尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

感涙映画「八重子のハミング」

2017年12月02日 23時23分33秒 | 映画 (新作日本映画)
 もう終わってしまったんだけど、東京に残された数少ない名画座ギンレイホールで、「人生フルーツ」と「八重子のハミング」を見た。飯田橋にあるギンレイホールと高田馬場にある早稲田松竹が、建物もそのままで新作・旧作映画を邦洋問わず上映してくれる「名画座」である。ギンレイは2週間続きの番組だから、来週でもいいやと思ううちに終わってしまう。何とか最終日に見に行ったわけ。

 ドキュメンタリー映画ながらヒットしている「人生フルーツ」を見に来た観客が多いようだった。それも悪くはないけど、僕はもう一本の劇映画「八重子のハミング」について書いておきたい。映画っていうのはいろんなジャンルがある。話題の原作の映画化もあれば、アイドルがはじける青春恋愛映画もある。監督が自己の美学を追求した芸術映画もあれば、社会派のドキュメントもある。そんな中に「良心的映画」とでもいうべきジャンルがあって、僕はあまり見ることはないなと思う。

 子どもが難病になる、老人に介護が必要になる。まあ、そういうことが人生にある。病気や福祉の知識はあった方がいいし、家族や友だちが一生懸命に面倒を見ている姿を見て、考えさせられることが多い。でも、大体は実話をもとにしているそういう映画って、展開が似ている。芸術的にはそんなに新味があるわけじゃないから、ベストテンなんかには入って来ない。でも、とにかく泣ける。皆で安心して見に行ける。劇場公開が終わっても、映画館のない町で公民館などで上映されていくような映画。

八重子のハミング」は山口県萩市で教育長を務めた陽信孝(みなみ・のぶたか)という人が若年性アルツハイマー病の妻を12年間介護した原作をもとにしている。映画では石崎誠吾と名を変えているが、中学校長だった石崎がガンになるところから始まる。最初は夫の方だったのである。随所に短歌がはさまるので、国語の先生だったのだろうか。妻の八重子も音楽の教員で、一緒に山の小さな学校に勤務したこともある。その時は「男先生」「女先生」と呼ばれて、子どもたちに親しまれた。  

 そんな八重子が、夫の看病をする中でおかしなそぶりを見せ始める。外部の見舞客には普通の対応をするけれど、ずっと見ている夫の目からは違和感が募るようになってくる。友人の医者、榎木に見てもらうと、どうも若年性アルツハイマー病ではないかという。そんな中、自分がまたガンになる。仕事もあるし非常に大変になるが、妻は夫の病気を治すために自分が病気になったと周囲に言われて、自分が頑張らないといけないと心を強く持って復帰する。

 そういう日々が多くのエピソードでつづられていく。冒頭から、実は講演会の場面で、その講演の合間に、回想的に昔の話が描かれている。彼は妻の生前から、病気や介護に関する講演活動を行っていた。時には妻を連れて行く。だんだん病は重くなるけど、映画で映像を見ることで病気の様子がよく判る、また家族はどのように接するべきかなど、なるほどと思うことが多い。それらのエピソードが巧みに描かれていくから、かなり涙腺刺激映画になっている。周りでもハンカチを手放せない女性観客が多いようだった。泣けるように作っているんだから、泣くのも当然だが。

 エピソードのいちいちは書かないけど、主人公が言うのは「怒りには限界があるが、やさしさには限界がない」ということだ。そうなんだ、なるほどと思う。また教師として二人で勤務した学校では、誠吾が「元気でいいけど、これでもう少し学力があれば」というと、八重子の方は「元気が一番」といって「教育はすぐに結果が出ない。10年後、20年後のこの子たちが楽しみ」という。

 いつも二人の子供たちと遊んでくれた早紀という少女は、ある日椿の公園にいた二人に会う。今は小さな会社の社長夫人だという彼女は、その後も顔を見せてくれ、いつかは女先生の介護をしたいと介護資格の講座に通っているという。これが「教育はすぐに結果が出ない」という長い目で見た信頼の教育の「成果」なのである。これはとっても感動的なエピソードで、今の学校で一番大切なことじゃないだろうか。学校が目先の成績を競うことになってはいけないのである。

 「ハミング」というのは、もともと音楽教師だった八重子は病が重くなっても音楽に反応するのである。「ふるさと」を一緒に体を動かしたり。谷村新司が好きで、「」や「いい日旅立ち」が特に好きだった。(ラストに「いい日旅立ち」が流れる。)トイレでもなかなか脱げないのに、なぜか「長州なのに会津磐梯山」と主人公がいぶかるけど、会津磐梯山は宝の山よと歌うとおとなしくなる。

 家族がみな協力的だし、主人公は神社の神官であるらしく、家もしっかりしている。早期退職しているとはいえ、当然退職金はかなりあっただろうし、共働きだったんだから年金も相当になるだろう。家族が難病になると、金の問題も出てくるし、誰が介護するかで家族もバラバラになりやすい。そういう負の問題がここには全然出てこない。八重子の病気が最大の葛藤で、ドラマに他の問題が出てこない。出来過ぎな感じなんだけど、それはこういう映画に求めるものではないのかもしれない。

 そんな八重子は何十年ぶりに映画主演の高橋洋子。「旅の重さ」や「サンダカン八番娼館 望郷」で思い出深い女優だが、若い人には初めてかもしれない。「北陸代理戦争」のトークショーで、この映画に久しぶりに出た話は聞いていた。夫の石崎誠吾は升毅(ます・たけし)。人生初主演を、丁寧な役作りで好演している。友人の医者榎木は、誰だろうと思ったら梅沢富美男。今じゃ「プレバト」で俳句名人の印象ばかり強くなって、つい誰だと思ってしまった。長女は文音(あやね)。

 監督は佐々部清で、「チルソクの夏」「半落ち」「夕凪の街 桜の国」「ツレがうつになりまして」など、日本の「良心的映画」の名匠。気負いなくストレートに作っていくので、技巧は感じないけど、素朴な感動がある。そういう映画が多い。山口県下関市の出身で、山口県を舞台にした映画が多い。萩を中心に、山口県各地でロケしていて、地方の落ち着いた美しい風景も心に沁みる。松下村塾など全国的な名所が一切出てこないところもいい。どっかでやってたら、カップルで見て欲しい映画。
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