尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「コン・ティキ」

2013年07月11日 23時31分46秒 |  〃  (新作外国映画)
 トール・ヘイエルダール(1914~2002)の有名な探検を映画化した「コン・ティキ」が公開中。これは素晴らしい映画で、大満足。是非多くの人に見て欲しい映画である。僕の世代だと、多分「コン・ティキ」(当時の表記ではコンチキ号)と聞いただけで、心躍る気持ちになるけど、若い人には題名を聞いただけでは何の映画か判らないかもしれない。
 
 ヘイエルダールは「冒険家」というよりも、本人の意識では考古学や人類学の「学者」だった人で、存命当時は世界的に有名だった。でも没後10年経って、少し忘れられてしまったかもしれない。何回も冒険的な探査行を行っているが、一番有名なのが1947年のコン・ティキ号である。南太平洋の島(ファッツ・ヒヴァ)で研究を行っていた人類学者ヘイエルダールは、島の植物や文化が南アメリカ大陸と共通点が多いと考えた。そこで当時の通説だった、「ポリネシア人はアジア大陸から渡った」という説に疑いを持ち、ポリネシア人は南アメリカからいかだで渡ったという説を立てたわけである。しかし、出版社は原稿を突き返し、学者は誰も認めてくれない。そこで、自分でいかだを組んでペルーからタヒチまで、昔の技術だけで行けることを証明しようを考えたのである。それが有名な、コン・ティキ号。
 
 これに成功し、本は世界的ベストセラーになり、記録映画はアカデミー賞を取った。その後も、エジプト文明が南アメリカに達したという説を証明するための「葦船ラー号」、インドからアフリカへ行く「ティグリス号」などの冒険を続け、60年代、70年代にはとっても有名だった。少年読み物なんかにはよく取り上げられて、僕もずいぶん読んだ気がする。「冒険」という精神を最初に教えてくれたのが、トール・ヘイエルダールだったかもしれない。だから、「コン・ティキ」という言葉を聞くだけで、今でもなんか心躍る気がするわけである。今年のアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされているのを見たときから、公開を待ちわびていた。

 ヘイエルダールはノルウェー人で、この映画はノルウェー史上最高額の製作費をかけた映画だという。一応監督と主演者を書いておくが、監督は2人でヨアヒム・ローニングとエスペン・サンドベリ、ヘイエルダール役で主演したのはポール・スヴェーレ・ヴァルハイム・ハーゲン。いずれもノルウェー人で、日本では初紹介になる。だからスタッフやキャストでは客を呼べない映画である。大体名前を覚えられない。外国語映画賞にノミネートされたのに、映画を見ると英語をしゃべっている。プログラムを読むと、英語版とノルウェー語版と両方を製作時から2つ作っていたのだという。世界的有名人で世界市場を考え英語版を作ったのだろうが、ノルウェーの公債資金調達法によりノルウェー語版を作る必要があったという。どのシーンも2回撮影するわけだが、英語とノルウェー語でリハーサルをすることで、メリットが大きかったという。

 映画はまるで記録映画を見ているようだけど、もちろんペルーからタヒチに航海したわけではなく、ノルウェー、スウェーデン、ブルガリア、マルタ、タイ、モルディブなどでロケして、それをうまく編集したものである。それでも見てる最中は、タヒチに向かっている気がしてしまう。誰も認めてくれない新説、ようやく自分で立証の旅に出る、同乗者を集め、出発するもなかなか海流に乗れない、しかも無線が故障する、乗組員の間に広がる疑心暗鬼、嵐の襲来、サメの襲撃、本当にいかだで目的地まで行けるのか、そして感じる海の神秘の数々…ようやく海流に乗るものの、最後の最後に一大難関がやってくる。事実に基づいているわけだけど、実にドラマチックな展開に目を離せない。自然は美しく、かつ厳しく、人間は賢く、かつ愚かしい。いろいろなドラマを載せていかだは進み、見る者は一喜一憂しながら乗組員に感情移入する。ただし、映画を見る人はこの航海が成功したから映画化されていることを知っているので、最後に成功することを疑わない。そういう意味では安心して見られる。

 これは事実に基づくノンフィクション的な映画だけど、「物語の構造」は演劇的な伝統に則っている。新しいことを始める人の映画は大体同じようになっている。Facebookを始めた若者を描く「ソーシャル・ネットワーク」とか、カンボジアに学校を作ろうとする「僕たちは世界を変えることはできない」とか。言いだしっぺが頑張って、仲間が集まり新事業に乗り出すが、やがて仲間割れも起こる。そして、いろいろな葛藤の果てに、最後の成功を見て「世界」を感じるが、その時皆は新しい旅へ出発する。ボランティアを始めるとか、劇団を始めるとか、選挙に立候補するとか、いろいろなジャンルがあるが、展開は大体同じ。皆でバンドを作って音楽活動をしている若者は、ケンカや恋愛沙汰を起こしながら、認められてメジャーになる段階で、プロになるもの、なれないものが選別され、仲間割れと同時に新しい出発が訪れる。大体そういう展開になるもんで、ヘイエルダールの航海も基本的には同じような物語構造になっている。

 海は壮大で美しい。海は障壁(バリアー)ではなく、人々を結びつける道だったというヘイエルダールの信念を聞くと、これは海の映画だけど、やはり「ロード・ムーヴィー」ではないかと思う。ただし、最近のDNA研究によれば、ヘイエルダールの説は裏付けられないらしい。僕の子ども時代には、彼の航海で証明されたかに言われていたが、学問の進歩は恐るべし。だけど、日本の原始・古代史研究でも、アジア大陸と日本は海で隔たれていたわけではない、「日本海は道だった」というような説が唱えられてきた。今まで意識したことはなかったけれど、そういう研究をリードしてきた人の中にも、ヘイエルダールの探検に夢中になったことがある人が多かったのではないかと思う。特に若い人に是非是非、映画館で見て欲しい映画だ。
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