尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「白い指の戯れ」「殺し屋人別帳」「地底の歌」「泉」

2016年10月19日 22時37分14秒 |  〃  (日本旧作)
 昨日は記事を書かなかった。大体毎日書いてるけど、書くことが無くなれば止めようと思う。でも、本や新聞は読み続けると思うので、何かしら書きたいことはあるんじゃないか。

 書かない日は、①体調が悪い②旅行している③読書(特にミステリー)が佳境に入っていてパソコンに気が向かわない④前日に大事な話を長く書きすぎたので休みたい⑤遅くまで出かけていて、時間的に書く余裕がない という大体5つのパターンになると思う。調子が悪いんじゃなくて、むしろ元気な時に書かないことが多い。昨日は⑤だったわけだけど、最近はできるだけ夜は出かけないようにしている。やっぱり歳とって、元気と行動力は少しづつ落ちているんだろうな。

 さて、今回のタイトルは昨日見た映画の名前。4本も見てしまったのだけど、今までそういうときのタイトルは「昨日見た4本の映画」などと書いていた。そうすると、後で自分でも何の記事を書いたのか判らなくなるので、今回は名前を列記してみたわけ。世の中には、どうしても見なくてはいけない映画なんかない。古い映画の場合は、映像素材自体は残ってるから今やってるわけだから、また機会があるに決まってる。でも特に珍しい映画の場合は、逃がせない気持ちになる。

 昨日はまずシネマヴェーラ渋谷で荒木一郎特集。見なくてもいいかと思ったんだけど、時間的に間に合いそうなので、「白い指の戯れ」(村川透監督、1972)を3回目。日活ロマンポルノだけど、今のレベルからすると(というか当時でもそうなんだけど)、ポルノグラフィー度は低い。「スリ」に生きる青年(荒木)にひかれてゆく若い女性(伊佐山ひろ子)。数年前に日活100年の時に見直したときは、「赫い髪の女」なんかと一緒なので、甘々すぎて今じゃもう見れないなと思った。

 でも、単品で見れば伊佐山ひろ子が可愛くて、見ていて飽きない。まあ、これと「一条さゆり 濡れた欲情」でキネ旬主演女優賞というのは、確かにどうかと思う。それはキネ旬ベストテン史上最大の「スキャンダル」となったけど、当時の勢いはすごかった。荒木一郎が町の看板を逆読みしていくシーンは、僕も公開当時にマネして歩いたもんだった。ロベール・ブレッソンや黒木和雄の「スリ」、あるいは福田純の「大日本スリ集団」、ウィル・スミスが天才詐欺師を演じた「フォーカス」(未見)など、スリ映画はかなりある。この映画はロマンティックで、犯罪の描き方に時代性がある。それと低予算の日活ロマンポルノは、東京ロケ映画として価値が高い。渋谷駅前や新宿御苑の地下鉄、八王子の映像などが貴重。

 続いて、併映の石井輝男監督「殺し屋人別帳」(1970)。日本のB級映画の巨匠、石井輝男だけど、あまりに作品が多いので見てない作品がまだ多数ある。今じゃカルト的人気を誇る「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」の次に作ったギャング映画が「殺し屋人別帳」である。渡瀬恒彦のデビュー作。いつも変な役柄の荒木一郎が、ごく普通の善玉ヤクザの兄貴をやっていて、それが逆に貴重かも。なんといっても、佐藤允の殺し屋「鉄」がいつも「フランシーヌの場合」を口笛で吹きながらフランス語をしゃべるという役で笑える。大正琴を抱えた流しのアラカン(嵐寛寿郎)が名うての老殺し屋とか、小池朝雄、由利徹に小川ローザとか脇役が凄すぎて、荒木一郎が全然目立たないぐらい。

 石井輝男は最晩年に「ゲンセンカン主人」や「ねじ式」を撮って、ちょっとアートっぽくなったけど、東映エログロ路線とか、ひんしゅくを買うような映画を作ってきた。「網走番外地」シリーズを撮った人だけど、新東宝時代のラインシリーズ東映初期のギャング映画なんかが面白いと僕は思う。晩年を除き、ずっと大手で撮ったからロジャー・コーマンとは比べられない。でも娯楽映画の王道を行くマキノ雅弘などと違い、あくまでもB級テイストで撮り続けた石井輝男はきっとまだまだ発見を待っているように思う。どんな映画ファンだって、全部見ている人はいないんだから。なお、渡瀬の主題歌を含め「じんべつちょう」と読ませている。「宗門人別改」から来るんだから「にんべつ」と読むべきではないか。

 そこから、交通費がムダなんだけど、神保町シアターに行き(30分で移動)、野口博志監督「地底の歌」(1957)が貴重で逃したくないので見に行く。平林たい子原作の映画で、それは1963年の鈴木清順監督「関東無宿」と同じである。「関東無宿」しか見てない人が(コアな映画ファンでも)多いと思う。木村威夫の美術はないわけだけど、話はそっくりである。原作が同じなんだから当たりまえだが。「関東無宿」は、小林旭が主役で、若い女優は松原智恵子、年上の女は伊藤弘子、その夫のイカサマ師が伊藤雄之助。それが「地底の歌」になると、同じ役が名和宏、坪内美詠子、山根寿子、菅井一郎。古い映画ファンなら知ってるかもしれないが、ずいぶん渋い。その代り、チンピラの「ダイヤモンドの冬」を石原裕次郎がやっている。

 「関東無宿」が魅力ある清順映画なことは確かだけど、話がどうも変な感じがする。そこは「地底の歌」の方がリアリズムで判りやすいかもしれない。名和宏が山根寿子にひかれる方が納得できるし。案外しっかりした演出で、見ごたえがある「文芸映画」になっている。「関東無宿」は品川が舞台だったが、「地底の歌」は東京東部で撮っている。冒頭が錦糸町駅で、当時の楽天地が見える。そこに女子高生三人組がやってくる。ということは、彼女たちは両国高校だったのか? その後、花子が連れていかれる場所も、成田と明示されていて京成成田駅が出てくる。当時のロケは、今見るととても貴重。

 そこから、また渋谷に戻って、ユーロスペースで小林正樹監督の「」(1956)という初期作品。まあ8本目で、「あなた買います」の次だから、初期でもないか。全然上映機会がない映画で、僕も今回初めて小林監督にそんな映画があるかと意識した次第。岸田國士原作を松山善三が脚色しているが、とにかく変な映画。佐分利信ははっきりしないし、佐田啓二は大声でいつも怒っている。映画内で誰も結ばれない変な、とても受けそうもないメロドラマだが、むしろ水源地をめぐる社会派映画というべきか。この映画は、別に小林監督のまとめとして書きたいと思うけど、とにかく変な映画。疲れているのに2時間以上を眠くさせずに見させてしまう力はある。

 有馬稲子が異様に美しく、その意味では黒澤明「白痴」の原節子を思い起こさせる映画だった。これほどヒロインが美しすぎると、映画内であっても誰とも結びつけられないのか。そこまで「女優が異様に美しい映画」というのは他に何かあるかな。「僕らは世界を救えるか」映画の話は書くのが結構大変なので、断続的に。
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