尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「赤ちょうちん」「妹」と秋吉久美子トークショー

2017年08月27日 20時27分06秒 |  〃  (旧作日本映画)
 新文芸座で本日から藤田敏八監督の特集上映。藤田敏八(ふじた・としや 1932~1997)は日活最末期の青春映画をたくさん撮っていて、若いころ僕が大好きだった監督。8月29日が没後20年目となる。大学時代には「八月の濡れた砂」(1971)を何度も見たと思う。最近はなかなか上映がなく、鈴木清順監督の「ツィゴイネルワイゼン」の出演者という印象がするくらい。今回は貴重な機会だが、全部見る時間はちょっと取れなさそうで残念!
 (藤田敏八監督=愛称パキさん)
 今日は1974年の「赤ちょうちん」と「」の上映。その後、主演の秋吉久美子のトークショーがあった。秋吉久美子(1954~)は「旅の重さ」(1972)のオーディションで次点になり、チョイ役で出演した。(主演に選ばれたのは高橋洋子で、こちらもこの前「北陸代理戦争」のトークに行ったばかり。)その後、松本俊夫監督の「十六歳の戦争」に出演したが公開が遅れたため、「赤ちょうちん」が最初に公開された主演映画になった。3月終わりのことで、高校卒業直後に上野の映画館で見た。

 同時代の青春映画として、実に新鮮で感動した。同年に公開された「」「バージンブルース」の秋吉久美子三部作は全部見に行った。言ってみれば、浪人中の僕の最大のミューズだった。僕より一歳年上だけど、今も当時そのまま(は言い過ぎかもしれないけど)に見えるぐらい若々しい。見た目ばかりではなく、知的な資質、記憶力なども全くそのまま。今日のトークショーは驚くほど楽しい時間になった。(来週の9月3日にも、今度は大林宣彦監督特集でまた秋吉久美子のトークがある。)

 「赤ちょうちん」は「神田川」が大ヒットした「南こうせつとかぐや姫」の次のシングルレコードである。「神田川」の映画化権が競争となり東宝が獲得したので、日活は「赤ちょうちん」を映画化することになった。しかし、主題歌や題名を借りただけである。「神田川」は出目昌伸監督、関根恵子、草刈正雄で映画化されて、東宝風の甘いメロドラマになった。作品的には「赤ちょうちん」の方がずっと上で、キネマ旬報ベストテン9位になっている。(「妹」が10位と2作入選した。)
 
 「赤ちょうちん」は「自分なりの東京物語」だとキネマ旬報で監督が言っていた。その意味が公開時にはよく判らなかった。まだ実家しか知らないから、東京各地の微妙な違いが判らない。数年前に再見して、やっと少し判った気がした。それでも今日見ると、細部をかなり忘れている。久米政行(高岡健二)と幸枝(秋吉久美子)が出会って一緒に住み始める。アパートが取り壊しになり引っ越すが、その後も諸事情でいっぱい引っ越しを重ねる。基本的にはその5回の引っ越しを描いた映画。

 2回目に住んだ幡ヶ谷は火葬場に近くて静かすぎ、3回目の新宿柏木町は神田川沿いで、幸枝は妊娠する。4回目の東京近郊のアパートで子育てをするが、大家の悠木千帆(樹木希林)に意地悪され、5回目は破格に安い葛飾区の家を借りるが、そこはいわくつきだった。もともと「鳥電感」というアレルギー持ちだった幸枝だが、だんだん心を病み、完全に狂ってしまって鶏をムシャムシャ食べる壮絶なシーンになる。そして、幸枝は入院して、政行だけが子どもと引っ越してゆく。

 しかし、ストーリーを追うだけでは、この映画の魅力は伝わらない。子どもが生まれた時に22歳だった政行、同棲当時は天草から行方不明の兄を訪ねてきた17歳だった幸枝。この若いカップルが、友人や地域の人々と交流しながら、自分の場所を見つけていけるか。監督から「うまくなるなよ」と言われたという秋吉久美子の、演技のような地のような「独特の存在感」。美人というより、どこにもいそうで、同時にいなさそうな同時代ムードが新鮮だったのだ。(客観的な評価は僕にはできない。)

 「赤ちょうちん」の脚本は、中島丈博桃井章(桃井かおりの兄)だが、そのさすらいゆく構成は中島丈博的だと思う。「赤ちょうちん」のヒットで、次のシングル曲「妹」がすぐに作られた。「妹」と次の「バージンブルース」は内田栄一が脚本を書いている。やはり内田的な世界だなあと今回見て思った。これは公開以来の再見だったが、全く忘れていた。清純な青春映画のように思っていたら、全然意味不明の独特な映画だったではないか。ミステリアスとも言える作品で、「赤ちょうちん」以上に、単に名前をヒット曲に借りただけという感じ。

 早稲田で「毎日食堂」をやってた両親はすでになく、秋夫(林隆三)は「毎日食堂」と書かれたトラックで運送屋をしている。そこへ鎌倉で男と同棲していた妹・ねり(秋吉久美子)が転がりこんでくる。相手の耕三は全然出てこないというか、ねりが殺したのかもしれない。兄・耕三が行方不明で、妹が探しに来る。どうも真相が判るような判らないような。人物が錯綜するけど、兄の妹への愛情がどうなるか。兄をめぐる女性も複数いるし、どうなるのかよく判らない。

 しかし、まあそれでいいのであって、そのストーリーの判らなさのために、秋吉久美子の「不思議少女」ぶりが一層際立つ。古いものがなくなり(「毎日食堂」は日活内のセットだったが、最後に取り壊される)、なんだか時代が変わる予感の街。そんな時代の空気を秋吉久美子の肉体が象徴している。(本人が語ったところでは、全編「ノーブラ」だったという。あまり意識しないけど。)

 その後、野坂昭如が歌っていた「バージンブルース」を同じコンビで映画化した。ほとんど上映の機会がないが、万引き少女団の秋吉久美子が、郷里の岡山をさすらう。前衛劇団に紛れたり、長門裕之の中年男がくっついてきたりと、僕はなかなか面白かった。だが同じ年に3本も撮っては、評価が低くなってしまう。3作合わせて、70年代半ばを漂うように演じた秋吉久美子は、今見てもその辺で生きているような気がする。そういう女優はその頃に初めて現れたのだった。
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1 コメント

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『妹』は (さすらい日乗)
2017-11-08 09:28:46
藤田敏八の『妹』は、1970年代の雰囲気を一番現わしている日本映画だと思います。
さらに、今井正の『あにいもうと』での秋吉久美子も70年代を象徴する女優だったと思います。

当時、彼女のマネージャーは作家の内田栄一の奥さんで、そのおかげで作品の選択も良かったのだと思います。

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