喪中につき年始のご挨拶を失礼させていただきます。
昨年暮れ・・12月24日
実家の母が、66歳で永眠いたしました。
悪性リンパ腫で緊急入院してからわずか一カ月あまり・・
母は、私たち家族のもとから旅立って逝ってしまいました。
今にも「元気にしてる〜?」との母からの電話が有りそうな・・
実家へ行けば、諸手を挙げて「待ってたよ〜!」と元気に迎えてくれる・・
そんな母しか思い浮かばず・・
元気な母の姿をもう・・この世で見る事はないこと・・
未だに信じられません。
母の病気に気づいてあげられなかったこと、
もっと早く分かっていれば、治療法がある病気に対して何の治療も出来なかったこと、
今でも悔しい思いでいっぱいです。
今にして思えば、家族に心配をかけたくなくて、
きっと・・しんどい時も我慢してたんだろうなぁ・・
我慢なんかして欲しくなかったよ・・
心配かけて欲しかったよ・・
お母さんがこの世からいなくなってしまうくらいなら・・
家族みんな、そう思ってる。
*****
闘病で、痩せて頬もげっそりし、苦しげな息をしながら・・
残り少ない命を刻んでいた母・・
その母の顔を見るのは、とても辛かった。
ガンによる痛みで、苦しかっただろうに・・
本人は、自分は十二指腸ガンで手術をすれば助かる。。と思っていたようで、
「早く、元気になって、お父さんの面倒を見ないとね!」
母は、皆にそう言っていた。
母は、生きようと・・頑張っていた。
だから、母の意識があるうちは、
「頑張れ。。早く治して家に帰ろうね!」
と、皆で励ました。
その後・・母の容態が悪化し。。
痛みを緩和するため医療用麻酔を限界まで増やした結果、
母の意識がなくなってからは。。
「お母さん・・頑張ったね。もう・・こんなに頑張ったんだから。。いいよ・・
お父さんのことは、心配しないでね。」
母にはそう。。声をかけた。
*****
12月24日。。深夜2時頃
枕元に置いてある携帯に。。姉から電話。
「母・・危篤」
病院へは、父と姉が駆けつけてくれた。。
暫くして。。
「亡くなった・・」との連絡。
夜が明けてから・・実家へ
病院から自宅に戻って、
奥の床の間に寝かされていた母は・・
綺麗に化粧をしてもらった母は、ふっくらしていて本当に
静かに眠っているだけのよう・・
母の亡骸を前にしても。。
母が亡くなった・・という実感がわかず・・
「お母さん・・頑張ったね。うちに帰ってきたんだよ。安心してね・・」
そんなことくらいしか・・声をかけられませんでした。
悲しんでいる間もなく、
葬儀に関する細かい事をセレモニー側と話を詰めて決めなければならなかったのですが、
抗がん治療中で体調が万全でない父に変わって、
姉が中心になって動いてくれました。
次の日。。
納棺の際、親戚一同で母を送りだす準備をしていた時のこと。。
「あの世に、嫁に出すようだね・・」
親戚の伯母がそう言って手を合わせていました。
頭には綿帽子・・そして、白い綿の衣装を着せてもらった母の。。
その姿は本当に花嫁さんのようでした・・
母は、明るくて世話好きで、さっぱりした性格でしたから、
男女を問わず、お友達がいました。
通夜・告別式には、たくさんの方が参列して下さいました。
*****
母が亡くなってから、
通夜、葬儀、告別式・・慌ただしく過ぎていき・・
いま・・私はいつもの日常を送っている。
それでも。。
ふとした時に、母のことが心に浮かんでくると。。
涙・・がこぼれます。
もっと、もっと・・母に感謝の言葉を伝えたかったし、
いろいろな事を話たかったな・・
そんなことばかり考えています。
家族のことを何よりも大事に思っていてくれていた母・・
我が家の太陽だった母。。
たくさんの愛をありがとう。。
こんなに早く、旅立つことになって・・
お母さんが一番無念だろうけれど。。
どうか。。安らかに・・
私も。。いつまでも、めそめそ・・しないで、
しっかりと、生きていくからね!
めそめそ・・しなくなるまでには、
もう少し。。時間がかかってしまうだろうけど・・
*****
1月19日で、ブログを始めて2年が過ぎました。
今回をもって、この日記に区切りをつけたいと思います。
今まで、ご訪問下さった皆様、仲良くして下さった皆様・・
心より。。感謝いたします。
また。。元気が戻ったら。。
ハルのブログを再開したいと思います。

ハルの。。

穏やかな寝顔に 心癒されて。。
また。。
お会いできる日まで。。
くるる&ハル
昨年暮れ・・12月24日
実家の母が、66歳で永眠いたしました。
悪性リンパ腫で緊急入院してからわずか一カ月あまり・・
母は、私たち家族のもとから旅立って逝ってしまいました。
今にも「元気にしてる〜?」との母からの電話が有りそうな・・
実家へ行けば、諸手を挙げて「待ってたよ〜!」と元気に迎えてくれる・・
そんな母しか思い浮かばず・・
元気な母の姿をもう・・この世で見る事はないこと・・
未だに信じられません。
母の病気に気づいてあげられなかったこと、
もっと早く分かっていれば、治療法がある病気に対して何の治療も出来なかったこと、
今でも悔しい思いでいっぱいです。
今にして思えば、家族に心配をかけたくなくて、
きっと・・しんどい時も我慢してたんだろうなぁ・・
我慢なんかして欲しくなかったよ・・
心配かけて欲しかったよ・・
お母さんがこの世からいなくなってしまうくらいなら・・
家族みんな、そう思ってる。
*****
闘病で、痩せて頬もげっそりし、苦しげな息をしながら・・
残り少ない命を刻んでいた母・・
その母の顔を見るのは、とても辛かった。
ガンによる痛みで、苦しかっただろうに・・
本人は、自分は十二指腸ガンで手術をすれば助かる。。と思っていたようで、
「早く、元気になって、お父さんの面倒を見ないとね!」
母は、皆にそう言っていた。
母は、生きようと・・頑張っていた。
だから、母の意識があるうちは、
「頑張れ。。早く治して家に帰ろうね!」
と、皆で励ました。
その後・・母の容態が悪化し。。
痛みを緩和するため医療用麻酔を限界まで増やした結果、
母の意識がなくなってからは。。
「お母さん・・頑張ったね。もう・・こんなに頑張ったんだから。。いいよ・・
お父さんのことは、心配しないでね。」
母にはそう。。声をかけた。
*****
12月24日。。深夜2時頃
枕元に置いてある携帯に。。姉から電話。
「母・・危篤」
病院へは、父と姉が駆けつけてくれた。。
暫くして。。
「亡くなった・・」との連絡。
夜が明けてから・・実家へ
病院から自宅に戻って、
奥の床の間に寝かされていた母は・・
綺麗に化粧をしてもらった母は、ふっくらしていて本当に
静かに眠っているだけのよう・・
母の亡骸を前にしても。。
母が亡くなった・・という実感がわかず・・
「お母さん・・頑張ったね。うちに帰ってきたんだよ。安心してね・・」
そんなことくらいしか・・声をかけられませんでした。
悲しんでいる間もなく、
葬儀に関する細かい事をセレモニー側と話を詰めて決めなければならなかったのですが、
抗がん治療中で体調が万全でない父に変わって、
姉が中心になって動いてくれました。
次の日。。
納棺の際、親戚一同で母を送りだす準備をしていた時のこと。。
「あの世に、嫁に出すようだね・・」
親戚の伯母がそう言って手を合わせていました。
頭には綿帽子・・そして、白い綿の衣装を着せてもらった母の。。
その姿は本当に花嫁さんのようでした・・
母は、明るくて世話好きで、さっぱりした性格でしたから、
男女を問わず、お友達がいました。
通夜・告別式には、たくさんの方が参列して下さいました。
*****
母が亡くなってから、
通夜、葬儀、告別式・・慌ただしく過ぎていき・・
いま・・私はいつもの日常を送っている。
それでも。。
ふとした時に、母のことが心に浮かんでくると。。
涙・・がこぼれます。
もっと、もっと・・母に感謝の言葉を伝えたかったし、
いろいろな事を話たかったな・・
そんなことばかり考えています。
家族のことを何よりも大事に思っていてくれていた母・・
我が家の太陽だった母。。
たくさんの愛をありがとう。。
こんなに早く、旅立つことになって・・
お母さんが一番無念だろうけれど。。
どうか。。安らかに・・
私も。。いつまでも、めそめそ・・しないで、
しっかりと、生きていくからね!
めそめそ・・しなくなるまでには、
もう少し。。時間がかかってしまうだろうけど・・
*****
1月19日で、ブログを始めて2年が過ぎました。
今回をもって、この日記に区切りをつけたいと思います。
今まで、ご訪問下さった皆様、仲良くして下さった皆様・・
心より。。感謝いたします。
また。。元気が戻ったら。。
ハルのブログを再開したいと思います。

ハルの。。

穏やかな寝顔に 心癒されて。。
また。。
お会いできる日まで。。
くるる&ハル











再開をお持ちして居ります。
心よりお悔やみ申し上げます。
いつかきっとブログを再開される日を
お待ちしてしてます。
うちの母も58でわかったときには末期でした、
だからくるるさんのお気持ちお察しします
また明るいおふたりにお逢いできる日をお待ちしています
暫く更新無かったので心配していました。
早く元気になって戻ってきてください。
お待ちしてます。=^_^=
2年前に父を亡くした時の、つらい気持ちを思い出しました。
くるるさんの暖かいご家庭を大事になさってくださいね。
私はあいかわらずのブログを書いています。
たまに覗いて気分転換してくださいね。
お母さんのこと残念です。家族の中でも母親って特別な存在だから。
今は心の赴くままに悲しんでいいのよ。頑張りすぎないでね。
ありがとうございます。
お辛いことでしたね。
私も父を同じように亡くしたので
お気持ちがとてもよくわかります。
くるるさんの元気な姿が
お母様もうれしいでしょう・・・
少しずついつものあたたかい
くるるさんに・・・
あせらずやってください・・・
くるるさん、待ってますからねー
またハルちゃんのかわいい姿を自慢しに戻ってきてくださいね☆
それまではハルちゃんを独り占めして、癒され穏やかな時間をお過ごしになれることを祈っています
あまりに早いお別れに本当に残念な気持ちでいっぱいです。
お辛い最中、心の内を語ってくださってありがとうございました。
私も見送らなくてはならない家族がいます。
後悔のないようにかかわっていきたいと思いました。
くるるさん、
いつも明るく励ましてくださって本当にありがとうございました。
タマによく似たハル君、
笑顔のかわいい ちいハルちゃんとお姉ちゃん
そして家族思いの優しいくるるさん。
きっと亡くなったお母様も同じように
明るい家族思いの方だったのでしょうね。
お母様の優しさはくるるさんに引き継がれ
また娘さん達に引き継がれ
永遠に生き続けることでしょう。
気が向いたらまた遊びにきてください。
いつでもおまちしています。
くるるさんとのお付き合い、もう2年過ぎたんですね
時が経つのは早いです
ブログやフォトメモ再開されるのを楽しみにしております
また、お気が向かれた時にでも我が家のにゃこさんsをチラ見にお越し下さい
それでは、寒い日が続きますがお風邪など引かれませぬようご自愛下さいませ
ブログ再開の日を待っています。頑張りすぎないでね。お休みも必要ですもの。
くるるさん くるるさんもご自分のお身体大切になさってくださいよ。
今の私に何と言えるでしょう。
母を失った悲しみは、ご本人にしか
分からないと思います。
私の母とほぼ同世代で、
まだまだお若いのに。
母は2月6日で65歳です。
元気でいてくれるのが当たり前のように思っている自分に、はっとしました。
くるるさん。
どうか、御自分を責めないでください。
お母様もきっと、天国から、
今は苦しみからも解放されて、楽になったんだから・・・
そんな風に娘さんに声をかけられているのでは
ないかと感じます。
今は、無理をなさらず、
ゆっくりされてください。
またいつか、ブログを再開されたときは、
遊びにきますね。
お元気で!!!
すず
ありがとうございました。
お返事が大変遅くなってしまい・・申し訳ありません。
先日、四十九日の法要も行い・・
随分、心も落ち着きました。
病身の父のことも心配なので、
いつまでも、くよくよ・・していられません。
母に心配をかけないよう、心を強く持っていきたいと思います。
折に触れて。。また、ブログに記事を綴っていければ・・
と思っています。
お返事が遅くなっちゃいましたが。。
たくさんの方から、励ましの言葉をいただいて、
随分と元気が出てきました^^
人の心の温かさって、本当にありがたいですね・・
ブログの方は、
折に触れて、近況をお知らせしていければ。。
と思っています。
しゃちくんのブログには、今まで通り訪問させて下さいね!
悲しみが、癒える時まで、、、
祈り続けます。
お返事が遅れてしまい、失礼いたしました。
先日、四十九日の法要も済ませ・・
心も大分落ち着いてきました。
実家の父が元気であったら、まだ良かったのですが、
肝臓にガンがあって、通院しながら抗がん剤治療をしています。
soramamaさんのお母様は、うちの母よりも
ずっとお若くして亡くなられたのですよね・・
身内が亡くなる辛さ。。こんなにも、
心にぽっかりと穴があいたような気持ちになるのか。。痛感しました。
それでも、残った家族で助け合いながら、
母に心配をかけないように元気を出していこう!と思っています。
soramamaさんと空ちゃんにまた、会いに行きますので、よろしくお願いします^^
お返事が遅れてしまい、申し訳ありません。
キイロイカラスさん、お身体の具合はいかがですか?
随分とご無沙汰してしまって、すみません。
私の気持ちも、だいぶ落ち着きましたので、
また、ブログへお邪魔させて下さいね。
こちらのブログですが、折に触れて。。
近況報告などしていきたいと思っています。
更新したときは、遊びに来て下さい^^
お返事が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
ねこさんは、お父様を亡くされていたのですか・・
辛いことを思い出させてしまって、すみません。
自分の心の内をこうして、文章にしたことで、私の気持ちも随分、落ち着きました。
また、温かいお言葉を皆さんからいただいたことで、
沈んでいた気持ちが、元気になってきました。
近況など、こちらのブログで報告していきたいと思います。
更新したときには、遊びに来て下さると嬉しいです^^
ねこさんのブログにも、いままで通り遊びに行かせて下さい。。
ごめんね・・
亡くなったのが昨年の12月24日で、
それから、バタバタ・・しちゃって・・
11月の半ばに入院して、一か月・・
信じられない旅立ちでした。
ラジーちゃん。。孝行したい時には、親は無し・・になっちゃたよ。
恩返し。。何も出来なかったな・・
母の分まで、父に親孝行したいと思ってます。
ラジーちゃん、ありがとう!
お返事が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
guchaさんのおっしゃる通りですね。
私が悲しんでばかりいては、母もきっと、悲しいですよね。
母に心配をかけないように、
これからは、笑顔が絶えない生活を送ります。
四十九日の法要が済んで、
私の気持ちも大分落ち着きました。
guchaさんのブログにも、またお邪魔させていただきますね!
お返事が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
こうして、温かい言葉をいただいたこと、
母の四十九日を先日済ませたことで、
私の気持ちも、前向きになってきました。
いつまでも、悲しんでいたら・・母が心配しますものね。
パパや子供たち、そしてハルにもだいぶ助けられました。
maruさんとおチビちゃんにまた、会いにいかせていただきますね^^
これからも、よろしくお願いします。
お返事が大変遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
お父様のご様子はいかがですか?
まだまだ、朝晩は冷え込みますから、
お風邪など引いていなければいいのですが・・
母がいよいよ危ないと分かった時に、
義理の母が、
「子供のことは心配しないで・・協力するから。悔いのないように、お母さん付き添ってあげなさいね。」
と言ってくれました。
最後を看取れなかったのは寂しかったですが、
出来る限りの付き添いはしました。
母も分かってくれてるかな。。と思います。
過ぎ行く日々が、心の痛手を癒してくれると思います。
タマ姐さん、クレハちゃん・・元気ですか?
また、ブログへお邪魔させて下さいね!
お返事がこのように遅くなってしまい、
申し訳ありません。
月日が過ぎゆくのは、あっという間ですね。。
母とのたくさんの思い出がありますから、
悲しいですけど、また、元気な自分に戻っていけます。
悲しみに沈んでばかりでは、母も心配しちゃいますよね。。
これからも、末長くお付き合い下さると嬉しいです。
お返事が遅くなって、申し訳ありません。
今はまだ、 母がいなくなってしまった現実に、
戸惑い、悲しみの気持ちでいっぱいですが、
一時期よりは、だいぶ落ち着きました。
私が悲しんでいては、母も心配でしょうから・・
ちいハルのブログは、続けたいと思います。
うめさんのブログにも、お邪魔させてくださいね!
お忙しい中、お悔やみの言葉を下さってありがとうございます。
お返事が遅くなってしまい、申し訳ありません。
先日、四十九日の法要の際、ご住職様がこの様なことをおっしゃってました。
「お母様は、残念な事に・・お若くして亡くなられ、ご遺族の皆様の悲しみは如何ばかりか・・と存じます。
それでも、人は皆いつか旅立ちます。
残された者は別れの悲しみを乗り越えていかねばなりません。
お母様は、四苦から解き放たれ・・御仏のもとで皆様の行く末を見守っていてくれるはずです。」
母にいつかは会えるのですから、
それまで、恥ずかしくないように日々を大切に生きていきたいと思っています。
私のブログは、ひとまずお休みしますが、
すずさんのブログにはお邪魔させて下さいね!
実家の父が心配なので、
なるべく実家に顔を出すつもりです。
メッセージを送りましたので、
時間のある時に読んで下さい^^
癒えるときがくる…
そう信じたくても
今はどうしても…って時期なんじゃないかとお察し致します。
それなのに 御丁寧にお返事を頂き、ありがとう。
なんだか こちらまで目が潤んでしまいそうで。
住職のお話、じーんときました。
恥ずかしくないように前を向いて生きていく、
とおっしゃる くるるさんのお言葉に
逆にこちらが慰められました。
そんな くるるさんに、御紹介したい人がいます。(ネットを通じてですが)
私の生まれ故郷は熊本県水俣市ですが、同じく水俣出身のシンガーソングライターの「むたゆうじ」さん。
彼のHPで知ったのですが、ある女性の病床にいるお母さまが彼のCDを聴いて、涙した、そして そのお母様の御要望で、その曲が入ったCDを無料プレゼントしたい、というお知らせでした。(送料のみ、負担ですが)
今、その曲を私のブログにて紹介していますが、数量限定なので、もし、興味があれば、仰って下さいね。(彼の名を入れると、公式サイトに行きつくので、そちらで詳しく知ることもできますが…)
わたぼうしコンサート、聴いたことありますか?
しょうがい者の為に もう何十年も福祉コンサートを行っていらっしゃる方です。
私が初めてコンサートを聴いたのは、中学生の頃でした。
そう思うと時間って、あっという間に経ってしまいますね。
くるるさんの気持ちが落ち着いて、お母さまを思い出しても笑顔になれる日がきたらー
そのとき、またブログでお喋りしましょうね!
お元気で!
すず
うちの父も今、肺に水がたまっていて入院し抜いています
4月で80になるので油断はできない状態らしいです、
パーキンソンもあるので筋力もないですしね・・
ますます寝たきりなのでおかしなことを言い出しました、
明日はちがう検査をするそうです。
軽い病気だといいのですが
ここで 励ましの言葉は私には見つかりません
ごめんなさい。。。。
私も もう25年も前に親を亡くしているから
切ない気持ち 身に染みて解ります。
いっぱい いっぱい お母様の事思い出してあげて 泣きたければ、いっぱい泣いて下さい。
良く、そんなに泣いたら 亡くなった方が 辛いよ
元気に成れたら お母様も喜んでくれますよ。
今は 泣きたいだけ泣いてくださいね・・・・
ブログ復帰したら また 私達とお話しましょうね
いつまでも お待ちしてますよ。。。。(-人-。)
最近、どうしていらっしゃるのかしら?
とブログを覗いたら・・・。
大変辛い思いをなさいましたね。
私も、4年前に父を亡くしています。
急死で、65歳でした。
亡くなったと、連絡をもらってから、不思議なことに、ベランダから、父が部屋を覗いていました。(挨拶にきたのだと思います)
実家に帰ると、もうお棺の中で、未だに実感が湧かず、たまに、夢に出てきます。
インドが好きだったので、インドを旅しているような気がしています。
夢の中でも、インドの森の深くに静かに入っていく父の姿が見えました。
たいぶ泣いたのですが、いまだに、涙が出てきます。
こればかりは、「時薬」と言って、時間がかかるようです。
どうか、お体に気をつけてくださいね。
それと、地震は大丈夫ですか?
肺の水はぬけきらないようですが、施設にもどって明るくなりました。
空にゃんクイズと抽選会をやっています、
もしよかったら参加くださいね☆
夏に母に続き父もあちらへ旅立ってしまいました。父の場合は覚悟していたとはいえ、本人の希望を叶えてあげたかったな…と思います。
来月は、母の一周忌です。時の流れの早さには驚かされます。
少しずつですが、ブログも再開したいと思っています。
お父様はお元気ですか?
実家の父は残念ながら、母のもとに旅立ってしまいました。
母に続いて父も最期を看取ってあげられなかったのが悔しいです。
それでも、元気を出していこうと思います。
空ちゃんに会いにまた伺います!
母に続き、父も鬼籍に入ってしまいました。
それでも悲しんでばかりいたら両親に心配をかけてしまいますよね。
そう思って、前向きに頑張りたいと思います。
悲しいのは、苦しいのは自分だけではないですから。
ブログも少しずつですが、再開できたら…と思っています。
お返事が今頃になって申し訳ありません。
一人でいるときや、ふとした時に両親のことが頭に浮かびます。
ああすれば良かったとか、もっと手立てはなかったのか…とか思ったりします。
現在、実家は誰も住む者がいないので、これからどうするのか姉や弟と決めなければいけません。
自分の育った家が無くなってしまうのは寂しいですけれど。
地震の被害はマンションの外壁にヒビが入ったくらいでした。