着ぐるみは演出なのかなあ。どんな芝居でも、演出家の色は出る。匂いのときもある。今回は演出家が、一歩一歩まで決めたのではないかと思うほど、色濃かった。その決め方が、人によっては合っていなかったのかなあ、そうすると着ぐるみのような気がするのかなあ、などと考えてみた。
……これ、切ない芝居なんですよね?……
母を改心させる肝心の妹役、もうちょっとなんとかならなかったものでしょうか、濃い演出で。濃すぎてああなったのでしょうか。
あ、一人だけ着ぐるみ着てない人、いた。大竹しのぶ。彼女は、役者・大竹しのぶが、母を演じていました。一人で。
最後の場面がなあ。親も子も「そんなもなぁいねえ!」と言われて初めて斬り捨てる。あそこの台詞のやりとり、着ぐるみ同士の会話では、「そこに落ちるのか!」という観劇の醍醐味は味わえません。
何かが余計だった。何かが足りなかった。
クサナギツヨシは、頑張ったけど足りなかったのか、頑張っても無駄だったのか、そも、なぜいま、クサナギツヨシで『瞼の母』で『按摩と女』なのか。
クサナギツヨシはどこにつれていかれるのでしょうか。いい年して知らないおじさんについて行くはずもなく、自分で納得しているのだろうと思うと、よけいわけがわからなくなってきます。周りを食べさせなければいけない宿命を背負っているアイドルさんは、まだ見ぬ世界に飛び込んでみたかったのでしょうか。
義理と人情。
クサナギツヨシ、キミは『蒲田行進曲』で、最高の義理と人情を演じたんだから、それを忘れないでください。










