尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

教員免許更新制のあれこれ-日々のあれこれ④

2015年03月31日 23時40分00秒 |  〃 (教員免許更新制)
 カテゴリーを「教員免許更新制」に変えて、「日々のあれこれ」の続き。教員免許更新制の細かい制度設計のおかしな問題は、前に何度も書いているので繰り返さない。そもそもブログの名前を「教員免許更新制反対日記」としているわけだけど、これもそろそろ変え時かもしれない。本来、定年前に辞めてもいいと思い続けたので、もう自分で「早く辞めた」という意識が薄れる年齢に入ってきてしまった。そして、はっきり言ってしまえば、安倍長期政権により「教員免許更新制」の撤廃、あるいは「改善」さえも実現不可能になってしまったという認識もある。

 本来、教員免許更新制は憲法違反であるという裁判をやってみたいと思っていた。韓国やタイのような憲法裁判所がない日本では、個々の法規や政令などに対する違憲訴訟は非常に厳しい。国権の最高機関である国会の裁量範囲であるという判断が下るのはほぼ確実だろう。だから、ほとんど敗訴するという前提でやるしかないわけである。つまり、「運動としてやる」ということになる。「もし、3・11がなかったら」と言っても仕方ないんだけど、辞める決断をしたときは「3・11」のちょうど前だった。2011年という年は、新たに裁判を起こすには非常に不利な状況だった。それに遺産で持ってた東電株が暴落して、裁判費用どころか、予定していた生活費のもくろみが崩れてしまった。後で思うと、大震災の週明けにすぐ売ってしまえば良かったんだけど、とてもそういう判断ができる状況ではなかったのである。こうなったら持ったまま株主総会に行こうかと思って、出かけて行った記録はこのブログに残してある。

 僕が思うに、どうせ教育行政は「現場教員なんか、上の言うとおりにやってればいいドレイだ」と思ってるんだろうから、教員免許更新制なるものを導入するのであるなら、従前の政策を貫徹して欲しかった。僕だって、すべてに逆らっては生きていけないから、多くの教員と同様にやむを得ずいろいろと妥協して、自分をだましながら働いてきたわけである。だから、校長から免許更新に行けという研修命令が下っていれば、仕方ないからと思って更新していたのではないか。ところが、この制度は「免許は私的な資格である」と称して、自分で大学等の講座を探して自費で申し込めという制度設計になっている。このように、今までの保守政治は「教員ドレイ化」を進めてきたが、21世紀になるとそれでは済まなくなったのである。公的なるものを解体しつくして、「私人」として改めて「忠誠」をつくさせるのである。第一次安倍政権に作られた教員免許更新制に、そのような「新自由主義」と「国家主義」の混成、言ってみれば「21世紀のファシズム」的な発想の芽生えが見て取れるのではないか。

 この問題を教育関係者以外の人に語ると、「教員組合の力で何とかならないのか」という人が、(市民運動圏の人の多くには)けっこういたのにビックリした。教員組合が何とかできると思っているのである。勤評闘争がどうとか、大昔の話を語る人もいる。教員組合の組織率は右派系組織を含めても3割台なんだから、今でもある程度組織率が高いところがあることを考えると、大都市の中学などでは組合活動家はほぼ「絶滅危惧種」なのではないだろうか。闘うどころか、組織維持も危うい。学校という職場は、多忙すぎるうえ、生徒や保護者のプライバシーに触れる可能性があるから、教師のほとんどは職場の実態を声をあげて外へ知らせない。それに、日本全体で労働環境が急激に悪化してきた中で、ただクビにならない、問題さえ起こさなければ定年までは勤められそうだという、たったそれだけのことで「恵まれている」と思われてしまう。保護者や生徒の中には、あからさまにそう言ってくる者までいる。「教員バッシング」が自分に向わないように、首をすくめて耐え忍んでいるのが教師の実態だろう。
 
 僕にとっては、管理職や主幹教諭には「免許更新の義務がない」ということが、今でも一番残る大きな問題点になっている。なんで自分が更新講習を受ける気にならなかったかと言えば、まあ民主党政権の対応に一定の期待をかけたこともあるが(政権公約に触れられていた)、一番大きいのは「免除規定」が許せなかったということだろう。裁判するとしたら、まずこの点を「14条」(法の下の平等)違反として挙げることになるだろうと思ってきた。「管理職や主幹にならないために」、どのくらい不毛なエネルギーを使って来たかを思い返せば、自分の人生の否定に見えてしまったのである。いや、学校事情もあれば、個人の思いをあるだろうから、中には管理職を目指す人もいていい。校長という職そのものを否定するわけではない。だけど、現在の東京を見れば、管理職に「思想・言論の自由」はない。思うような学校運営ができないのに管理職を目指す人が何故いるのか、僕にはよく判らない。その辺りになると、生き方の違いというしかないんだろうと思う。

 僕だって、先にも書いたように、自分の好きなようにだけは生きて来られない。本来は「主任制度」(主任教諭制度に非ず)に反対だったわけだが、校内の分掌主任あるいは学年主任は引き受けた。やらなくてもいい時までやろうとは思わないけど、自分がやった方が早い時は引き受けたのである。でも、それは単年度の仕事であり、手当が付くとはいえ、要するに「手当」である。管理職や主幹になると、手当ではなく「職階の違い」になってくる。これは僕の教育観、学校観からは、全く受け入れられない。だから、正直に言うと、長いこと教員をやってきて淋しい思いをして、もういいやと気になっていたのだと思う。何も管理職にならずとも、せめて主幹にはならずとも思いながら、毎年の異動が掲載された4月1日の東京新聞を見ることになるようになってもう長い。
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