尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

船戸与一「満州国演義」全巻読破記

2016年12月24日 23時33分13秒 | 〃 (ミステリー)
 2015年4月22日に亡くなった日本の冒険小説の第一人者、船戸与一が最後に書きあげた畢生の大作「満州国演義」シリーズ全9巻をやっと読み終わった。2007年から2015年にかけて新潮社から刊行され、没後の2015年8月から文庫化され始めた。2016年8月に全巻が完結したが、とにかく長いのでなかなか読む気になれない。でもせっかく買い続けていたので、10月頃から読み始めた。何巻か読むと飽きてくるので、3回に分け最後の2巻を何とか今年中にと思い、読み切ったわけである。

 400字詰めにすれば、なんと7500枚を超える超大作で、文庫でも500頁か600頁はある。基本はエンタメ系なのだから文章は読みやすい。でも長くて長くて、面白いことは面白いけど、なかなか終わらない。これを全部読んだ人は少ないと思うし、歴史を教えることを仕事にしていた人間としては、事実関係はほぼ知ってることばかり。最後も大日本帝国の敗北で終わることは決まってるので、その意味では新しい発見がない。だけど、一度読むと先を知りたくなる。判っていても知りたくなるのは、主要登場人物の敷島4兄弟は架空の存在だから一体どうなるのかは判らないからである。

 長州出身の父は有名な建築家で、4人の男児と後妻がある。長男・敷島太郎は東京帝大を出て外務省に勤務する優等生。奉天総領事館に勤務している。次男・敷島次郎はささいなケンカから右目を失い、それをきっかけに家庭を飛び出し、満州で「馬賊」になった。三男・敷島三郎は大学に行かず、軍人の道を歩み、陸軍士官学校から関東軍勤務となる。四男・敷島四郎は無政府主義的な劇団に所属する早大生だが、劇団はつぶれ、父の死後に義母と結ばれる。自己嫌悪から日本を飛び出し、流れ流れて満州へたどり着く。そこに彼ら4人兄弟を操るような、奉天特務機関員・間垣徳蔵なる人物が狂言回しのように登場し、彼らを動かしていく。この間垣と4兄弟の関係は最後の巻でようやく明かされる。

 という具合で、いくらなんでも都合良すぎではないか。事変時までは外務官僚太郎と関東軍の軍人次郎は時に対立する。しかし、いったん「満州国」建国と方針が決まると、太郎もそれに従い、むしろ「国家建設は最大のロマン」と思う。その後は満州国の高級官僚に転じるが、傀儡国家の日系官僚には何の権限もなく、時勢の傍観者となり、やがて自己の尊厳をなくしていく。一方、三郎は間垣に誘われるように、謀略の現場に立ち会うようになり、やがては「憲兵隊の花形」として知られていく。満州国に抵抗する「抗日連軍」を追い詰めるなど「功績」を挙げ、日中戦争やノモンハン事件も見ることになる。

 こういう「体制内」の人物と違って、「馬賊」の首領である次郎は、また別の立場と生き方がある。だが、「満州国」という体制下では「馬賊」の出番はなくなっていき、次郎も日本軍特務に協力するしか生きようがなくなっていく。「大東亜戦争」が始まると、南方の戦場にも行き、日本軍の別動隊のような仕事を引き受けることになる。上の三兄弟と違い、特に独自の立場や仕事を持たない四郎は、ある秘密を間垣に知られていることもあり、満州移民の調査、ハルビンの白系ロシア人の監視、満州映画協会での仕事、関東軍情報課の嘱託など様々な仕事を転々する。というか、四郎を動かすことで「満州国」の諸相が明るみに出るという仕掛けになっている。

 ということで、どうも敷島4兄弟は歴史を語るための「道具」っぽいのが、この長大な小説の問題だろう。「内地」の政界、あるいは軍内部の相克などを語らないわけにはいかないので、この小説では誰か情報通が登場して、内部事情を解説してくれる。それなくして話が進まないんだけど、時事解説みたいな会話が多すぎる。結局、この小説の真の主人公は「満州国」なのである。「受胎」から「生誕」、そしてあとはひたすら「大日本帝国の運命に殉じる」だけの歩みがつづられていく。

 小説的妙味は薄くなるが、それでもこの小説から多くのことを学ぶことができる。「日本的組織」とは何か。いったん始められたことは、官僚的な責任逃れから、途中で止められない。失敗しても、だれも責任を取らない。今もさまざまな問題に付きまとう、そういった「無責任体制」がこれほどはっきりと可視化された歴史的瞬間はないだろう。世界を漂泊し、「辺境」から帝国秩序を撃ち続けるような「冒険小説」やノンフィクションを書き続けた作家、船戸与一。だけど、最後の最後には、「大日本帝国」内部の腐蝕を徹底して暴く小説を残した。ここでは「天皇制」をほとんど描いてないので、この後天皇制を主題にして書きたいと構想を練っていたというが、彼にはもう時間が残されていなかった。

 長いからなかなか読むのは大変だと思うが、現代史に詳しくない人には、とても読みやすい日本の戦争史になっていると思う。本格的な歴史研究は大変だと思う人には、これは役立つだろう。最後に各巻の題名だけ挙げておく。第1巻「風の払暁」、第2巻以下は、「事変の夜」「群狼の舞」「炎の回廊」「灰塵の暦」「大地の牙」「雷の波濤」「南冥の雫」「残夢の骸」。おどろおどろしい熟語が続いている。
 (画像は最終巻のみ載せておく。)
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